その7
『やはりこんなの間違っている! なぜセシリア様が罪に問われなきゃならないのですか!?』
ギアックは怒りをあらわにセシリアに詰め寄る。
だがセシリアは身じろぎひとつせず書き物を続けていた。
『今からでも遅くない。逃げてください。追手くらい僕一人で何とかなりますから!』
『―――物騒なことが聞こえたが……何とかとはどういう意味だ? 私の想像通りのことだとしたらキサマはとんでもない愚か者だ。追手がかかるとしたらミレニム騎士団が駆り出されることになるのだぞ。お前は同胞をその手にかけるといっているのか?』
書き物から顔を上げたセシリアはうんざりとした表情だった。
『必要とあらば』
即答するギアック、セシリアは無言で首を振る。
『馬鹿を言え。いいか、絶対に人を殺めるなよ。これ以上罪を重ねるんじゃない』
『…………』
『お前あの時言ったよな? 僕たちは共犯者ですって、二人の罪は二人で背負うんですって。だったらお前が犯した罪は私の罪にもなるんだろ? 共犯者である私の負担をこれ以上増やすつもりなのか? それともあれはその場しのぎのでまかせだったのか?』
『……そんなことはありません。あれは、僕の本心からの言葉です』
『だったら余計なことはしないでもらいたい。お前の刃はダテンシだけに振るえ。分かったか?』
『…………しかし』
『煮えきらんな……今回の件では人が死に過ぎたのだ。それは純然たる事実、誰もがミレニム至上最も陰惨な事件に動揺している。そして感情をぶつける場所を求めている。罪にはそれに見合った罰が必要だ。誰かが責を負って幕を引かねば収まりがつかんのだ。その役目が今回私に回ってきたまでのことだ』
『なぜセシリア様がそんな役を引き受けなければならないんですか!?』
『私はミレニム騎士団長だ。無謀な作戦立案の責任は私にある。……それにお前は私の罪を一番よく知っているではないか』
『ですが……その半分は僕の罪でもあります』
『だからお前はダテンシを狩っているのだろう……それに私はただ投獄されるのではない。実は気になることもあってな。ゆっくり時間をかけて調べたいのだ』
『気になること?』
『そうだ。ここにいたらいろいろと煩いヤツからの妨害がありそうでな。幸い私が収監予定のアルカトラストは孤島だから俗世の雑音は入ってこない―――どうもな、私は今回の件は裏で陰謀があったような気がしてならないのだ』
『陰謀? なんですかそれは……』
ギアックはそこで口ごもる。
セシリアにはシエラと自分の関係は話せずじまいだった。
言い出すキッカケが無くズルズルと引き伸ばしてしまっていたのだ。
―――今回の件が元をただせばただの身内の問題だという事を知られたくなかったというのが実のところではあるが―――
(まさかそのことか?)
『……扇動者が裏切り者のお前を狙ってきたというだけの話ではないよ。そもそも論だが扇動者はお前が全員始末したんだろ』
セシリアはN2の心情を慮り、自分の疑問はそこにはないことを伝える。
本当にこの人には頭が上がらないとギアックは改めて思った。
『ええ、確かにそうしたつもりです。ですがどうやら討ちもらしがあったみたいで……』
『そこだよ。本当にお前はそう思っているのか?』
セシリアは真剣な表情でギアックに問い直す。
ギアックは―――とある方法でかつての故郷を焼き尽くした。
天を突く火によって、地図からその存在が消滅する程に。
考えうる最強の力を使って至上の破壊を作り出したという自負はあった。
『まあ率直に言って……あの状況で生き残った者がいるとは到底思えませんね』
だからそれが正直な感想であった。
『ですが事実は違ったようです。シエ……いえ、生き残った扇動者はなにか僕の予想もつかない方法で助かったのかもしれません』
『そうかもしれん。が、そうではないかもしれん。今回はそうでないと仮定しよう。お前の直感も信じたい。だから本当に扇動者は全滅してレコンギスタ教団は壊滅したんだとする』
『…………』
『そうするとだな、先日ミレニムを襲撃した扇動者の存在がありえんことになる』
『だから討ちもらしがあったんだと』
『過程を崩すなよ。議論が進まん。だから私は発想を逆転させたのだ。先日ミレニムを襲撃した扇動者は残党ではない、新生した連中なんじゃないだろうか、とな』
『新生…………?』
耳慣れない言葉にギアックは聞き返す。
『そうだ。つまり奴らは甦ったのだ。墓穴からな』
『ははっ、そんな』
セシリアの口から余りにも荒唐無稽な発言が飛び出したのでギアックは思わず吹き出してしまう。
だがセシリアはまったく笑っていなかった。
冷鉄の女の異名を体現するような冷たい、真剣なまなざしでこちらを見つめていた。
その冷気が伝わってきたのか、ギアックは思わず身震いしてしまう。
(……たしかにシエラは別人のようになっていた。あんな異常な力……才能でどうこうできるレベルじゃない。……新生……本当に甦ったっていうのか?)
