第四話 能力の暴走
「まず、あんたの能力を教えてちょうだい」
一人になった総司令官室で綾姫は貴志に言った。
さつきは事件で出かけ、見張り役の女性はまた見張りをするため、建物の入り口へと戻ったからだ。
「筋肉増強、だと思います」
貴志は自分の能力を思い出しながら適切な表現を探して綾姫に答えた。
「筋肉増強ね、わかったわ。
もう一つ質問、自分で能力の発動は出来る?」
「出来ます。
なぜか、この能力に目覚めた時に頭に知識が入り込んできたみたいで…」
貴志は自分に起きたファンタジーな出来事を信じられないとでも言いたそうな表情で綾姫に話した。
「まぁ、素人が能力に目覚めた場合その能力について、ある程度の知識が頭にぶちこまれるのよ」
「はぁ…」
貴志は能力についてまったくのド素人なので綾姫の言っている意味が良くわからないでいた。
「まぁ、いきなりこんなこと言ってもわからないわよね。
でも、ここで仕事をするんだったら能力とそれをつかう能力者について勉強してもらわないとこまるわ」
「はい、頑張ります!」
貴志はガッツポーズをとり元気良く言った。
「能力に目覚めた人間はたいてい自分の力を試そうと事件を起こしたり、強力な力を手に入れたことにより自信がついて、誰にも負けない、などと考える愚か者が事件を起こしたりするの。
あんたみたいに警察に所属していた人間が能力に目覚めたのは初めてだけど、人を助けたいと思う気持ちがあれば能力で事件を起こしたりはしないとあたしは信じてる」
「はい、僕は犯罪なんて起こしません」
貴志は自信満々に言いきった。
「うん、それでよし。
まぁ、能力に目覚めた人間の90%以上が犯罪に手を出してしまうの。
だから、あたし達みたいに能力を使って人を助けようと思うのは極わずかな人しかいないから、人手不足になってしまうのよ、あんたみたいな人が一人でも多く来てくれるだけであたしは嬉しいわ」
綾姫は笑顔で言った。
「……」
貴志は黙って真剣に綾姫の話を聞いていた。
「それと、能力に目覚めた人間は簡単には死なないわ。
どんな能力であれ能力の恩恵を受けるの。
簡単に言えばあんたは能力の恩恵を受けているから身体へのダメージを減らしている、ということ。
例をあげると、今のあんたに拳銃で撃っても痛いと感じてアザが残る程度っていうこと」
「はぁ…」
貴志はファンタジーな話に完全についていけていない。
「まあ、試してみるのが一番早いんだけど、無駄にアザをつくるのはあんまり良くないわよね。
とにかく、あたし達能力者は人間とは比べ物にならない耐久性を持っているということ。
それはあたし達だけじゃなく、犯罪を犯すような者も同じ。
だから対能力者用の戦い方を知ってもらわないと使い物にならないのよ」
「なんとなくわかりました。
つまり、僕は能力についての知識をつけて強くならなくてはいけない、ということですね」
「その通り、あんた物分かり良いわね。
あたしなんか初めは全然信じられなかったのに。
まぁあたしの場合は時間が解決してくれたけどね」
綾姫は過去を振り返って貴志に話した。
「初めはみんな戸惑ったりするけど、あんたは違うわね。
正直、凄いと思うわ」
綾姫は尊敬の眼差しを貴志に向ける。
「わからないことがあったらドンドン質問して良いから。
答えられないこともあるかも知れないけど分かる範囲で答えるから」
「さっそく質問なんですが、なんで僕みたいな普通の人が能力に目覚めるんですか?」
「理由は詳しく分かってないわ。
ただ、怒りとか悲しみとかの感情が極めて高くなったときに能力に目覚めることが良くあるみたいね。
あんたが能力に目覚めた時、なにを考えていたの?」
「僕は、自分にもっと力があれば…
誰かを救うためにもっと力があれば…
力が欲しい…
って考えていたら能力に目覚めていました」
「誰かを救いたいと思って能力に目覚めるなんて…
素晴らしい事だわ。
その気持ちは大事にしてね」
綾姫は飛びっきりの笑顔で貴志に言った。
「…(か、かわいい)」
貴志は笑顔の綾姫に一目惚れに似た感情を抱いた。
綾姫はそのことにまったく気が付いていないが…
「あたし達の仕事は二つ!
