第二話 マスターアビリター
「おかえり、綾さん。
お仕事ご苦労様です」
レストランから帰ってきた綾姫を迎えたのは建物の入り口にいつもたたずんでいる女性だ。
「うん、そういう挨拶をあたしは望んでたの。
やれば出来るじゃない」
いつの間にか綾姫の機嫌は良くなっていた。
「はい、頑張りました。
では、これからも私は見張りを続けていますね」
「ごめんね、いつもいつも見張りばっかりやらせちゃって」
綾姫は申し訳なさそうに女性に言った。
「いえ、いいんですよ。
見張りも立派な仕事ですからね」
女性はにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、あたしは朝ごはん食べてくるね」
そう言って綾姫は返事も聞かずに歩き出す。
「いってらっしゃい」
女性の声に綾姫は後ろを振り向かず、手を降って答えた。
総司令官室に到着した綾姫は部屋を見回したが、さつきは見当たらなかった。
「さつきも仕事があるって言ってたから、いなくて当然か」
誰に話したわけでもなく、一人でつぶやいた。
「やっと朝食にありつけるわ」
綾姫は部屋のなかにある冷蔵庫から適当に食材を取りだし、料理を始めた。
二十分程経過すると綾姫は料理を食べ終えて部屋のベットに座ってゆっくりしていた。
「ふぅ、やっと落ち着けたわね…」
その時、プルルルルと電話が鳴り響いた。
綾姫は受話器を取り、挨拶をする。
「はい、もしもし。
能力者犯罪捜…」
綾姫が言葉を言いきる前に相手は言葉を繋げた。
「綾、援護を頼みたいの!
今すぐ来れる?」
聞き覚えのある声。
「さつき!?
今どこ?今すぐ向かうから!」
綾姫は声を聞いただけでさつきだと言うことを瞬時に把握して、さつきがピンチだということも一瞬で把握した。
「かえでビルと商店街の間にある十字路よ!
待ってるから…!」
「わかった、必ず助けるわ!
だから安心して待っていてちょうだい」
綾姫は受話器を乱暴において、電光石火のごとく、建物を飛び出した。
車に乗り込んだ綾姫はサイレンを鳴らして車を走らせた。
サイレンを聞いた他の車は端へよる。
空いた空間をもうスピードで突っ走る綾姫の車。
そのおかげで、数分で指定された現場へ到着することが出来た。
普通に走っていたら三十分程かかっていただろう。
「綾、早かったね!」
車から降りた綾姫にさつきが声を放つ。
「状況は?」
「捜査員が七人ほど意識不明の重態。
相手の能力は爆発だと思うわ。
綾、あたしはどうしたら良い?」
「さつきは捜査員を病院へ運んでちょうだい。
あと、現場を封鎖して。
通行人が入らないようにしてちょうだい」
綾姫は冷静にさつきに指示を与える。
「わかった。
綾、気をつけてね」
さつきは心配そうな表情で綾姫の手を握る。
「大丈夫!」
綾姫は手を握り返す。
そして、それぞれの役目を果たすため綾姫とさつきは別々の方向へ走った。
犯人を見つけるのに、そんなに時間はかからなかった。
「ははははは!
これが俺の能力だ!」
男が黒い玉を投げ、それが地面にあたった時に爆発が発生した。
「民間人に手を出すなんて…!」
綾姫は腰から剣を抜いて男に向かって走る。
「…っ!
誰だ、お前!」
男は、剣を持って走ってくる綾姫に気付き、怒鳴った。
男と綾姫の距離が十メートル程になった時に綾姫は立ち止まり、剣を前方に構えて男に対して怒りをあらわにした。
「それくらいにしたらどうなの!?」
「やだね、せっかく能力を手に入れたんだ。
今までは違う生活をしてみたいと思うのは当然の事だろ?」
男は不気味に笑った。
「気持ちはわからなくもないけど、犯罪のために能力を使うのは許せないわ!
覚悟しなさい、犯罪者!」
綾姫は剣を横に持って男に向かって走る。
「生意気な女だな!
これでもくらえっ!」
男は手のひらに黒い玉を作り出し、野球の投球フォームで投げた。
綾姫はその黒い玉を華麗に切り、打ち消した。
「なっ!
消しただと…?
