その14
N2とボッシュは駆けていた。
翼竜の殺気が降り注ぐ極限の戦場を。
「右からくるぞっ!11時!」
「あいよっ!」
「次は3時!」
「おう!」
先ほどから翼竜は間断なく上空から襲いかかってきておりその巨大な爪が喉元まで迫ることが幾度となくあった。
2人が地上でどれだけ速く駆けてもまくことはかなわなかった。
(まるで我々は地を這う毛虫同然といったところか)
皮肉ではなく本気でそう思えるほどのプレッシャーをN2は感じていた。
「次、12時!」
「おうっ!」
(スゲえ。すげえよN2! あのくされトカゲの動きを完璧に見切っていやがる!)
そんな中ボッシュは心底感嘆していた
最初は自分も翼竜の動きを注視していた。
だがそれが恐怖を増幅させるだけの愚行だと判断してすぐにやめた。
特殊操具の影響で翼竜は手がつけられないほど加速しており、通過の際の衝撃波にあおられようやく攻撃を受けたのだと悟るほどだった。
そんな状態ならば、いっそ、何も見ないで走る。
そう割り切って先程から血糊で重くなった瞼を閉じながらボッシュは走っていた。
「右前方だ! 5時の方角」
(だけど、そろそろ…)
「なぁN2そろそろこっちからも仕掛けようや」
「……」
「聞こえてんのかN2? このままじゃジリ貧だぞ」
「次っ! 8時」
「…チッ」
当たり前の話だが逃げ続けていても絶対に勝てはしない。
どこかで反撃へ転じなければならない。
だがN2からはそんなそぶりは微塵も見えなかった。
先程からずっと逃げる方向を指示しているだけなのである。
そもそもどうやってあの高速で飛び回る翼竜を捉えるのか、それすら分からなかった。
(すれ違いざま、ってのは現実的じゃねぇ。それにN2は一撃でカタがつくとも言っていた。なにか策があるのは間違いねぇんだろうが……それでもそんなのんびりやってるヒマはねえんだぞ?)
そう考える根拠は自分たちが走るこの走行ルートにあった。
見なくとも分かる。
ジグザグに走りランダム性も加えてはいるがなんのことはない、先ほどからある一定の範囲を延々と周り続けているだけなのである。
まだ翼竜には気づかれていないようだが遅かれ早かれバレることは必至だ。
そしてその瞬間が自分たちのーーーボッシュは唾を飲み込む。
「オイッ!どうすんだよ?!」
自然とボッシュの声は大きくなる。
「……」
「オイッN2!」
「……」
(くそっ、こいつの狙いがよめねぇ、マジでどうするつもりなんだよ……まさか)
自分の運命を他者に委ねる、長らく用心棒として気ままに狂剣を振るっていたボッシュにとってそれは久しぶりの体験であった。
そして最も苦手とすることでもあった。
「あっ」
だからだろうか、ボッシュは一瞬だけ自分が走行ルートを外れてしまったことに気づく。慌てて目を開くとミレニムの市街が視界に急接近する。
「すぐに下がれ!」
「分かってる!」
ボッシュは右脚を大きく踏み込み転身する。その反動で地面が大きく陥没する。
なぜ2人がここまで慌てるのか、それはこの不可解な走行ルートに理由があった。
2人は先程の翼竜のブレスによって崩壊したエリアに限定して逃げていたのであった。
なぜそんな効率の悪いことをしていたのか、
それは言うまでもなくこれ以上被害を拡大させない、しいてはこれ以上人は殺めないというN2の信念、セシリアとの約束に起因していた。
翼竜のブレスが市街に落ちれば甚大な犠牲が出るのは言うまでも無いこと。
そうさせないために2人は爪による攻撃をギリギリまで引きつけてから回避する、そんな挑発的な行為を繰り返していたのであった。そうすることで間接的にブレス攻撃を封じていたのであった。
