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003. 実力試験

「テストの内容は、魔物から身を守ることです」

「身を守る? どういうことですか」


 ハーフリングの女性魔導士が横にいる二人に目配せをする。合図を受け取ったジェニファーと男性の魔導士は、杖を取り出すと同時に呪文を唱え始めた。


『我が身、我が声、我が力。変転せよ、我は――』

『狭間をたゆたう見えざるの扉よ。彼方此方を繋ぎ、開け!』


 魔導士たちが掲げた杖の先が光を放ち、乱れたエーテルによって広間の明かりが大きく揺れた。


 次の瞬間、玉座の前に立つ三人の姿が渦のようなものに巻き込まれ掻き消える。それと入れ替わるようにして現れたのは、赤い鱗を持った翼ある怪物だった。


「ど、飛竜(ドラゴン)だ!」


 現れた怪物を指さしながら、金髪の少年が言う。赤い飛竜は茫然と自分を見上げる人間たちを認識すると、鱗に覆われた長い身体を持ち上げ、咆えた。


 怒号と金切り声を掛け合わせたかのような、精神を揺さぶるシャウトが玉座の間に反響する。この世の魔物で最も恐ろしいとされる飛竜の咆哮を耳にした新入生たちは、突如現れた強大な存在にすくみあがってしまう。


「に……逃げろぉぉぉ!!!」


 誰かが叫んだその言葉で我に返った新入生たちは、一斉に広間の入口へと走り出す。


「お、おい! そんな一気に逃げたら!」


 レンスがあわてて注意しようとしたときには、すでに入り口前では渋滞が起きていた。大きな扉の前で一刻も早く逃げだしたい子供たちが押し合い、かえって身動きが出来なくなっているようだ。ああくそ、と褐色の彼が舌を打つ音が聞こえてきた。


「どけ! 僕を死なせるつもりか! 僕は――」

「痛いッ! お願いだから押さないで!」

「ぐえっ……オレを踏んだの誰だよ!」


 あの様子では通れるようになるまで少しかかりそうだ。いますぐ逃げ出すのは諦めて、目の前の飛竜をどうにかしなければ!


 入口へ向かわずとどまった生徒は僕を含めて全部で3人。レンスと、さっき質問をしていたみあという耳の長い女の子だ。


 飛竜との距離が一番近いのはミカエラと呼ばれていた少女。さっきの咆哮を近くで聞いてしまった彼女は、腰が抜けて動けなさそうだ。飛竜がまず目を付けたのも彼女だった。


 飛竜がミカエラに顔を近づけると、彼女の金髪が鼻息で吹きあげられる。


「ぁ……」


 ミカエラが震えた声を絞り出すと、竜はごろごろと喉を鳴らしながらゆっくりと鎌首を持ち上げ、ヒューマンの頭よりも巨大な牙をいくつもはやした口を大きく広げた。


「くそっ……!」


 視界の端でレンスが駆けだす。あの子を助けるつもりなのだ。褐色肌の少年は滑りこむように彼女のもとへたどり着くと、腕を引いて立ち上がらせようとした。


「立て! 喰われちまうぞ!」


 レンスが必死に声をかけ立たせようとするが、少女は首を振るばかりで動けないようだった。脚に力が入らない、そんな小さな声が聞こえてくる。


 竜はそんな彼らを見て目を細めていた。大きく開いた口には、膨大な量のエーテルが集まりつつある。


 ふいに竜と目が合ってしまった。竜はこちらをじっと睨んだ後、目の前の二人に視線を戻す。お前は何もしないのかと、そう言われているような気分になった。


 あの視線、僕は何度か目にしているような気がする。


 ……少し考えてみよう。竜が現れた瞬間、術を詠唱していたのは2人。男性の魔導士と、僕の師匠であるジェニファーだ。


 彼らが唱えていた術の片方は空間転移(テレポーテーション)。姿を消したのがその証拠だ。そしてもう一方、ジェニファーが唱えていたのは……。



「あっ、そういうことか!」


 ネタが割れてしまえばどんな手品だろうと怖くはない。相手が飛竜なんかじゃないと分かった以上、怖がる必要なんてないんだ。


 左手を突き出し、右手を引く。まるで弓でも構えているような姿勢をとった僕は、周囲のエーテルを集めて炎の力へと変換した。竜の注意は二人へ向いたまま、僕のほうには見向きもしない。あるいは僕が魔術を使おうとしていることは織り込み済みなのだろうか。


 どっちだっていいや。昔から散々驚かせてくれた相手なのだ、ちょっとくらい歯向かったって怒られはしないだろう。


『戦場駆ける口火の一矢。放たれたるは炎の矢!』


 右手を開くと、燃え上がるエーテルの矢は飛竜の頭めがけて真っ直ぐ飛んで行った。溜めていた力をいまにも解き放とうとしていた竜は向かってくる魔術の矢に気がつくと、口に集まったエーテルを霧散させ爆炎に包まれた。


 炎が晴れつつある中から光る瞳は、目の前の二人ではなく僕へ向けられていた。


「レンス! その子を連れて部屋の外へ!」

「あ、ああ!」


飛竜の注意が僕へと向けられている隙に、レンスは立ち上がれずにいる女の子の身体を支え、部屋の隅に避難する。


 後ろを見ると、謁見の間の入口でおきていた渋滞はほぼ解消されていた。とはいえ、ここで僕が敵に背中を向ければ一瞬でケリをつけられてしまうかもしれない。レンス達が逃げる時間を稼がないと。



