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005. 共同生活のはじまり

 チームの振り分けが終わり、僕たちはエーデルガルドの市街地に建てられた学生寮へ案内された。


 最大で4人が共同生活を送ることになる家は、僕が想像するような学生寮とは大分違っていた。1LDKくらいの間取りなのだ。それなりの広さがある暖炉付きのリビングがあり、小さいながらもキッチンがある。実際は「マンションの一室」といった感じのものではなく、長屋のように連結した建物が連なっているのだけど。


 僕からしてみれば平屋の小さな家一軒が丸ごと貸し与えられているようなもので、こんなに豪華で豪快な学生寮があるとは思いもしなかった。そんな具合でたくさんの生徒が密集しているおかげで、この辺りは学生街と呼ばれているらしい。聞いたところによると、街の東西合計4カ所にそんな場所があるようだ。


 寮について驚いたのは最初からバスルームが備わっており、しかも蛇口から温水が出ることだ。村で風呂といえば公衆浴場があったが、あれは僕にとって居心地のいいものではなかった。とはいえ風呂に入らないわけにはいかないので、人が少ない時間に入ったりしたっけ。


「おお、これが北の風呂か。俺の地元は蒸し風呂だったからこういうのは新鮮だ」


 すぐ後ろでそう言ったのはレンスだ。何の縁なのか、それとも試験で一緒にいたからなのか、僕と彼とは同じ部屋に割り振られていた。そういうことだから当然――。


「ああ、もう! なんで男と同じ部屋なのよーー!!」


 ――協力して試験を乗り越えてしまったミカエラも。


 僕とレンスとミカエラ。この3人は部屋割り、そして“チーム”とやらでも一緒になったのであった。


 ○ ○ ○


「この学校では、生徒たちに4人1組のチームを組んでもらうことが慣わしになっている。受ける授業も、生活する部屋も、すべてチーム単位で行ってもらうことになる」


 玄関ホールで説明をするのは、身長の高いヒューマンの男性。先ほどの試験開始時に現れた3人の魔導士のひとりだ。改めて玄関ホールに集められた僕ら新入生は、彼らからこれから起こる出来事の説明を聞かされている最中だった。


「なお、このチームの振り分けについては先ほどの試験結果を参考に決定したものである。お前たちが不満を持とうと、こちらに聞く耳を求めないように」


 なんという横暴。他の生徒たちも困惑の表情を浮かべている。


 でも、これを学校のクラス分けと同じと考えたら納得できないこともない。あれだって、僕らが知らないうちに先生たちがいつの間にか決めているものだ。……とはいえ、僕は試験中ほとんどのあいだ謁見の間から出ていない。ジェニファーはずっと僕らの相手をしていたわけだし、あのものぐさ師匠がどんな判断をするかは想像がつく。


「それでは、順番に名前を呼ぶからね~。呼ばれたら前に来て。寮の鍵を渡しま~す」

 

 ハーフリングの女性魔導士が緩い調子で言う。それから、彼女は巻物(スクロール)に記された名前を順に読み上げるのだった。


 チームが発表され、部屋の鍵を受け取った同級生たちは次々に城を後にしていく。彼らの中には手を取り合って喜んだり、睨み合ったり、露骨に嫌な顔をする者も少なくなかった。


 こうしてホールに残ったのは僕を含めたたったの7人。その中のほとんどは見覚えのある顔ぶれだ。


「じゃああ次は、ジーニアス君」

「は、はいっ」


 元気よく返事をしたのは、先ほど銀毛のオオカミ少年(ワーウルフ)だった。彼は緊張しながら教師の前へ歩いていく。それもそのはず、件の貴族もこの場に残っているのだから、同じチームにされてしまう可能せいは十二分にあるわけだ。


「カレンちゃん、レニちゃん、それから……アルノ―君」

「マジかー……」

「嘘でしょ!?」

「っ……」


 レンス、ミカエラ、そしてアルノ―と呼ばれた貴族の少年。それぞれが微妙な反応をする。当事者のひとりであるジーニアスは、口を一文字に結んでいた。


「アルノー・ルーシェ君。前へ」

「で、ですが」

「……前へ」


 彼が言いたいことは、この場にいる誰もが考えていることと同じだろう。さっきトラブルが起きたばかりの二人を一緒にするのか、と。アルノ―は何かを言いかけて、首を振るとジーニアスから目を逸らしながら前に出た。


「はい、これがあなた達の鍵です。無くしちゃだめよ?」

「わかりました……」


 鍵を渡されたのはジーニアスだ。部屋の鍵を受け取った彼らは、ぎこちない空気を漂わせながら城を出ていく。


「……大丈夫なのかな」


 僕の口を突いて出たのは、そんな言葉だった。ジーニアスとは少し声をかけただけの関係だけれど、原因が何であれ剣を向けられた相手と一緒に生活することを心配するには十分だ。