一つは、能力者の犯罪を捜査、解決。
そして犯人の確保。
確保した犯人が気持ちを改め、人を救うために力を使うように説得し、仲間に加えること。
もう一つは、能力に目覚めた人間を保護すること。
子供でも能力に目覚める人はいるからね。
能力者っていうのは普通の人から見たら化け物に他ならないから、いじめの対象になったり親からも嫌われて行き場をなくすようになることもあるの。
だから、そういった人達の保護。
そして、やる気があるようなら仲間に加わって一緒に人々を救う手助けをしてもらう。
この二つの信念のもとにあたし達は行動してるの」
「はい、僕もその信念のもとに行動します!」
貴志は真剣に綾姫に言った。
「そうだ、すっかり忘れていたわ。
まだ自己紹介してなかったわね。
あたしの名前は白木綾姫。
ここ、能力者犯罪捜査組織総司令官を勤めている白木綾姫よ」
綾姫の自己紹介が終わるとプルルルルと電話が鳴り響いた。
綾姫は受話器をとり、電話の向こうにいる相手と話をして、話が終わると受話器を置いて貴志をみた。
「貴志君、初仕事よ」
綾姫はそう言って貴志と共に現場へ向かった。
「どういう事件なんですか?」
車で現場へと向かっている途中で運転中の綾姫に疑問を投げ掛けた。
「能力者が民間人を相手に攻撃。
負傷者多数、犯人は現在も攻撃中。
あたし達の仕事はその犯人を確保、そして民間人の救出」
綾姫は丁寧に説明する。
「で、僕はなにをしたら良いんですか?」
「犯人の確保」
綾姫はさらりと言いきった。
「え!?」
貴志はまさか自分がいきなり危険な仕事を任されるとは思ってなかったので驚いた。
「大丈夫よ、危なくなったら援護するから。
安心して戦いなさい」
綾姫は笑顔で言い放つ。
「…わかりました」
貴志は観念したようにうなづいた。
「はい、到着〜」
綾姫は軽快な口調で言って車から降りた。
それに続くように貴志も車から降りる。
「あいつが犯人ね。
ほら、貴志君、勇気をもって行ってきなさい」
「は、はい!」
貴志は緊張してるのか恐怖なのか分からないが震えが止まらなかったが、綾姫の言葉に答えるように犯人のもとへ歩いていった。
「さて、あたしは民間人の救出をしなきゃ」
綾姫は自分の役割をこなした。
傷ついた民間人は救急車で運んでもらい、逃げ遅れた民間人の肩をとり安全な場所へと避難させてから犯人のもとへ歩いていった。
犯人と貴志が格闘しているのが遠くからでも良くわかった。
「たぁああ!」
貴志の身体は筋肉で膨れ上がっていて元の二倍近くの大きさになっていた。
「すごい筋肉ね。
あれはあたしでも体術では勝てないかも」
今のところ貴志が有利に戦いをしている。
「…(貴志君、鍛えればまだまだ強くなるわね)」
相手の能力は土。
土を小さな塊として形成してそれを放出したり。
狭い範囲で地震を起こしたり出来る能力者。
だが、筋肉増強した貴志はその土の塊を殴ることで粉砕している。
「あたしの出番はなさそうね」
綾姫は二人に近付きながらつぶやく。
貴志はトドメの一撃と言わんばかりに大きく降りかぶり、犯人の腹をぶん殴った。
「初めてにしてはなかなかやるじゃない」
綾姫は貴志を誉め、犯人の両手に手錠をはめた。
「この手錠は能力を封じる特殊な加工が施されてるの。
だから、これをはめてしまえば能力者は能力を使えなくなるの」
綾姫は貴志に説明して、犯人を車に乗せて能力者犯罪捜査組織総へと連行した。
「見事な初仕事だったわ。
でも、あまり調子に乗らないでね。
これは受け売りなんだけど、相手との実力の差をちゃんと把握すること。
決して自分の力を過信しすぎないように
ちなみにさっきの犯罪者は六属性の一つ、土の能力者。
六属性の能力者はたいてい弱いわ。
まぁ、マスターアビリターなんていう化け物もいるけどあれは例外だから」
綾姫は氷室龍夜に言われた事を貴志に教えた。
「はい、わかりました」
「あとは、貴志君の部屋だけど…
しばらくは総司令室であたしと一緒に待機してちょうだい。
貴志君が一人でも任せられるくらいになったら部屋を与えるわ」
綾姫はそう言って貴志と共に総司令官室で次の事件の連絡を待った。
五分もしないうちにプルルルルと音をたてて電話が鳴り響いた。
「はい、こちら能力者犯罪捜査組織です。
はい、はいわかりました。
ご連絡ありがとうございます」
綾姫は受話器を置いて貴志をみる。
「仕事よ」
「ずいぶんと忙しいんですね。
警察に所属してたときは暇な時間がたくさんあったんですが」
「そりゃそうよ。
事件全体で能力者の犯罪は80%以上をしめてるんだから」
綾姫と貴志は車に乗り込み、事件現場へ急いだ。
………
……
…
五分程で現場についた二人は車から降りて犯人を探した。
「逃げられたか…!
