その10
そしてN2の告白を受けたエルシーは微動だにしなかった。完全に己を失ってしまっていたようだった。そしてしばらくしてようやく立ち直ったかと思うと
「適当なことをいうなっ!!」
怒りの腹パンをN2へ見舞った。
「ぐはっ! ま、まだこんな力が…? い、いやそれよりもなぜ腹パンを!? 時が来たら私はキミに討たれるって言ったのに…」
「うるさいっ! そんないつになるか分からないことを!! それに素顔も見せないヤツの言うことなんか信じられるワケないでしょうがっ!!」
「す、素顔……? い、いや、その、言い分は分かるがそれだけはダメだっ!」
「なんでよっ!!?」
「ショックがでかすぎる」
「どういう事よっ!!」
「そ、それはだな……」
「オイN2っ!! イチャついてるとこワリィが追いつかれちまったぞっ!!」
二人の会話を遮るようにボッシュが叫び、それに続いて臓腑の奥を震わせるような重低音が水路内に響き渡る。
「この音…まさか!?」
それが咆哮だと察知したN2は慌ててエルシーをコートで覆う。
「イチャついてなんていない、って、な、なにすんのよっ!?」
「目をつぶっていろエルシー! ボッシュ! お前は自分でなんとかしろ!!」
「分かってらぁ!」
やりとりが終わるや否や三人は水路の奥から伸びてきた焔に飲み込まれる。
瓦礫が溶け、汚水が蒸発し、それに伴い爆発が巻き起こる。
先ほどまでN2たちがいた空間はほんの一瞬にして巨大なクレーターへと姿を変えてしまった。
「な、何が…」
今まで経験したことがないような圧倒的な破壊のエネルギー、それをコート越しに感じたのかエルシーは青ざめていた。
鈍亀級としか戦った経験がない者にとってそれは初めて経験するホンモノのダテンシの脅威であった。
その脅威をもたらした存在―――翼竜種が水路の奥からゆっくりと姿を現す。
「はぁはぁ…ちょろちょろと逃げ回りやがって…だがこの100%のブレスならさすがにくたばっただろ…」
翼竜種の背でそううそぶくミスト、その余裕あるセリフとは裏腹に彼の顔には疲労が色濃く浮かび額には汗がにじんでいた。
自分の何倍もの巨体を直接操具したことによる消耗、それに加えて大空を駆けるという翼竜の特性を無視した使役、それが原因と見られた。
「…そ、それにしてもなんでこんなところで立ち止まってたんだ……さすがに疲れたのか…?」
この時、出会い頭にいきなりブレスを放ったミストを責めることは誰にもできない。
まだ幼さゆえの経験の浅さ、それに加えてボッシュを取り逃がしてはならないという焦り、そのプレッシャーは彼の判断を鈍らすのに十二分であった。
敵の姿が見えるやすぐさま翼竜に攻撃を命じたミストは、消耗した体力を取り戻そうと大きく息を吸いこむ。
その瞬間―――
「オラっ!!」
「はぁはぁ…えっ?」
自ら作り出した蒸気の煙幕を突き破り斬撃が迫ってくる。
まったくの不意打ち、ミストも翼竜も微動だに出来なかった。
「いたっ!!」
翼竜種が大きく揺れ直接操具しているミストのアゴに鋭い痛みが走る。
少し遅れてブレス発射台であるアゴがつぶされたのだとミストは知覚した。
「ぐぐっ、キ、キサマぁ」
「これでもうあのエグい攻撃はできねぇだろ! オラオラもう一撃っ!! 今度は上からだっっ!」
「う、上!?」
慌てて頭部をガードするミスト。
追従する翼竜は頭頂部で両腕をクロスさせる。
だが次の瞬間、敵の攻撃によって翼竜はのどを切り裂かれていた。
「が、がはぁっ」
「敵の言うこと間に受けてんじゃねーよこのタコがっ!」
「おっ、おっ、おまえ、ふ、ふざけるなよっ!!」
潰れかかった喉から出た憤怒を爪にのせてミストは反撃する。
スッ
だが右から左へと大きく凪いだ鉤爪は虚空を裂くのみであった。
ボッシュは攻撃を受ける直前に蒸気が作り出した煙幕の中へと身を潜めていた。
ここでようやくミストは気づいた。
自分がミスを犯してしまったのではないかという事を。
あせってブレスを発射してしまったことでわざわざ敵に格好の隠れ蓑を与えてしまったのではないかと。
さらに彼はまだ気づいていなかったが煙幕の中には彼のあずかり知らない伏兵も忍んでいた。
有利だったはずの状況があっさりと不利に裏返る、戦場の恐ろしさに初めて触れたミストは焦燥感をさらに募らせるのであった。
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「あれは……よ、翼竜種なのか! あれがあれば…………………」
翼竜の姿を見たN2は激しく動揺し、そしてすぐ獲物を狙う狩人のまなざしになった。
そして胸元に抱く少女を地面に横たえるとその憎しみに燃える瞳に向かって語りかける。
「エルシー、悪いが急用だ。だがキミを守りながらでは戦えない。だから―――」
N2は袖からコートを取り出しエルシーへと手渡す。
朱色に輝く予備コート、セシリアから譲り受けた3着の内の最後のロスティスコートを。
「これは私が着ているものと同じコートだ。これを着ていればさっきみたいな攻撃が来てもキミを守ってくれる。そしてこのコートには人間の治癒力を高める効果もある。回復したならすぐにここから離脱するといい」
「な、なんでそんなモノをわたしに渡すのよ」
「決まってる。キミを失いたくないんだ」
「……気持ち悪いこと言わないで」
「どう思われようとかまわない。私は私の思うままに行動するまでだ」
「……もし本当にこのコートで回復したとしたら……わたしはダテンシよりも先にお前を狙う」
「それもいいだろう。キミに討たれるならば。だが言っておくが私は目的を達するまでは討たれるつもりはない。さっきの戦法だってもう3パターンほど打開策を考えついている。もう通用しないからな」
「そんなのハッタリよ!! それにもしそうだとしてもわたしは別の方法でアンタを狙う。まだまだ試してないことだってたくさんあるんだから!」
「フフッ、そうか、それは楽しみだよ―――」
それだけ言うとN2は手をふって煙幕の中へと姿を消していった。
エルシーは憎い仇の後ろ姿を見えなくなるまでずっとずっと睨み付けていた。
そして見えなくなった途端、胸に去来した空虚感に呆然とする。
「……意味わかんない……疲れてるんだ……」
そうつぶやきながら先ほど手渡されたコートを眺めてみる。
なんの装飾もないシンプルなデザイン、胸元にアクセントとしてささやかながら花模様が描かれていた。
「女ものなの……? なんでこんなの持ってるのよ、ホントに気持ち悪いヤツ……」
そう言いながらエルシーはコートを抱きしめる。
理屈では分からないが、なぜか懐かしく、そして大事なモノのように思えたから。
「……ホントにもうワケが分からないよ……何なのコレ……何なのわたし……」
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(こまったらこの子に意識をゆだねなさい。わかったわねミスト?)
(シエラさまっ!!?)




