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004. 試験の行く末

「やりたいことはわかった。反則気味ってのもな」


 僕の話を一通り聞き届けたレンスは、空いている手で自分の首筋を撫でた。一方でミカエラは、呆れた様子で頭を抱えていた。


「確かにだめとは言われてないけど……」


 彼女はこれが許されるのか判断に困る、といった様子だ。思い付きはすれど、僕もおなじ感想を抱いた。だから反則かもしれないと一言前置いたのだ。


「不正扱いされたらどうするの?」


 と尋ねられ、僕は頭を悩ませた。


 どうすると言われても、なるようにしかならない。万が一退学だとか、そういった厳しい罰が下された場合、この二人を巻き込んだことへの責任も取れない。そうなったら諦めてくれと、無責任にもそう言い放つことしかできないだろう。


「……でも、やるわ。恥をかかされたんだもの、今度は恥をかかせてあげる」


 それを聞いたレンスはひゅう、と口笛を吹いた。


「いいな、その感じ。で、どうするよ。トーマの作戦で行くか?」

「いえ、ちょっと待って。……あなた、前線はひとりで支えられそう?」


 言いながらミカエラが見たのは剣を担いだ少年、レンスだ。僕の案はレンスが最前線で注意を引き付け、ミカエラが彼のフォローに回る。僕は後衛として二人が作ってくれた隙に術を打ち込む、というものだった。


 けれど、前衛で彼女がサポートする分を後衛へ回せば、その分決め手が確実なものになる。彼女が提案しているのはそういうことだろう。代償にレンスの負担はかなり大きなものになってしまうが。


「任せろよ。俺の実力をお前らに見せてやるぜ」


 レンスはこれを快諾した。彼の丈夫さはさっき『炎の矢』からかばってくれた際に実証済みとはいえ、相手は強大。不安は残るが、もし後衛の魔術を無効化(レジスト)されようものなら作戦は一発で失敗だ。大一番の成功率を上げる意味では、彼女の判断は正しいだろう。


「わかった。頼んだよレンス」

「そっちこそ、しくじるなよ。……よし、作戦会議おわり!」


 レンスは大きな声で宣言すると、振り返って大きな剣の先を飛竜へと向けた。それを見た飛竜は、ようやくかと言わんばかりに背にある翼を広げ、鎌首をもたげた。


 戦闘再開だ。姿勢を低くしたレンスが竜に向かってまっすぐ走り出し、僕とミカエラは彼を援護するべく魔術を詠唱する。


『戦場駆ける口火の一矢』『放たれたるは炎の矢!』


 使う魔術は攻撃術の中では基本中の基本ともいえる『炎の矢』。僕と彼女、それぞれの手の内に生み出された燃え滾る矢は、ほぼ同時に発射された。


 僕たちの手元から放たれた矢は竜の顔面に到達する直前、詠唱を伴わずに発生した見えざる壁に激突し、爆炎を立ち昇らせる。先ほど、僕が相手の攻撃を防ぐために使った術と同様のものだ。敵の顔には少しの傷もついていないだろう。


 ……が、それで構わない。こちらはダメージを与えたいのではなく、注意を引きたかったのだ。


「レンス!」


 爆発に紛れて竜の足元へ潜り込んだ剣士の名前を、ミカエラが弾んだ声で叫んだ。褐色肌の少年は彼女の呼びかけに答えるように大剣を握りしめると、床を踏みしめている鱗のついた巨大な脚部へ思い切り突き刺した。


「ッ――!」


 固い鱗をも貫く一刺しを受けた竜は、表情を歪めてくぐもった声を漏らす。レンスはにやりと笑うと、脚に刺さったままの剣を踏みつけ跳躍、術の詠唱に入った。竜は彼を叩き落そうと剛腕を振るうが、


『光の加護よ、彼の者を救う盾となれ!』


 とっさにミカエラが唱えた盾の魔術が、竜の攻撃を遅らせる。彼女の盾はすぐに砕かれてしまうが、生み出された短い時間はレンスが攻撃を避けるのに十分なものだった。間髪を入れずに、レンスは詠唱を済ませていた術を竜の耳元で炸裂させるのだった。