まだ近くにいるはずよ、追いかけましょう」
綾姫は走り出す。
それに続くように貴志も走り出す。
「手がかりはあるんですか?」
貴志は走りながら綾姫に訊ねた。
「周りをよく見てみなさい。
建物が破損してるでしょ?
犯人は逃げながら周りを破壊してるのよ。
手がかりを残して逃げてるからそのあとを追えばいいのよ」
「確かに、すごいですね。
綾姫さんは冷静に辺りを観察して最善の方法を瞬時に導き出していて尊敬します」
「何年この仕事やってると思うのよ。
ほら、いたわよ。
行って来なさい、危なくなったら援護するから」
そう言って綾姫は貴志の背中を押した。
「はい、行ってきます」
貴志は犯人を視界にとらえ、筋肉増強の能力を発動した。
「待て!」
貴志は犯人に向かって叫んだ。
「ちっ、もう来やがったか」
犯人は立ち止まって貴志に向き直る。
「おとなしくしろ!
抵抗するなら力づくで取り押さえるぞ」
「くそっ!
やってやろうじゃないか」
犯人の男は大きく息を吸い込んで叫んだ。
「うおおおおお!!!」
人間の声とは思えないほどの大音量で叫ぶ犯人。
その犯人の周りは大音量の声により所々にひびが出来た。
貴志は耳をふさいで苦しんでいる。
「どうだ、これが俺の能力だ。
捕まえられるのなら捕まえてみやがれっ!
はははははは」
犯人の男は自信満々に微笑んだ。
「まだまだ!」
貴志は男に向かって猛スピードで走り出す。
「な、ならばこれでどうだ!
だあああああああああ!!!」
男はさっきよりも大きな音量で叫んだ。
「ぐっ!耳が痛い。
でも、僕は綾姫さんに犯人の確保を任されたんだ!
絶対に成し遂げる!」
貴志は怯むことなく男に向かって走っている。
「こ、この化け物が!」
犯人の男は突進してくる貴志に恐怖し、その場に座り込んだ。
「…(あのとき、僕に力があれば…
人を救えたのに!)」
その時、貴志の筋肉はもとの身体の五倍近くに膨れ上がっていた。
綾姫はその異変に気付き貴志のところへ走り出した。
「お前なんかっ!
お前なんかぁ!」
貴志は既に意識を喪失した犯人に攻撃を繰り返した。
「ちょっと、貴志君!?
もういいわよ!
もうやめていいわよ!」
綾姫は豹変した貴志に恐怖感を抱きながら貴志を止めようとするが…
「ガァアアアア!」
とてつもない腕力で弾き飛ばされる。
「…(なにこの腕力!?
いったい貴志君の身に何が起きてるの?)」
綾姫は変わり果てた貴志に驚いた。
その時、わずかな冷気と共に綾姫の後ろに氷室龍夜が現れた。
「これは、能力の暴走だな」
「能力の暴走!?」
綾姫は後ろを振り返り、氷室龍夜に聞いた。
「助ける方法は三つ。
一つはこいつを気絶させる事。
二つ目は自分の理性で押さえる。
最後に、こいつを殺すこと。
それ以外に助ける方法はない。
だが、理性で押さえるのは素人には不可能だな。
殺しもはぶくとすると、残ったのはこいつを気絶させること。
だが、いまのこいつを気絶させることがお前に出来るか?」
「あんたも見てないで協力してよ!」
「やだ。
なぜ俺がお前の手助けをしなきゃならないんだ?
まぁ、百万払うなら協力してやっても良いがな」
「…(今のあたしに貴志君を気絶させることが出来るのかしら。
氷室龍夜は協力してくれないし。
体術では明らかに貴志君の方が強いわ…
さて、どうしたものかしら)」
綾姫は今の状態を冷静に分析して、打開策を探した。