その15
(やはりこうなった!)
N2は読み合いに勝利したことに静かな興奮を覚える。
先ほどの火球攻撃の違和感に気づけたことが一番の勝因である。
この攻撃は2人に対して決定打にはなりえない、と。
地下水路でN2たちが灼熱のブレスを受けてもなお健在であることからそのことはすでに証明済なのである。
だから翼竜が大量の火球による攻撃を繰り出したことに引っかかりを覚えた。
何か別の思惑があるのではないか、そんな疑念が沸き上がった。
そこまでいけば上空に瞬く火球の配置に別の思惑が隠れていることに気づくのにそう時間はかからなかった。
これは翼竜の張り巡らした獲物を追い詰めるための罠なのだと。
もちろん100%とは言い切れない。
だが予想通りなら高速で動きまわる翼竜に不意打ちを仕掛けることが出来る。
この機会を逃してしまったら無傷で翼竜を捉えることはできないだろう。
そう判断しボッシュの背から降りる決断をしたのだ。
それはつまり、この先翼竜の攻撃を避けることができなくなる、という事を意味する。
(ヤツの欺核はどこだ!?)
粉塵の切れ目の中から敵の姿を一瞥する。
翼竜の魂をトレースしているヒマなどない、目視であたりをつけるしかない。
(!?)
幸いすぐにその場所を見つけることができた。
腹部中央のくぼみ、そこに急所である欺核の光が垣間見えた。
(曲がれ!!)
念じると同時にテンタクルエッジがくの字に折れ曲る。
その軌道は多くのダテンシが欺核周辺に持つ核床という装甲との裂け目、柔らかい箇所に向けられていた。
―――そう、N2はあえてボッシュには伝えていなかったがこの時彼は翼竜を倒そうなどとは考えていなかった。彼にはある別の思惑があったのだ。
対シエラ用に発案したロスティスを通じての操具、それを使って。
正確無比な刃はいざなわれるように核床へと吸い込まれていく。
そして
キィン
鋭い音と共に手のひらに跳ね返された刃の感覚が伝わる。
「何ッ!?」
思わず動揺が声に出てしまう。
硬い、核床なのに硬い。
本来ありえないことだが理解せざるを得ない。
これが翼竜の特性、核床も装甲に覆われているのだと。
すぐさま攻守が入れ替わりボッシュはそのまま爪で切り裂かれN2はもう一方の腕から繰り出される爪の一撃を腹部に受けてしまう。
コートが破れ肉が裂け骨が折れ曲がり内臓につきささる。
「かっ、はっぁ」
仮面の上からでもその表情が苦痛に歪んでいることは容易にしれた。
ダテンシにとっての悪夢、それが今N2とともに消え去ろうとしていた。
その戦闘の様子をガレキの山に埋もれながらジッと観察している者がいた。
「ア、アイツ、ま、まさか、負けちゃったの……」
先ほどの火球による攻撃をコートのバリアとガレキの下に身を置くことでやり過ごしていたエルシーであった。
その表情には絶望の二文字が色濃く浮かんでいた。
彼女は今までどんな巨大な敵にもおくすることなく果敢に立ち向かってきた。
だが、先ほど真っ赤に染まった空を見て彼女は気づいてしまった。
これは、もう、どうがんばってもムリだ、と。
これはもはやダテンシの攻撃などではない。天災じゃないか、と。
人が抗える事象の範疇を超えすぎている。
いくら力があっても、すばしっこくても、降り注ぐ焔を押しとどめることなどできはしない。
本当のダテンシは人間が渡り合える存在じゃないんだと、初めて思ってしまったのだ。
すると体の奥底からいつも無尽蔵にあふれてくる力が枯れてしまったかのように四肢が重くなった。
エルシーは、この時生まれて初めてダテンシに心の底から恐怖してしまっていたのであった。
「……で、でも、いいじゃない、ここで見ているだけでも……私がやらなくてもアイツがN2を殺してくれるんだったら、それでいいじゃない、だから……」
体が動かない事実を自己欺瞞で塗りつぶす。
それで騙されてくれるほど自分が鈍感でないことは分かっていたがどうしようもなかった。
どうすることもできなかった。
どうすればいいのか分からなかった。
ボロボロの身体に萎えた気力、それを奮い立たせる拠り所がなにもない。
エルシーはそれほどまでに追い詰められていた。
だから目を閉じる。自分が折れてしまったという現実を見ないように。
でも、それでも、悪夢は逃がしてはくれなかった。
『これは私が着ているものと同じコートだ。これを着ていればさっきみたいな攻撃が来てもキミを守ってくれる』
「……なんであの時のことを……」
『決まってる。キミを失いたくないんだ。もう二度と後悔したくない』
「……何言ってるのか意味わかんない、ほんとうに気持ち悪いヤツ……」
『どう思われようとかまわない。私は私の思うままに行動するまでだ』
「……それであんな目にあって、いい気味、自業自得よ……」
『私は目的を達するまでは討たれるつもりはない』
「……ウソまでついて、ほんとうにどうしようもないヤツ、信用なんてできる訳がない……」
『フフッ、そうか、それは楽しみだよ―――』
「………………」
つい先ほどの出来事だというのに数か月前にも感じるN2とのやり取り。
殺したいほど憎いはずなのになぜか胸に去来するのは言いようのない喪失感。
なぜ、なぜ?