『響け、不協和音の大濁流!』


 レンスの目の前で空気が破裂し、金切り声や高周波を連想させる不快な音が広間に響き渡る。自分の術のあおりを受けた彼は空中で堪えられるはずもなく、竜の耳元から引きはがされた。見事なのは、何事もなく床へ着地したことだ。


「ああくそ、頭痛え! 聞こえてるか二人とも、耳は奪ったぞ!!」


 彼の号令を耳にした僕とミカエラは、互いに頷きあって最後の術の詠唱に入った。


 これはレンスが使うことが出来る術を聞いて思いついた作戦だ。最初は彼にかかる負担を考えてミカエラには彼のフォローに徹してもらうつもりだった。けれど、僕はレンスの実力を甘く見ていたようだ。


 彼の頑張りのおかげで、この術の効力は2人分。いにしえから森に暮らす種族――エルフであるミカエラはエーテルの扱いに慣れているのか、僕の力と彼女の力は、初めてとは思えないほどよく馴染み、絡み合ってより大きな力を生み出してくれた。


『魔はまやかし、現にあらず!』『いまこそ偽りを捨て去り、真実を白日に晒せッ!』


 手のひらを竜へ向け、詠唱完了とともに白い閃光が放たれた。


 『解呪の法(ディスペル)』。閃光を浴びたあらゆる魔術をただのエーテルに戻す術だ。


 言い換えればそれは、あらゆる術の効力を失わせることのできる力だということ。非常に強力な術ではあるが、問題は敵味方の区別ができないうえ、より強い魔術に対しては効果が低いということだった。


 果たして僕とミランダが使う『解呪の法』が()()に通用するのだろうか。僕は不安を抱きながら、光が晴れるのを待った。


「――やれやれ。まともに挑んでくる馬鹿がいたと思えば、こんなことを考えるなんて」


 聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。


 先ほどまで竜がいた位置に1人たたずむ僕の師匠は、床に落ちていた大きな三角帽子を拾い上げると、どこか嬉しそうに微笑んだ。


「君ら、試験内容をはき違えていないかい? 身を守れと言われたはずだよ」


 精神力を使い果たして満身創痍の僕たちに、ジェニファーは余裕たっぷりの様子で歩み寄ってくる。力が抜けてへたり込むミカエラの肩をレンスが支える横で、僕は大きく息を吐きだしてしゃがみ込む。


「誰も大怪我してないんだからいいでしょう?」

「結果的にはね。まったく、無謀もいいところだ」


 返す言葉もない。僕は力の抜けた笑みを浮かべるほかに無かった。


 そんな中、不安そうに口を開いたのはミランダだった。


「私たち、失格でしょうか……?」

「え?」


 失格かと尋ねられて、ジェニファーは目を白黒させる。彼女がなにを心配しているのか思い至ったらしい僕の師匠は、吹き出すように笑った。


「ふふっ、そんなまさか。弟子の力は知っていたし、そっちの彼があんな器用な魔術を使えることにも驚いた。何より、ふたりがけで『解呪の法』を使ったのは見事というほかないよ。あれは君の提案だろう?」

「あ、その……」


 ジェニファーらしいストレートな誉め言葉を受け取ったミランダは、気恥ずかしさからかまた耳の先を赤く染めた。そんな彼女に追い打ちをかけるように、レンスが言う。


「最後の術、凄かったよな! 俺は見てただけだけど、2人の力がひとつになっていくのがわかった!」

「うん、すごくやりやすかった。ミランダさんが上手く調整してくれたんだ」


 達成感からなのか、いつになく自分の気分が高揚しているのがわかる。だからだろうか、ミランダの活躍を言葉にすると、いつもより声に力がこもっているような気がする。


「あ、あんまり褒めないで。恥ずかしい……」


 エルフの少女は消え入りそうな声でそう言うと、頬を真っ赤にして顔を伏せてしまった。


「とりあえず、ここでの試験は終わりさ。とりあえず部屋を出て――」「ば、化け物め!!」


 言いながらジェニファーが謁見室の入口へ目を向けると、石のアーチの向こうから上ずった少年の声が聞こえてきた。疲れ切った僕ら3人がなんだろうと顔を見合わせていると、状況を察したらしいジェニファーがため息をついた。


