第3話 ようやく陸地が見えてきました
漂流8日目。実は陸地なんてものはこの世に存在しないのではないかと思い始めた今日この頃。私の目の前で奇跡が起こったのです。
「陸地だ! 陸地が見える!」
私は大はしゃぎする子供のようなヴァーテルの声で目が覚めました。
「陸地? 本当に?」
私はゆっくりと起き上がり、ヴァーテルが指さす方向に視線を向けます。
すると、確かにはるか遠くではありますが、山脈のようなものがうっすらと見えていました。おそらく、彼が指さす先には大陸があるのでしょう。
「本当に陸地だ……」
陸地なんてない。そんな私の絶望を打ち砕くようなその風景に、思わず体を身震いさせます。助かった。生き残った。まだ、油断するべきではないとわかってはいながらも、そんな感情が私の中を駆け巡ります。
「やっとだ……やっと旅の続きができる……」
日記には書いていませんでしたが、ヴァーテルは旅人らしく、このあたりの海岸を旅していた時に面白半分で氷の上に乗ったら、足元の氷が割れて海の方へ流れ始め、気づいたら私が落ちていたのだとか何とか……
「それで? お前はこれからどうするんだ?」
この世界に来てから始めてみる陸地を前にして、感極まっている私にヴァーテルは尋ねます。
そういえば、これまで陸地につくかどうかという点ばかり考えていて、あまりそういったことは考えていなかったような気もします。
「本当に異世界から来たのならあてはないだろう?」
私は首を縦に振ります。
「ものは提案なのだが……元の世界に帰るめどが立つまで、一緒に旅をしないか? まぁそれがいやなら、陸地についてから、お前の居場所が見つかるまで付き合ってやらんこともないが……」
「えっ?」
あまりに突然で予想外の提案に私は目を丸くします。
最初こそ、何の冗談を言っているんだと思いましたが、彼の目は真剣そのものです。
「えっと……それなら、ヴァーテルの旅の目的を聞いても?」
そうなると、旅の目的という点についてはちゃんと聞いておいた方がいいでしょう。この世界が異世界である以上、実は魔王を倒すための勇者だったとかそういう話なら、私は到底ついていくわけにはいきません。
それにこれは今のところ、私の中では最大の謎であり、魔法がどうのよりも気になってはいたものの、なかなか聞けずにいたところなのです。
「……そうだな。確かにそのあたりも話しておかないといけないな。あれは俺が子供のころの話だ……」
そんな前置きとともにヴァーテルは自らが旅に出るきっかけについて話し始めました。
*
10年前。
とある港町にあるヴァーテルの家。そこの家の中にあるベッドで小さな少女がスヤスヤと寝息を立てて寝ていた。
「この子はどこから来たのかしら?」
このあたりでは見かけない、真っ黒な髪を持つ少女を見て、ヴァーテルの母親がつぶやく。
「さぁ? ボクにもさっぱり……」
ヴァーテルは友達と遊んでいた時に偶然、茂みの中にいたこの子を発見したというだけの話なのだ。発見されてから今までずっと寝息を立てているこの少女がどこからきて、なぜ茂みの中で寝ていたのかなどヴァーテルが知るはずもない。
「まぁ病気やけがをしているわけじゃなさそうだし、寝かせておいてあげましょう」
ヴァーテルの母はそういって部屋を出る。
それに続いて、ヴァーテルも眠っている女の子だけを残して部屋から出ていった。
*
「それからしばらくの間、その女の子はうちに住んでいたんだけど、これまたある日突然いなくなってしまってね。なんというか、この世のものとは思えないような不思議の雰囲気のある子だった。まぁともかく、彼女がいなくなった後、近所の人も一緒に行方を探したんだけど、全く見当たらなくてね。そのあとから俺はその女の子の行方を追ってこうして旅をしているというわけさ」
「そうなんだ……」
10年前に失踪した女の子を探す旅ですか……これはまた、先の長そうな旅をしているようです。ここまでするということはもしかしたら……
「もしかして、それがヴァーテルの初恋でいまだに引っ張っているっていうこと?」
「そっそんなわけない! たっただ、どこに行ったのか心配になっているだけで……」
ヴァーテルは顔を真っ赤にして否定する。この流氷の上に乗ってから彼のこんな表情を見るのは初めてなので、おそらく図星なのだろう。
「何? ヴァーテル。図星なの?」
わかってはいるものの、あえて聞いてみることにしました。
「違う! 断じて違う!」
ヴァーテルは顔を真っ赤にしたまま否定をするのですが、その態度を見る限りどう考えても図星です。
もう少しこのネタでいじってみたいものですが、あまりやりすぎるとまた海に落とされて氷漬けになってしまうのでそれは控えておくことにしましょう。
「全く、お前はなんていう話をしているんだ。陸地が見えたからってまだ遠いから油断は禁物だぞ」
この話題。一応切り出したのは私ですが、そこまで言うことはないと思います。
心の中でそう思いながら、私は小さくため息をつく。
「なんだそのため息は! とにかく、俺は陸の様子を見てくる」
そういって、ヴァーテルは流氷の向こう側に……あっ海に落ちました。
気をつけろといった張本人がちゃんと足元も見ずに歩き、海に落ちた光景を見て、私は再びため息をつき、ヴァーテルを引き上げるために流氷んも端へと向かいます。
結局、何度も海に落ちそうになりながらヴァーテルを引き上げ、流氷の上に戻った後、数時間ほどで私たちは偶然通りがかった漁船に拾われて、近くの港町にたどり着くことができたのでした。