いくら自身に問うてみても答えは出てこない。
だが、これと似ている感覚を最近味わったことを思い出す。
そしてそれが愛する人―――ギアックを失った時と同様の感覚であることに気付くとエルシーは絶叫していた。
「ぜぇったいにそんなワケないっっっっ!!!!!!」
恐怖も怒りも忘れてエルシーは立ち上がる。
それは反動で頭上のガレキの山が吹き飛ぶほどの勢いであった。
「あ、れ? ち、力が、戻ってる?? ―――!!? あれはっ!?」
なぜか頬を紅潮させながら動揺しているエルシーの視線の先で腹部を貫かれているN2が動いていた。
「うぉぉぉぉ!!」
N2は自身の腹を突きさしている爪に向かって刃を振り下ろす。
ガキィィィン
金属の反響音がエルシーの元まで届くほど苛烈な攻撃、それでも翼竜の装甲には傷一つつかない。
「むだなことはやめるんだな」
憐れむような幼子の声が翼竜から発せられる。
「こいつはおまえごときじやキズ一つつけられない」
見ると先ほどボッシュにつぶされた翼竜の下あごから巨大な人間のあごが生えていた。
声はそこから発せられていた。
「お、お前がミスト=シルエットなのか」
「そうだ、シエラさまのおぼえめでたいさいきょうの扇動者さ」
「くっ、な、なにが最強だ、いいようにつかわれて……その様子、お前、翼竜に飲み込まれかけてるぞ。破損したパーツを補う部品にされてるのが分からないのか!?」
「ぶひん? ふっ、ちがうよ、これはぼくがそうしたいからそうしてるだけなのさ。シエラさまのおこえをきいてからぼくがコイツでコイツがぼくなのさ。こんなかんたんなことがわからないおろかなやつ、ばんしにあたいするね」
「シ、シエラの声だと……? いったい何がくぉぉ」
「シエラさまだろ!! ぼくにはじをかかせるだけじゃなくてシエラさままでぶじょくするなんてばんばんばんしだよっおまえはぁぁ!!」
腹部にねじ込まれる爪の圧力が増しN2は悶絶する。
「かっぁぁぁ」
激痛のためかN2は爪を抱え込むように突っ伏してしまう。
「ほんとうにムカつくやつだ、もういちびょうもいかしておかない! おまえとそこにねているヤツをぶちころしてそのくびをもってかえってやる!!」
「そ、そんなことが、で、出来ると思っているのか」
「ばかかおまえはっ!? せいさつよだつのけんはすでにぼくがにぎってるんだよっ!! このミストさまがなっ!!」
「はぁはぁ、ふっ、ふふふ、ふははははは、生殺与奪だと? わ、私の予想はどうやら当たっていたようだ」
「? なにをわらっている? きでもおかしくなったのか」
「ふふっ、いや、なに、想定以上で、さ。さっきの攻撃は光るところもあったが、まだまだ未熟だよお前は。そう、最初水路で会った時に、出会い頭にブレスを放った時から、わ、私はお前を未熟な扇動者だなと、そう思ったのさ。そして実際に話してみたら、よ、予想以上のマヌケさに、ふっ、ふふ、痛みよりも可笑しさがこみあげてしまった、そういう笑いだよ」
「……………ころす、もういい、おまえというそんざいをこのよからすぐにけしさる、けしさってやるぅぅぅぅぅ!!!!」
ミストの脳で生まれた怒りが翼竜の怒りと交ざり合い至高の憤怒となって発露する。
そしてミストはN2の腹部から爪を引き抜きそのまま返す刀で首をはねようとする。
が、意思と反して翼竜の腕はピクリとも動かなかった。
「な、なんだ!?」
「だ、だから言ったろ、できる訳がないと」
「なにぃ!!???」
「い、言っておくがな、この状況、当初の想定通りなんだよ」
「な、なんだとぉ!!!???」
「ま、まぁ、腹部をこうもあっさり貫かれるとは、お、思わなかったが……高速で飛び回るお前を補足するには攻撃を受けた瞬間に固定するしかないと、そ、そう思っていた。メ、メチャクチャ痛いからそろそろ私は落ちるぞ」
「こ、こていだと!? い、いったいどうやって!? ―――ああぁ!!」
ミストはその時爪の表面に輝く文様を目にした。
淡い光を放つ誘導印、その文様が意味するところは―――“全停止"
ミストは翼竜と同化しかかっているがゆえに自分ごと動きが封じられてしまったのであった。
「な、なぜゆうどういんが!? そ、それにこのちから、つ、つよい、まるでシエラさまっ!!??」
「身器統一、とりあえず装甲を剥ぐとしよう―――」
そのキーワードを合図にN2の意識が武器へと置き換わる。
コートのいたる所からまばゆい輝きを放つ武器が現れN2の手元へ送られる。
《ケズルゼェェェ》
《キリキザムゼェェェ》
《スリツブスゼェェェ》
《アッカイサセルゼエェェェ》
(―――ほどほどにな、コイツは殺すわけにはいかないんだ―――)