「……まさか本物の魔物を放ったんじゃないでしょうね」


 いくら彼女でもそんなことはしないと思うが、いまいち信用しきれずに尋ねる。


 僕の師匠は「いいや」と首を振る。


「放ったのは魔物じゃなくて人形だ。気味は悪いが大怪我はさせないように仕込んである。まあ大方……」


 最後まで言い切らずに、ジェニファーが謁見の間から出ていこうとする。僕たちは重い身体を立ち上がらせると、彼女のあとについていった。




「違うよ! ボクらは魔物じゃないよ!」

「あいつは……」


 階段の踊り場から一望できる玄関ホールでは、ひとりの少年と大きな身体のオオカミが対峙していた。肩を震わせる金髪の少年は、魔術で生成したと思われる細剣の切っ先をオオカミへ向け、銀の毛皮のオオカミは耳と尻尾をだらんと垂らし、身を低くして少年を見つめていた。


「違うだと? 嘘を言うなッ! その姿、その力、どどど、どう考えても魔物のそれではないか!」

「そういう種族なんだってば! もう、話を聞いてよ!」


 彼らの周囲には壊れた人形の破片が散らばっており、彼らと他の生徒たちがやったのであろうことは想像がつく。ホールには他にも新入生の姿があるものの、剣呑な雰囲気に飲まれて誰も手を出せずにいるようだった。


 金髪の少年が銀のオオカミに斬りかかる。オオカミは真っ直ぐ突き出される剣を軽々避けると、距離をとって姿を変えた。もっとも、全身が毛皮で覆われていることに変わりはなかったが。


 変身した、というより元の姿に戻ったオオカミを見て、ミランダが呟く。


「あの子は獣人ね。珍しくもないのにあの貴族様が何を騒いでいるのかしら」


 先ほどまで四足で立っていたオオカミの少年は、今度は二本足で床を踏みしめ、両手を大きく広げる。


「な、なんのつもりだ!」


 剣を握り直し、声を震わせる金髪の少年。ミランダが言うには、彼はどこかの貴族であるらしいが……。


「なにもしないってば!」

「黙れッ! 獣風情が口を開くな!」


 彼は随分怯えているようだ。この街に来たのだから、獣人を見たことがないわけじゃないだろうに。どうしてあんなに獣人に対して構えているのだろうと考えていると、ばん、と背中を叩かれた。


「難しい顔してねーで止めるぞ!」


 レンスはそう言って、踊り場の手すりを乗り越えてロビーへ飛び降りた。確かにその通りだと、僕とミカエラも彼に続く。教師は何を考えているのだろうと振り返ると、ジェニファーの姿は既に消え失せていた。


 いち早く貴族の少年のもとへたどり着いたレンスは、彼の背後から肩を掴む。少年は驚いて身体を跳ねさせるが、そこにいるのが敵ではないと分かると表情を和らげた。


「おいよせって。いくら何でも口が悪いぞ」

「お前たちは奴らを見て何も思わないのか!?」

「俺の地元には山ほど獣人がいるんでね。だいいち、獣の姿になった程度で驚いてたら身が持たねえだろ」


 あちらはレンスに任せても大丈夫だろう。僕とミカエラは攻撃されて息を荒げているオオカミの少年に歩み寄ると、彼の背に合わせて腰を落とす。


「怪我は?」

「はぁ……うん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだよ」


 しっかりした返答に胸を撫でおろすミカエラ。それから、レンスに宥められている貴族の少年を振り返り、恨めし気な視線を向ける。彼女の目に気がついた少年は、露骨に動揺して顔を伏せる。


「……あいつ、何様のつもりかしら」

「あっ、だめだよ喧嘩は。ボクはなんともないから」


 笑みを浮かべるオオカミの少年を見て、ミカエラは深々と息を吐いた。考えてることはことはなんとなくわかる。なんというか、毒気を抜かれる感じだ。怒ろうって気がまるでなくなってしまう。


「さて、大方は片付いたようだね」


 いったいどこへいたのだろうか。急に消えて急に出てきたジェニファーは、ホールの中央に立っていた。


「城内の新入生諸君、もう一度玄関ホールに集まってくれたまえ。試験結果を踏まえ、君たちのチームを発表する」


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