『遺跡からは時たま我々の理解の及ばぬ超遺物が出土する。お前のロスティスコートもそうだし王都近郊では空飛ぶ鎧なんてものも発掘されているそうだ。だから人を甦らせる何らかの装置があったとしてもそこまで荒唐無稽な話ではあるまいよ』
『……それにさすがに飛躍しすぎだと思いますが』
『そうか? うん、まあ、そうか……今のは聞き流してくれ』
その時、ギアックはなぜかは分からないがセシリアの表情が一瞬だけ曇ったような気がした。
『ま、私が言いたいのは自然発生的に復活したのではない、という事だ。方法は不明だが何らかの外部の力が働きレコンギスタ教団が復活したのだ。それはとりもなおさず悪意をもってレコンギスタ教団を目覚めさせた存在がいるということに他ならない。それは、ダテンシ同様討ち滅ぼさなければならない悪だろう』
『……そんなヤツが本当にいるんでしょうか……』
『だから一度そういったことも含めてゆっくり調べてみたいのだ。幸いアルカトラストには私の手足となって動く者も収監されている。まあちょっとしたバカンスのつもりで楽しんでくるよ』
『バカンスですか……』
『心配するな。それにお前がいるじゃないか』
『僕?』
『フン、仮面の上からでも分かるほど呆けたツラをしおって。私は共犯者だぞ、お前はよもや共犯者を簡単には見捨てたりはしないだろう?』
『当然ですよ!』
『危なくなったら助けてくれるんだろ』
『もちろんです!』
『ふふっ、なら何の問題もないじゃないか。それに……だな……こういうシチュエーションは、その、憧れでもあったのだよ』
『憧れ……?』
急にセシリアのトーンが変化しギアックは身構える。
いつの間にかセシリアはしなをつくり上目遣いになっていた。
色白だった肌が朱に染まり耳まで真っ赤になっている。
完全になにかのスイッチが入った、そのように見えた。
『囚われの牢獄から王子様が助け出してくれるっていうのはな、誰もが一度はあこがれるシチュエーションなんだぞ……』
『ガ…………………ガンバリマス』
色々と思うところはあったがとりあえずギアックは今までの会話がただの茶番であったということだけは理解できた。
(なんなんだよこの人ぉぉ!! ああ、でも、確かそうだったな……)
改めて思い出す。
普段は他人を寄せ付けない厳しさの仮面を被っているこの冷鉄の女が、実は誰よりも乙女であるという事を。
そしてその事実は自分しか知らないという事を。
そんなことがあったせいか収監前の悲痛な状況だったのに、この時の記憶は甘酸っぱいものとしてギアックの脳裏に刻まれていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
(そうあの時約束したんだっ!! もう人は殺さないっ!! それに相手はエルシーだ!! 僕は絶対に刃は抜かないっっ!!)