だがそんな綱渡りの均衡が崩れ去ったことを2人は認識する。
「11時の方角っっ!!!」
「わかってらぁっ!!」
ある程度の力量を持つ者ならば敵の何気ない動作で相手の真の思惑まで読み解くことすら可能である。
対峙しているN2たちは目の前の翼竜がその領域に突入していることが分かっていた。
そしてその認識が間違っていなかったことの証明として、2人の頭上に無数の火球が現れる。
「あ、あ、あんなのどうやったってムリだぁ!」
「発射のタイミングはずれているっ!! すき間を縫うように避けるんだっ!!」
「バカ言え! そんなことできるわけ」
「やるしかないんだよっ!! いいから走れっ! 1時の方角だっ!」
「い、1時だぁ!??? く、く、くそがぁーーーー!」
1時の方角、ちょうど降りそそぐ火球の中心部にむかってボッシュはヤケクソ気味に突撃していく。
後退はできない。
戦火を広げれば無辜の市民に被害が出る。
翼竜はそれを理解したようで先程の回避ルートの上空に満遍なく火球をバラまいていた。
ここから逃げ出したければどうぞお好きに、その先に火球を放つだけだから、と言わんばかりに。
今の2人にはこの挑戦を受けるしか選択肢はなかった。
そして最初の火球が大地に着撃し轟音とともに熱波が2人を包み込む。
2人は―――立ち向かう意思を明示するかのように目を見開く。
「大したことないっ! このコートは耐熱性だ! 行くぞっ!! 1時、11時、1時、12時、1時、10時、2時、4時、6時っっ!!」
「そんなこととっくに知ってるつーの!! うおぉおおおぉぉおおお!!!」
そして2人の姿は完全に火球の中に消えてしまう。
消えた先で間断なく爆発が生じ街の一角がペンキをぶちまけたかのように真っ赤に染まる。
その凄惨さは生きるものがついぞ訪れることのない地獄の原風景が顕現したかのようだった。
どれほどの時が経ったか、永遠とも思えるほどの悪夢的な爆発音が鳴り止んだあとには恐ろしいまでの静寂と周囲一帯を覆い尽くすほどの粉塵が舞っていた。
そんな死の雰囲気漂う霧の中から突如何かが飛び出した。
「た・い・し・た・ことなかったぜぇぇぇ!」
ボッシュだ。
顔は焼け焦げ全身から煙を立ち上らせ満身創痍の様相だったが彼は生きていた。
地獄から生還できた喜びからかその表情には生の喜びが満ち溢れていた。
「!?」
だが即座にその表情が曇る。
飛び出した先に翼竜が諸手を上げて待ち構えていたのだ。
まるでここから飛び出してくるのを待っていたかのようにーーー
図ったかのようなこの状況、先程の火球は2人をこの位置に誘導するための布石、そうとしか思えない位置取り。
おそろしいことにどうやらミストはこのシチュエーションを狙って作り上げたようだった。
特殊装具の力を使っているとはいえ先ほどから驚異的な進化であるといえる。
ボッシュはもはや狼の口に飛び込む哀れな子羊そのものであった。
そして懐に飛び込んできた獲物に翼竜は躊躇なく凶爪を振り下ろす。
その瞬間、ボッシュは恐怖におかしくなったわけではなく、明確な意思を持って口元をニヤリと歪ませた。
「マジでスゲェわ…ウチの大将はよぉぉぉ!!」
ビュン
雄たけびと同時に空気を切り裂く音が鳴る。
「待っていたのはお前だけじゃないっ!!」
粉塵の裂け目からN2が右腕を前に突き出していた。
その袖口に煌めくは必殺のテンタクルエッジ。
放たれたテンタクルエッジはうねりを上げながら翼竜の喉元に迫る。
まったくの不意打ちに翼竜は対処できない。
「いったれN2!」
目まぐるしく変化する戦況、それに置いていかれないようにボッシュはとにかく叫んだ。




