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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第9章 ステキな・・・
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その13

 ロウソクの炎ゆらめく仄暗い祭壇、エリアはその前にひざまずいて祈りを捧げていた。


 その小さな背中をカスミは少し離れた場所からじっと見つめていた。


 部屋の中は凍えるような冷気に満たされており数分もじっとしてはいられない。そんな状況だと言うのにカスミは祈りを中断させようとはしていなかった。

 あろうことかこの部屋から早く逃げ出したい、そんな素振りすら見せていた。


 エリアはそんなカスミの態度を知ってか知らずか、ただ黙々と祈りを捧げ続けていた。


 時おり突風が窓枠を揺らしその度にさらに室温が下がっていく。それを肌ごしに感じながらも二人は無言の時を過ごす。


 どれほどの時が経ったか、このままいくと二人とも朝には氷漬けになっている、そんな妄想がカスミの脳裏によぎったころ、突然けたたましい音とともに窓が開け放たれた。


 寒風が一気になだれ込んできてロウソクの炎がかき消され先ほどまでの寒さがまだマシだったと思えるほどの暴力的な冷気に場が蹂躙される。


「……エリアさま、もうお休みになりましょう」


 さすがにこれ以上はムリと判断しカスミは月明かりをたよりにエリアの元へ歩をすすめる。


「……あら、いたのカスミ」


「申し訳ございません、あまりにご熱心だったので声をかけそびれてしまいました」


「わかってるわ、いいの、いいのよ、カスミ」


「エリアさま……申し訳ございません」


 そのか細く消え入りそうな声に自らの忠心をいさめられたような気がして、カスミはたまらずエリアから目を背けてしまう。

 

「……どうやら蝶番が壊れてしまったようですね、明日建具師を呼んで修理させましょう」


「そうなの……こまったわね……まだおいのりはおわってないのに。ねぇカスミ、わるいけどもうふをいちまいもってきてちょうだい」


「もうお休みにならなければさすがにお身体にさわります」


「おねがいよ、だっておっとがたたかっているのにつまであるわたしがさきにやすむわけにはいかないでしょ」


「そんな…お願いですからもうお休みください。それにエリアさまはN2さまの……」


 カスミはそこで言葉を飲み込む。

 そしてエリアの顔色をそっと伺う。


 震える主人と目が合った。

 どうやら踏んではいけない尾を踏んでしまったようだった。



「なあに? わたしとN2さまがなんだって? アナタ…もしかしてまたヤキモチやいてるの? わかったわそれでおいのりのじゃまをしてるのね。ほんとにもうどうしようもないはしためなんだから。ひろってやったおんをわすれて……そんなことだったら…」


 頬を膨らませて怒るエリア、傍から見ればそれはとてもあどけない仕草であった。


 だがその冷たいまなざしは冬の冷気よりもカスミを震え上がらせた。そしてさらに容赦のない言葉がつづく。


「だったら…いますぐにわたしのまえからきえるかそれともしぬかどちらかをえらびなさい」


「そ、そんな」


「いいかげんうんざりなのよ……わたしとN2さまがつうじあっているから、とてもじぶんがはいりこむよちがなさそうだからってジャマばかりして……すこしはみのほどをしりなさいよ」


「エ、エリアさま……」


「がくがないからものおぼえがわるいのかしら? ずっとろじうらでくらしてたんですものね。だったらもういちどちゃんといってあげるわ。アナタはわたしのげぼく、N2さまにちかづけておせわができるのはつまであるわたしがきょかしてめいじているからにすぎないのよ。N2さまはおやさしいからそれでかんちがいしちゃったようだけど、ほんとうはあなたごときがちかづけるようなお方じゃないんだからね」


 エリアの髪が風にもてあそばれ渦を巻く。

 月明かりに照らし出されたその風貌は幻想的で、そして不気味であった。


「こんごはもうこんりんざいN2さまとわたしへちかづくことをゆるしません。N2さまはだれにもわたさない、いきるものもぼうれいもあのおかたにはふれさせはしないわ」


「ううぅ、エ、エリアさま」


 カスミは力なくその場に崩れ落ちる。


 尽くしてきた主人に口汚くののしられたことが衝撃だったのか、


 それともエリアのN2に対する執着心をなんとか解消したいと願い、自らの身体を使ってN2を誘惑までしたことが全て徒労であったことを悟ったからなのか、


 それとも―――なにか別の罪の意識にさいなまれてしまったからなのか、


 それは本人以外に分かりようがないことであった。が、とにかくカスミはすぐに立ち上がることができなかった。


「あら、どうしたの? そんなにへたりこんじゃって、N2さまにちかづけなくなったことがよっぽどショックだったのかしら? まるであのときみたい……まあいいわ、それならそのままそのばでおいのりしてなさい。それくらいはゆるしてあげる。N2さまのしょうりとごきかんをぜんしんぜんれいいのるのよ。あさになったらあのかたはいつものようにもどられる、そう、わたしのもとへ。だってN2さまのいばしょはもうわたしのとなりしかないんだから―――」


 ふたたび祭壇にひざまずく主の背中を涙交じりの眼でみつめるカスミ。


 純真無垢な思いが暴走し、狂気へ変貌してしまったその姿を見てすでに後戻りができないことを改めて実感する。



 まだカスミに唯一できることがあるとすれば、それはこれ以上主の心が乱されないようにすることだけだろう。


 だがそれも不可能である事をカスミは理解していた。


 それだけの罪を二人は犯してしまったのだから。


 もう二度と戻らないであろう夫のために祈りを捧げ続ける哀れな主人の背中にカスミのまなじりから涙がこぼれ落ちる。


「うふふはやくもどってらっしゃいN2、はやくこのまえのつづきをしましょーーー」

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