第三話 イレイズブレイド
「まったく、氷室龍夜め!
次は絶対にぶっ飛ばしてやるんだから!」
綾姫は元の温度に戻った部屋で叫んだ。
「まぁ、気持ちはわかるけど…
正直、実力が違いすぎるよ。
マスターアビリターだって本人も言ってたし…」
さつきは敵とのレベルの違いを親切に綾姫に教えた。
「マスターアビリターだかなんだか知らないけど、このイレイズブレイドで切ってしまえば問題ないわ!
どんな強力な能力でも打ち消してしまう剣なんだから!」
綾姫は剣をさつきに見せながら言った。
「でも、三回も逃げられたんでしょ?
もうちょっと強くなってから」
さつきの言葉をさえぎるように綾姫が言葉を放つ。
「あたしはあいつを捕まえる!
今度出会ったら本気でやる!」
「…負けず嫌いなのね、綾」
さつきはボソッとつぶやいた。
「え?
なにか言った?」
綾姫には聞こえなかったようだ。
「ううん、なんでもないよ」
さつきは首を横に降ってごまかした。
その時、不意にプルルルルと部屋の電話が鳴り響いた。
「はい、こちら能力者犯罪捜査組織です」
綾姫が電話に出た。
「はい、はい、はい…
わかりました、ご連絡ありがとうございます」
綾姫は電話を受話器にそっと置いてさつきの方へ向きなおった。
「仕事?」
さつきは綾姫に訊ねた。
「うん、人が殺されたらしいわ」
綾姫の表情から読み取れる感情は怒り。
かなりキレているようだ。
「…わかった。
一人で…大丈夫……?」
その顔に威圧されさつきは恐る恐る訊ねた。
「うん、大丈夫。
ここで待機して事件発生に備えといて」
綾姫はそれだけを言うと建物から出ていった。
「はぁ…
久しぶりね、綾の激怒の表情を見たのは」
さつきは一人になった総司令官室で気を落ち着けるようにため息をはき、言葉をはいた。
………
……
…
車に乗り込んだ綾姫はサイレンを鳴らして現場へ向かった。
十分程で現場についた綾姫がみたのは所々(ところどころ)に丸い穴が空いて見るも無惨に死体が転がっている光景だった。
「…ひどい……!
絶対に許せない!」
綾姫は車から降りて握りこぶしをつくりながら現場の中心へと足を運んだ。
そこにいたのは氷室龍夜だった。
「…あんたがやったのね、氷室龍夜!!!」
綾姫はこれでもかというほどの大きな声で現場にたたずむ氷室龍夜を怒鳴り付けた。
「あ?
俺じゃねえ、どうやら針の能力者の仕業みたいだぜ」
綾姫は怒りの矛先をどこへ向けて良いのかわからなくなり、氷室龍夜をみた。
「ホントにあんたじゃないのね?」
「しつこいやつだ。
俺は人を殺さないと誓った。
このマスターアビリターの紋章にかけて」
そう言いながら氷室龍夜は右腕をちょっとまくり、氷の結晶によく似た紋章を綾姫に向けて見せた。
「…そう」
綾姫はそうつぶやき、氷室龍夜に対して剣を抜いて前方に構えた。
「ん?
なぜ俺に剣を向けるんだ?
犯人は俺じゃないってわかってくれたんじゃないのか?」
氷室龍夜は剣を向けて立つ綾姫に疑問を抱かずにはいられなかった。
「この事件の犯人はあんたじゃない。
それは納得したわ。
あんたの能力じゃなさそうだしね」
「じゃあなぜ俺に剣を向けて立ってるんだ?」
氷室龍夜はまだ理由がわからないようだ。
「人を殺してどっかへ逃げてしまった犯人より目の前にいる軽犯罪者の方を捕まえるのは当然でしょ?」
「まだこりてなかったのか?
なんというか、無謀と言うか無鉄砲というか、バカというか」
氷室龍夜はこりずに立ち向かってくる綾姫をあわれみに似た感情で見つめた。
「覚悟しろっ!
氷室龍夜ぁぁあ!!!」
怒りに任せて氷室龍夜に特攻する。
「…(怒りで俺の冷気を感じずらくしたのか。
動きも格段に早くなっている。
こいつ、怒ると強くなるタイプか。
ふっ、久しぶりに楽しめそうだな)」
氷室龍夜は綾姫の攻撃をかわしながら頭のなかで綾姫を多少、評価した。
「少しは良くなったじゃないか。
だが、攻撃に隙が有りすぎる」
綾姫の攻撃を華麗にかわし、隙だらけの足に氷の刃を放出した。
「ぐっ!」
綾姫の右足に小さな氷の刃が突き刺さった。
「まぁ、お前みたいに本能だけで動いてるようなやつは嫌いじゃないぜ」
「なっ!なに言ってんのよ、あんた!」
綾姫は顔を真っ赤にしてうつむき、攻撃をやめた。
「ん?顔が真っ赤だぞ?」
氷室龍夜はうつむいて真っ赤になった綾姫の顔を覗き込む。
「あ、暑いのよ!
ほ、ほら、い、今、夏だし!」
綾姫は動揺してうまくしゃべることが出来ない。
「まぁ良いか。
それより、まだ続けるのか?」
氷室龍夜は綾姫をからかうのをやめてあきれ顔で訊ねた。
「当たり前よ!