内なる声に言い聞かせるようにN2は心で叫ぶ。
(だからこの状況を打開するためにっ!!)
耳に装着したままの通信石から流れる声。
N2はエルシーの攻撃を避けながらもその声に耳を傾けていた。
叫び声や悪態ばかりの声の中から戦況に関わるものだけを取捨選択し、そして意識を俯瞰させる。
そしてあと十秒後にその時が訪れるだろうと予測する。
(こっちに来るのかっ!? だが使えるのかっ!? 一体何に使えるっ!?)
N2は自問自答しながら意識を集中させていく。
身器統一の境地に踏み込む一歩手前の心地。
その状態でエルシーの攻撃の隙を探っていく。
(放たれた鉄槌の勢いを止めることは不可能だ。テンタクルエッジではパワーが足りない。攻撃の合間にも隙は無い。流れる回転動作で合いの手をいれる余地もない)
『ギアックモウイイカラオレヲツカエヨ』
気を抜けば意思を乗っ取ろうと武器の言葉が頭の中に響いてくる。
それでもN2はあきらめずに目を見開きエルシーをつぶさに観察していく。
(どこかにある! 隙がない人間など存在しない! よく見ろ! 考えろ! N2! お前は人じゃない! 悪夢だ! 悪夢そのものだ! 悪夢に不可能など――――無いだろうッッ!!!?)
時間的猶予はほぼなくなってきている。
おそらくあと二撃放たれる内にエルシーの攻撃を崩さなければ、先ほど感じた好機の兆しも過ぎ去ってしまう。
(どうすればいい!? なにをすればエルシーを殺さずに戦いを止められるんだ!?)
焦りが脳を犯し始めている。
N2は感情を捨て去りおそらく最後のチャンスであろうエルシーの一打に目を見張る。
N2の意思に呼応するかのように仮面の輝きがより一層鮮烈になる。
そしてバックステップで躱しざまにエルシーの攻撃を観察する。
そしてN2が出した結論は―――
(クソッ、ダメかっ!! この攻撃に隙なんてない! 完璧だ!)
エルシーの回転攻撃は完全に一分の隙も無く機能していた。
あの暴力的な回転の渦に差し込むには手心を加えた方法では不可能であった。
ありとあらゆる武具を使いエルシーの身体機能を奪うしか術はなかった。
それが結論。
エルシー程の敵であればもはや完全なる身器統一をしなければ敵わないだろう。
そして完全なる身器統一ではセーブは効かない。
それだけの強敵にエルシーは成長してしまっていた。
(なぜ、こんなことになってしまったんだ)
絶望が頭を支配しその隙を待っていたかのように武器の意思がなだれ込んでくる。
何度も経験した感覚。
身器統一の境地である。
こうなってしまっては止めようがない。
N2の個は失われ、敵を撃滅するまでその意思は武器の一部となり果てる。
N2のみが持ちうる最強の能力であり、そして今の状況では最悪の能力でもあった。
(ゴメンよエルシー、僕は、キミのことを……なのに、こんなことに……)
落ち行く意識の中でN2は懺悔する。
そして最後にせめてその姿を瞳に焼き付けようと目を凝らした瞬間―――
コンッ
不意に仮面に何かがぶつかった。
(これは、なんだ……そうか、エルシーの攻撃でレンガが砕けたのか………)
N2の意識は闇に落ち込み失われようとしていた。
だが、その時、不意に、N2の身体に電撃が走った。
(レンガ……そうか、エルシーの攻撃の源とは―――僕はなぜこんな単純なことに気が付かなかったんだ)
頭の中の闇が振り払われ光が広がっていく。
『サスガダナギアック―――』
それと同時に武器の声も遠ざかっていく。
N2は完全に理解していた。
エルシーの猛攻を止める方法を。
自分が攻撃する必要すらなかったという事を。
(時間は!? まだある! 次の一撃だ! その瞬間に全てを賭ける!!)