「来るぞトーマ!」


 レンスの声にはっとして、竜に向き直る。僕がよそ見をしているうちに術の詠唱を終えていた竜は、先ほど僕が使ったのと同じ『炎の矢』を4つも展開していた。


「っ……『光の加護あれ!』」


 防護呪文を唱え、自分の身体をみえざる障壁で覆う。ほどなくして放たれた『炎の矢』は、僕が扱うものよりも遥かに巨大で速度もある。守りの力を過信していては、一瞬で黒焦げにされてしまうだろう。


 避けるしかない。火炎が目の前に迫る中、危機を感じた僕はとっさにその場から飛び退いた。竜が放った『炎の矢』は先ほどまで立っていた場所に着弾すると、黒い煙を伴って爆発した。僕じゃこうはいかない。よくわかっているつもりの力の差を見せつけられて、少し頭にきた。


 2発目が飛来する。左に跳び寸でのところで直撃を避けるも、ローブの端が僅かに焦げてしまった。服を気にする暇もなく、煙が晴れるよりも先に撃ちだされた次の『炎の矢』が迫っていた。慌てて床を蹴り飛ばし回避を試みると、竜が口元を吊りあげた。


 僕が後ろへ下がると炎の塊である飛翔体は減速し、進行方向をカーブさせた。敵を追尾する『炎の矢』――逃げる僕を追いかけるような術まで組み込まれていたのだ。


 なんて意地の悪い! 僕は避けることをあきらめて、歯を食いしばった。直後、視界に赤い閃光が走る。防護呪文を打ち砕いてもたらされた爆発の衝撃は、いとも簡単に僕の身体を吹き飛ばした。


「うぐッ……!」


 背中から床に叩きつけられ、肺から空気が押し出される。術で守られていたとはいえ、強い衝撃を正面から受け止めた身体はしばらく言うことを聞いてくれそうになかった。でも、じっとしている場合じゃない。敵の術はあとひとつ残っていたはずだ。


 どうにか顔を持ち上げると、想像通り最後の矢が僕に向かって飛ばされていた。防護呪文で対処しようにも、声が出せそうにない。なにか手立てはないかと視線を動かしていると、炎に照らされた影が目の前に割り込んできた。


「のわぁっ!」


 爆発を受け止め素っ頓狂な声で吹き飛ばされた影は、空中でなにかに受け止められたかのように勢いを和らげると、僕の目の前へ着地した。


「次は助けないから!」


 鋭い声のしたほうを見ると、壁を支えに立ち上がった長耳の女の子がレンスに指先を向けて頬を赤く染めていた。ハーフリングの女性魔導士にミカエラと呼ばれていた彼女だ。よく見ると、レンスの頬には紅葉のマークがつけられていた。どうやらレンスが上手く着地したのは彼女のおかげのようだけど……。


「……なにしたの?」

「なにって、見てた通り『岩石の衣』使って術を受けた」


 いや、そっちじゃなくて顔の腫れのほう。


 尋ねようとして女の子が目に入り、彼女がまたしても耳の先まで赤くしていることに気がついた。……怒っているように見える。


「あの子は平気そうだし、手伝うぞ」


 褐色肌の少年はそう言って、胸の前へ手をかざした。『剣よ』と短く唱えると、そこにエーテルが収束し、見事な大きさの両刃剣が生成された。魔導の基本的なものに数えられる『武具生成』の術だ。


 魔導士が扱うエーテルによって作られた武器は本物の金属で作られたものよりも軽い。とはいえ、この大きさを振り回すとなると結構な力がいるだろう。彼はそれを軽々と持ち上げ、肩に担いだ。


「私も力を貸すわ」


 動けるようになったらしい女の子が、しっかりとした足取りでやってきて言う。耳はまだ赤いが、緑色の瞳には強い力が感じられる。


「そいつに合わせてるみたいで癪だけどね」


 そいつ、というのはレンスのことだろう。彼女は恩人であるはずのレンスをひと睨みすると、何が気に入らないのか「ふんっ」と鼻を鳴らした。本当になにをしたのだろう。


「で、どーするよ。正面からやりあっても勝ち目無いだろ」


 そう言いながら、レンスが竜を見上げた。赤い鱗の竜はあくまで試験官として振舞っているのか、作戦会議を始めた僕らを見てじっと佇んでいた。手を出すつもりはないらしい。


「ほかの生徒は逃げたのかな?」

「あなたひとりに全部押し付けてね。……あの貴族、調子いいこと言ってた割にすぐいなくなるんだから」


 誰のことだろう? 知っていないかとレンスを見ると、彼は眉を下げて首を傾げた。


「いない連中はともかく、作戦は?」

「私じゃ決定打になりそうな術は使えないわね。あなたは?」


 女の子が言うと、二人の視線が僕に向けられた。


「若干反則っぽいのなら。……いい?」

「テストで反則は」「よし、どんとこい!」


 ミカエラを遮るようにレンスが言う。冷たい視線が飛んでいくが、ややあって咳ばらいをした彼女は一度息をついてから口を開いた。


「反則は怖いけど……逃げるよりはいいかな」


 彼女の一言で、誰の案で対応するかが決まった。若干のプレッシャーを感じながら、僕は思いついた作戦を2人に告げるのだった。


「じゃあまずは……」

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