マスターアビリターだかなんだか知らないけど、あたしからは逃げられないってことを教えてあげるんだから!」
綾姫の動揺は怒りで綺麗さっぱり消え失せた。
「あっそ、それが三度も逃げられたやつに言うセリフか?」
「あたしの本気を見せてあげる」
綾姫はさらに攻撃速度をあげて氷室龍夜に切りかかる。
「…(まだスピードがあがるのか。
こいつ、いつか大物になるかもな)」
またもやかわされるが、諦めずに切りかかる。
「…(避けきれない!)」
氷室龍夜は後ろに飛び、綾姫から距離を離した。
「逃げるなっ!」
すかさず氷室龍夜に向かって走り出す。
向かってくる綾姫に対して、氷室龍夜も走り出す。
やがて二人の距離が近づいて、綾姫は左から右へと剣を降り、敵を切ろうとした。
それに対して氷室龍夜は自分の目の高さ程に手を差し出し、小さい水の球体を作り出した。
「同じ手は通用しないわよ!」
綾姫は水の球体ごと氷室龍夜の手を切り裂いた。
「くっ!…(俺の水を完全に消した…?
これがこいつの能力か?)」
氷室龍夜は切られた手を軽く押さえた。
「はぁ…はぁ。
どう?
前のあたしとは、ひと味違うでしょ?」
息をきらしながら綾姫は勝ち誇る。
「…どうやら甘く見すぎていたようだな。
さっきのがお前の能力か?」
「そうよ、イレイズブレイドっていうの。
この剣で切った能力は例外なく全て打ち消すの」
「やるじゃねえか。
だが、俺の敵ではないな。
また強くなってから出直してこい」
「なによ、あたしの強さに怖じ気づいて逃げ出すの?」
綾姫は完全に勝利を確信していた。
「お前は自分の実力と敵の実力を把握できないのか?
たかが傷一つ与えただけで自惚れてんじゃねぇよ!」
氷室龍夜は凄まじい殺気を綾姫に見せた。
「あ…う…」
その殺気に気圧され、綾姫は身体はおろか、口さえまともに動かすことが出来なかった。
「これからは相手の力をちゃんと把握するようにしろ。
でないと、いつか命を落とすことになるぞ
せっかく楽しめそうなやつと出会ったのに、簡単に死んでもらってはこまる」
氷室龍夜は綾姫にそれだけを告げ、その場から立ち去った。
「う、動けなかった…
なに、あの凄まじい殺気は…!
あんなの、勝てるわけない…じゃない」
綾姫はしばらくの間、氷室龍夜とのレベルの違いを改めて認識して、その場から動けないでいた。
………
……
…
あとから心配になって応援に駆けつけたさつきは生気を失ったようにぐったりと座り込んでいる綾姫をかかえて乗ってきた車で能力者犯罪捜査組織へと連れて帰った。
「さつき…?」
長い間黙り込んでいた綾姫がようやく口を開いた。
「…大丈夫?
完全に生気を失ったような目をして黙り込んでいたけど…」
さつきがこれまでにないくらい心配してくれているのが綾姫にはわかった。
「うん、心配させてごめんね。
もう…大丈夫だよ」
綾姫は申し訳なさそうにさつきに言う。
「…何があったの?」
さつきは恐る恐る訊ねる。
「氷室、龍夜に出会ってね。
勝負をしたんだけど。
あたしは怒りに任せて氷室龍夜に切りかかって、あいつの手を切り裂くことが出来たんだけど…
そのあと、この世のものとは思えない、今までに見たこともない殺気を感じてね。
しばらく動けなくて、気が付いたらさつきと一緒にここにいたってわけ」
綾姫はさっき起きたことを丁寧に説明した。
「そんなことがあったのね…
さすがはマスターアビリターと呼ばれる男…
ただものじゃないね」
さつきも氷室龍夜の実力を把握して怯えながら言った。
「あたし達、強くならなきゃダメね。
でも事件ばっかりで修行なんてしてる余裕ないのよね〜。
さっきの殺人事件の犯人も見つけ出して捕まえなきゃならないし」
コンコン
不意に総司令官室のドアがノックされた。
「どうぞ〜」
綾姫はドアの向こうにいる者に部屋に入るように言った。
「失礼します。
綾姫様、警察の方が来たのですがどうすれば良いですか?」
見張り役の女性だった。
「警察?
なんのようかしら?
まぁいいわ、ここに案内してきてちょうだい」
「はい、わかりました」
女性は軽くお辞儀をして部屋を出ていった。
女性が部屋から出た後、綾姫とさつきは二人そろって首をかしげた。
コンコン
一分程たった時、再びドアがノックされた。
「連れて参りました」
ドアの外から声が聞こえた。
「はいって良いわよ」
ガチャリ、と音をたてて見張り役の女性と二十歳くらいの青年が部屋に入ってきた。
「警察があたしになんのようですか?」
「はい、本日付でここの社員になることになりました、岩瀬貴志と申します。
よろしくお願いします」
貴志と名乗った青年は丁寧に挨拶をして深々と頭を下げた。
「はぁ?
なんの冗談?
今どきそんな冗談じゃ笑えないわよ」
綾姫はバカな子供を見るような目付きで貴志を見た。
「実は、ついさっき僕が担当していた事件で突然、異能の力に目覚めたみたいで…
こちらに移動するように言われて来たのですが…」
「あらそう。
まぁ人手不足だったから助かったわ。
しばらくの間はあたしが直々に対能力者用の戦い方を教えてあげるわ」
綾姫は嬉しそうに笑った。
「はい、よろしくお願いします」
貴志は再び頭を下げた。