その5
ボッシュの予感はすぐに確信へと変わる。
翼竜種が瞬時に下降し鋭いかぎ爪をボッシュの喉元へと突き立てる。
その間、約0.5秒ほど。
並みの人間では反応はおろか死を認識する間もなく首を吹き飛ばされ絶命してしまうだろう。
「うぉっ!!!」
だがボッシュは並みの人間ではなかった。
歴戦の勇士であり、それに加えて今はロスティスコートによって全身を強化されている状態である。かぎ爪の軌道を眼前に見ながらボッシュは寸前のところで翼竜種の一撃を躱す。
「クッ、このガキっ!!」
そして間合いを取り翼竜種と対峙する。
ミストはそんなボッシュを翼竜種の背中から驚愕の眼で見つめる。
「もしかしてお前……よけたのか? なんでそんなことができるんだ? 人間なのか?」
「たりめーだろ!! 目が腐ってんじゃねーのかガキ!!」
「なんだと!? まぐれでよけたからって調子に乗るなよ!!」
ボッシュの挑発にいらだちを隠そうともしないミスト。
その激情にシンクロするかのように翼竜種が翼を広げ再び上昇する。
そして再びの急降下、先ほどよりもその速度は苛烈で殺意にみなぎっていた。
「ケッ! 舐めんなよガキがっ!!」
だがボッシュは先ほどよりも余裕をもってその攻撃を躱す。
驚くべきことにボッシュはミストの攻撃の穴をすでに先ほどの一撃で理解していたのだった。ありていに言えば見切ってしまったのである。
(このガキ、首しか狙ってこねぇ。扱ってるダテンシは一流だがただのボンクラか)
首を持ち帰るという先ほどの発言、そして攻撃の軌道、そこからボッシュはミストの狙いが自分の首に集中してくるだろうと仮設立てた。
そして今の攻撃で自分の考えが間違っていない事を確信する。
狙われる場所さえ分かっていれば、それを躱すことはある程度の力量があれば容易なことである。
ロスティスコートをまとったボッシュならばそれは言わずもがななことであった。
ミストは自分の攻撃がすでに見切られているとは露知らず、何度も上昇と降下を繰り返しボッシュに迫る。だが、やがてその表情に徐々に焦りの色が浮かび始めた。
「な、なんだあいつ、うろちょろと、もしこのまま仕留め損なったら、シエラさまになんていえばいいんだ、ぼくは、ぼくは」
翼竜種を授かった時の高揚感と、主の優しい声音をミストは思い返す。
『たのむわよミスト。戻ってきたばっかりで悪いけどアナタならきっと出来るわ』
その時のシエラのやわらかい手のひらの感触と期待に満ちた眼差し。
だが、その瞳が失望の色を帯び、自分から離れていく様を想像しミストは恐慌状態となる。
「くそっ、くそっ、くそぉ!」
「オラァ!!」
「えっ?」
その時、剣風が唸りをあげた。
そしてミストは絶叫する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「な、なんだぁ? なんでガキが叫んでんだ?」
今しがた翼竜種の前脚を躱しざま切り伏せたボッシュは困惑する。
「よく分かんねぇが……それよりこんな巨大包丁も軽々振るえちまうなんて本当にご機嫌なコートだぜ」
身の丈ほどもある大剣を何度も上下させながらボッシュは感嘆する。
「訓練の時はこうはいかなかった。実戦だとパワーが上がるのか?」
すっかり余裕の様子でコートの考察を始めるボッシュ。
その脳裏に翼竜種とそれを操る少年の姿は一瞬消え去っていた。
だが戦場で敵を意識の埒外に置く、それは歴戦の勇士ならずともやってはいけない行いであった。
一瞬の油断が命取りになるのが戦場の常なのだから。
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……おまえ、ホントに、ふざけるなよ……」
「あぁん!? ナンだ? っ!!?」
ボソボソとしゃべるミストの声にボッシュは顔を上げる。
そして息を呑む。
空が見えなかった。
いつのまにか上空に空いていた大穴が塞がっていた。
だがよく目を凝らしてみるとそうではないことが分かった。
物理のカーテンで穴が覆い尽くされているのだ。
その物理のカーテンとはーーー翼を広げた翼竜そのものである。
一瞬で倍化したのではないかと思えるほどに巨大化していた。
「あ、あ、な、なにが」
「……もう首なんてどうでもいい。翼竜を破損させてしまったならどんないいわけも通用しない。だから、せめて、お前を完全にこの世からけしさって、そしてコイツにあやまるだけだ、ぼくのせいでケガをさせてゴメンって、それだけだ!!」
「お、おぉぅ」
そして翼竜の口が開き喉奥に炎が渦巻きだす。
その様はまるでマグマ煮えたぎる火山の噴火口を想起させた。
「や、やべぇ」
「消え去れっ!! チリひとつ残らずにっ!!」
そして翼竜の口から灼熱のブレスが発射される。
夜のミレニムが紅く染まりボッシュは閃光の渦に飲み込まれた。