お前…何者だ……?」
男はものすごく動揺していた。
「あたしの力は能力打ち消し。
この剣で切った能力は例外なく全て打ち消すことが出来るの」
綾姫はそう言って戦意を喪失した男に手錠をかけ、車に乗せて能力者犯罪捜査組織に連行した。
「さつきもちょっと強くなってもらわないと困るわね」
綾姫は車を運転しながら一人言をつぶやく。
「明日あたりに、みんなの能力向上トレーニングでもさせなきゃダメね」
「ってあたし最近、一人言増えた…?
はぁ…、ってため息も増えたんだよね」
綾姫は一人で悲しんでいた。
その時、道路を滑っている男性が綾姫の目に止まった。
「何もない道路を滑っている…?
あぁぁぁぁ!あいつ!」
綾姫はその男に見覚えがあった。
適当に車を止めて男を追いかける。
「待ちなさい、そこの能力者!」
綾姫の声に気付き、男は後ろを向き綾姫を視線にとらえながらそのまま後ろへ滑っていく。
「止まりなさいよ!」
「…ったく、うるさいぞ小娘。
俺がなにかしたのか?」
男は綾姫と初めて会ったかのような態度で接する。
「忘れたとは言わせないわよ、食い逃げ犯!」
「……あ、あんときの小娘か。
いや〜、あのときは持ち合わせがなくてな。
とりあえず氷付けにしてしまったんだ、許せ」
男は悪気もなく無邪気に笑った。
「許さないわよ!
それに、さっきから小娘小娘って!
あたしには白木綾姫っていう名前があるの!」
「ん?
白木……綾姫…?」
男は名前を聞き間違えたのかと思い、綾姫に聞き返す。
「そう、白木綾姫!
わかった?」
「ぶっ!
だはははははははは!
わはははははは、ひーひひひひひひ!」
男は笑い転げた。
「な、なにがそんなにおかしいのよ!」
綾姫は恥ずかしさと怒りが混ざったような変な表情を浮かべた。
「あはは、お前が…姫。
わははははははは!
似合わねえ!
あははははははは」
男は大爆笑。
ブチッ!
何かが切れたような音がした。
「あんた、絶対ぶっ飛ばす!」
綾姫はキレた。
「やってみな」
男はいつの間にか笑うのをやめて余裕の表情を綾姫に見せていた。
「たかが六属性の能力ごときで調子に乗ってんじゃないわよ!」
綾姫が腰にぶら下げた剣を鞘から抜き払うと、その勢いを殺さぬまま男に切りかかった。
「吹っ飛べ」
男は冷静に言い放って綾姫のおでこに近くに手を出した。
「きゃああああああ!」
綾姫はそんな悲鳴をあげながら後ろへかなりの距離、吹っ飛ばされた。
「な、なんなの…?
水の、能力者じゃ…ないの……?」
綾姫は頭を押さえながら、冷静に分析するが答えは出なかった。
「ちゃんとした水の能力だ。
今のは水蒸気爆発。
俺はお前のおでこの前に小さな水の塊を形成し、それを一瞬で気化させたのさ」
男はいまだに余裕の表情をくずさない。
「水蒸気……爆発…?
そんな……バカ…な」
綾姫はそのまま意識を失った。
………
……
…
気が付いた時には綾姫は総司令官室のベットに横になっていた。
「あれ…?
なんで、あたし…ここにいる…の?」
頭が痛くて思うようにしゃべることが出来ない。
「通報があってね。
女性が倒れてるから救助を、って」
綾姫に話しかけたのはさつきだった。
「そう、か…
あたし…あいつに、負けて…」
ようやく記憶が覚醒してきた。
「……まさか、綾が負けるなんてね。
でも、今はおとなしく眠っていて。
疲れも溜まってるんでしょ?
良い機会だから、休んでよ」
さつきは優しく綾姫に微笑んだ。
「うん、ありがとね…さつき」
綾姫はそれだけを言ってまた眠りについた。
「綾姫、強くなったな。
私に追い付いたんじゃないか?」
なにこれ?
夢?
お父さんがいるし、昔の夢を見てるの?
「どうしたんだ、綾姫?
元気ないじゃないか?」
懐かしい…
この時は、毎日が幸せだった。
でも、この後…
あたしの幸せは、終わった…
「綾姫……
逃げるん…だ……!」
「お父さん!嫌だよ、お父さんも一緒に逃げるの!