「さて、最後にキミたちだけれど」


 女性魔導士の声。


「言わなくてもわかるよね?」


 ええ、当然ですとも。


 ○ ○ ○

 

「おかえりミカエラ」

「おかえりじゃないわよ筋肉剣士! なんでよりにもよってあなたと同じ部屋になるわけ!?」

「俺が知るか。……ていうか、なんでそんなに嫌がるんだよ」

「嫌に決まってるでしょう! だってあのとき、私のむ、むむむむむむむねを!!」

「……あのとき?」


 と言われて、記憶に思い当たる節をあたってみる。


 ……そういえば竜に変身したジェニファーからレンスが助けたときに、妙に赤い顔をしていたような。まさかあのときに。


「それに、数日前にお風呂屋さんの女子風呂に入っていたって!」

「……間違えただけだって。地元じゃ区別がなかったんだ」

「地元は地元、ここはここよ! そのせいで入学前から有名人じゃない! このヘンタイ!!」


 城のホールで自分を知っているか聞いてきたのって……。なんて不名誉な。いや、ある意味勲章ものかもしれない。


「……やってねえっつの。なあトーマ、俺がそんな人間に見えるか?」

「えっ」


 ここで僕に振るか。風呂場から出ると、ミカエラまで僕を睨んでいた。レンスも僕を信用しきった目をしている。


「あー……」


 僕はどっちの味方をするべきなのだろう。ミカエラが助けられる拍子に胸を触られたのは本当だろうけど、レンスだってわざとじゃないだろうし。かといって彼をかばったらなんか怖いし。うーん、どうしたものか。


 というか、これから男女で共同生活が始まるのにこの調子で大丈夫なんだろうか。


 ……駄目だ。絶体駄目だ。いきなりこんな感じでは、漫画みたいなトラブルが必ず起こるに決まってる。風呂上がりのレンスが裸でうろついたり、突撃したりしそうだ。流石に偏見が過ぎるだろうか。だけどいまやるべきことは喧嘩の仲裁、そして秩序の追求だ。ひとまずレンス変態問題から話を逸らすことにしよう。


「そ、そんなことより!」


 ミカエラがものすごい目つきで僕を睨んだ。ごめん、あとで何か考えとくから。


「街に大きな時計塔があったよね。あれってどんな音がするの?」

「時計塔? ……ああ、そういや聴いたことがないな。てっぺんに鐘がついてるんだっけか」


 レンスが時計塔の話に乗ってくれる。ミカエラはむすっとしながらも僕の気持ちを汲んでくれたようだ。


「……別の子に聞いた話だけど、止まってるんじゃなかったかしら」


 トゲが残る声でミカエラが言う。


「えっ、そうなの!?」


 僕は彼女の口から飛び出した衝撃の事実に、レンスの脇を抜けて前かがみになりながら聞き返した。


「ええ、レニがね。"入口もないし動かないし、エーデルガルド七不思議に決定~!"って騒いでたわ」

「そうかぁ……残念」


 レニ、というとジーニアスやアルノーと同じチームに呼ばれていたハーフリングの女の子だったか。


 それにしても、壊れていて動かないかあ……。


 大きな時計塔といえばイギリスのビックベンだけど、生前の僕はついに一度の海外旅行も体験せずに生涯を終えてしまった。鐘の音は聞けなくても、せめて動いているところは見たかったなあ。……生きているのに()()というのもおかしな話だけど。


「時計好きなのか?」


 とレンス。


「なんとなくロマンを感じない?」

「んー……わからんでもない。機械が詰まったあの感じだろ?」

「そうそれ!」

「……男の子の感性はよくわからないわね。時間なんて太陽の傾きを見ればだいたいわかるじゃない」

「違うんだよな~。そこじゃないんだよな~~」


 声を合わせる僕とレンス。我ながらなんて厄介な対応だろうか。


「はいはい、わからないわよ。どうせ森で育った田舎エルフですもの」


 面倒くさい男子の相手に困ったミカエラは手を広げ、呆れたように言うのだった。と、彼女から竜が唸るよな音が聞こえてくる。それが自分から鳴ったと知ったエルフの少女は、顔を赤くしながら咳払いする。


「……腹減ったな」

「今日はお城でパーティーがあるんだっけ?」

「は、早くいきましょう!」


 ミカエラに急かされて、各々ローブを身にまとう。


 僕は明日以降の食事当番とかを決めないとな……などと考えながら、扉を開けた2人についていくのだった。





クラウス「今年の新入生は95人だ」

エマ「3人余っちゃいますねえ」

ジェニファー「ちょうどいい3人組がいる! 任せてくれたまえ!」


的な。

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