お父さん!」
今でも覚えてる。
あのときの事は、忘れることができず、頭のなかに残り続けてるから。
「綾、ねぇ綾ったら!
返事してよ、綾!」
さつき……?
これも、夢……?
綾姫はゆっくりと目を開けた。
「良かった、すごく苦しそうにうなってたから心配したんだよ?」
さつきの声で目覚めた綾姫は、あれからどれくらい眠っていたのだろうか、と考えながら身体を起こした。
「もう傷は大丈夫なの?」
さつきは心配そうな表情で綾姫を見る。
「うん、大丈夫みたい。
身体もちゃんと動くし」
綾姫はさつきを安心させるように、元気だという事をアピールした。
「そっか、安心した。
怖い夢でも見てたの?」
さつきはまた心配する。
「あ、うん。
ちょっと昔の事を思い出してたみたいで…」
「そっか…
つらい記憶、だよね」
さつきは全てを理解して申し訳なさそうにうつむいた。
「大丈夫よ、たいした事ないから。
だから、そんなに心配しないで」
綾姫はさつきに抱きついて背中を軽くさすりながらささやいた。
「うん、わかった。
でも、綾姫が負けるなんて、相当強い能力者だったの?」
さつきは抱きついていた綾姫をゆっくりとはがした。
「うん、六属性の能力者だったんだけど。
あの、爆発男を捕まえて車を走らせてたら出くわしてね。
実はそいつ、レストランを氷付けにした犯人でさ、前回は取り逃がしちゃったから今度は捕まえようと思ったんだけど…」
そこで綾姫はうつむいた。
「やられちゃったわけだ。
まさか六属性の能力者で綾姫に勝つなんてね…」
「水蒸気爆発、とか言ってたわね…あいつ」
綾姫は自分の記憶をさぐり、敵の攻撃方法を思い出した。
「水蒸気爆発…
そいつ、もしかしたらマスターアビリターかも!」
さつきは何かにひらめいたように綾姫に言った。
「マスターアビリター?」
綾姫は聞いたことない単語をさつきに聞き返した。
「マスターアビリターっていうのはその頭文字を取ってM・Aと呼ばれることもあるの。
いまだかつて存在したことのない、言わば空想上の人物として語られてるんだけど。
アビリティ、まぁ能力の事ね。
そのアビリティをマスターした者をマスターアビリター…通称M・Aと呼ぶの」
「つまり、水の能力をマスターしてる可能性があるってこと?」
綾姫は間髪入れずに質問する。
「その通り。
水の能力者は大抵、水を放出したり水の上を走ったり、という初歩的な事しか出来ないはずなの。
でも、綾姫を倒したそいつは水を氷に変えたり水蒸気に変えたりしてたんでしょ?
可能性としてはあるかも、ってこと」
さつきの言葉には説得力があった。
「確かに可能性はあるわね、でもおじいちゃんが六属性の能力は弱いって言ってたし」
「それは六属性の能力が扱い憎く、素人が使っても攻撃力が低く決め手にかけるからって聞いたことがあるの」
その時、背後(ドアの方)から男の声がした。
「その女の言う通りだ」
二人は声のした方へとっさに振り向く。
そこにいたのは…
「あんた、水の能力者!
どうやって侵入したの?
それと、何しに来たの!?」
綾姫を倒した男だった。
「お前が名乗って俺が名乗らないのは失礼だと思ったからな
侵入方法は簡単さ、教えねえけど」
「わざわざ名乗りに来たっていうの?」
綾姫は警戒しながら男を見る。
「そうだ」
男は綾姫の目をみて自分の名前を名乗った。
「俺の名は氷室龍夜。
知ってると思うが水の能力者で、極一部の人間からはマスターアビリターと呼ばれている。
以上」
龍夜と名乗った男はそのまま立ち去ろうとした。
「待ちなさいよ、今こそ捕まえて牢屋にぶちこんであげるわ!」
綾姫は腰から剣を抜いて前方に構えた。
「ふっ、お前ごときじゃ俺を捕まえるなど絶対に不可能だ」
突如部屋中に冷気が充満した。
「また、このひきょうな、ほ、方法で…!」
綾姫はまたしても目の前で逃げられてしまう。
綾姫とさつきは仲良く、約一時間の間、-30℃程度の部屋でガクガクと身震いした。