その4
急反転してきたボッシュに鈍亀級は反応することが出来なかった。
すれ違い様に擬核を切り裂かれなすすべもなく砂の塊へと転じていく。
2体目撃破、それは1体目撃破からわずか1秒足らずの出来事であった。
「この刀もハンパねぇぇぇぇ!!」
当のボッシュはほとんど抵抗なく鈍亀級の装甲に入り込んだ刃の鋭さにただただ狂喜乱舞していた。
さもありなん、かつてボッシュがまだアルテナ騎士団に所属していた頃、活性化したダテンシと戦うことは命がけの大仕事であった。
こちらに有効打を与える方法はほとんどなく大人数で長時間攻撃を加えることでようやく一体倒せるか、といった按配なのである。
対するダテンシはこちらに一撃でも食らわせれば確実に死を与えられる超常の力を持っている。騎士はワリに合わない死のリスクを負いながら戦地に臨まなければならないのが常であった。
そんな過去の陰惨な記憶をこのコートは一瞬で吹き飛ばしてくれたのだ。興奮するなという方がムリからぬ話であろう。
もちろんボッシュ自身のずば抜けた身体能力があってこそのことなのだが今の彼にそこまで自惚れる余裕はなかった。
「オレはこのコートがあれば無敵だっ!! 何かデケェことしてやるっ!! 見ててくれヴァレンシュタイン!!」
そして思いが口からほとばしる。それは勝利の雄叫びだったか。だがこの時、残る二体の鈍亀級がなにやら統制のとれた動きを始めたことにボッシュは気が付かなかった。
そしてそのまま残るダテンシの元へと舵をきる。
「マヌケどもが並んでやがる。だったら今度は二体まとめてぶち抜いてやんよっ!!」
そして獲物を背中の大太刀に持ち替えるとそれを前方に突きだす。
狙いは直列に並んだ鈍亀級の同時撃破。
戦略的には何の意味もない、もはやただの力試しにすぎない行為であったが、それでもさすがと言うべきかボッシュの狙いは正確無比であった
鈍亀級は貫かれるのを待つ憐れな子羊同然ーーー
しかしボッシュが鈍亀級に肉薄しようしたその瞬間、突如地面が陥没し踏みしめるべき足場が消失する。
「なっ―――!!!??」
踵でブレーキをかけ体勢を立て直そうとしたがムダであった。
なぜなら崩落はボッシュの前方だけではなく、鈍亀級を中心とした数十メトルの範囲にも及んでいたのだから。
そして自重を支える大地を失ったボッシュはそのままなすすべもなく落ちていく。
「―――お、おぉ、マ、マジかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!???」
そして足元に広がる光景に絶叫する。
眼下には地下水路ではなく焔の舌を伸ばしながらボッシュを待ち受けるマグマの流れが広がっていたのだ。
「ど、どうなってんだこりゃっ!? や、ヤバい、マズうおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そしてなすすべもなくマグマだまりに飲み込まれていくボッシュ、
少し遅れて残った一体のダテンシも落下してくる。
あらゆる万物の影響を受けない特性のおかげかダテンシはマグマの中でこゆるぎもしなかった。
この状況、ダテンシが命と引き換えに一度だけ放てる核醒攻撃―――ボッシュからは死角となっていた側のダテンシが放った―――によって生み出されたものだった。
ボッシュの死角に隠れた鈍亀級は地面に向かい火球を放ち、レンガ造りの広場を地盤ごと溶解せしめ、そしてその下に広がる水路の流れを瞬時に蒸発させ大爆発を生じさせたのであった。
そして余りの高熱のため水路はドロドロに溶けた溶岩流と化し、そこにいる者を容赦なく飲み込み死の河へと瞬時に変貌を遂げたのであった。
「……ぁ……ぁ……ぁ……」
1000℃をゆうに超える灼熱の炎に全身を覆い尽くされボッシュは小さく喘ぐ。
鈍亀級はそんな瀕死のボッシュにも容赦はしなかった。トドメをさすべくゆっくりと前進を始める。
この鈍亀級を操具している扇動者の力によってか、全脚の太さはすでに通常時よりも倍化していた。
「……ぅ……す、す……」
そしてボッシュの目の前で鈍亀級は跳躍する。
これはダテンシの意思ではない。
獲物を確実に始末するという扇動者の冷酷な意思の表れである。
そして数秒後にようやく最高到達点へと辿りついた鈍亀級は、自由落下しながらボッシュにスタンピングを見舞う。
観念したのか鈍亀級の前脚が頭部に触れようとした瞬間、ボッシュは天を仰いだ。
だがその瞳に宿っていたのは諦念の感情ではなかった。彼が普段の戦闘中に垣間見せる光であった。
自分が圧倒的有利な状況で相手を蹂躙することが出来ることが分かった時の、嗜虐に満ちたドSの光であった。
「す、スゲェぜこのコートは……いくら燃えても、燃えつきねぇんだからよぉ!!」
そして炎につつまれた大剣、ロスティスクレイモアを鈍亀級に向かって一閃する。
スパァンッ
小気味いい音とともに鈍亀級は分断され砂の粒子をまき散らしながら溶岩の海へと散っていく。
かつてアルテナ騎士団最強の騎士と謳われた男とロスティスコート組み合わせの前では鈍亀級ごとき、かませ犬にしかならないようだった。
そしてすべての鈍亀級を始末し終えたことを確認したボッシュは溶岩のプールにつかりながら改めてロスティスコートの性能に驚嘆する。
「このコートは布地の部分だけじゃねぇ、全身になにか力場を発生させてやがる。そいつがマグマの熱を防いでいやがる。この特性はN2にも教えてやんなきゃいけねぇな!……へへっ、それにしてもあのヤロウ、こんな化け物じみたコートを着てやがったとはよぉ……倉庫の時はどんだけ手を抜いてやがったってんだ、まったくナメた真似をしやが――――!?」
その時、頭上に空いた大穴から何かが迫る気配を感じボッシュは即座に戦闘モードへ意識を切り替える。
レコンギスタ教団と過去何度も戦ってきた経験がある彼は、もちろんダテンシを使役している扇動者についても熟知していた。
「全滅したって聞いてたけどよぉ全然全滅してねーじゃねぇか。それとも墓から舞い戻ってきやがったのかぁ? だったら、また送り返してやるまでの話だ!! かかってきなクソ扇動者!!」
ボッシュが吠えたのと同時に、天井の大穴から巨大な物体が侵入してくる。
その姿を見た瞬間、マグマの中だというのにボッシュは背中に冷たい汗が噴き出してくるのを止められなかった。
始めて対峙するタイプのダテンシである。
―――だが、よく知っている。
教本で何度も目にしたことがあるから。
「こ、こいつは、ま、まさか―――特別指定危険種!!」
王都では過去の戦闘記録からダテンシの危険度をランク付けしていた。
そしてそれをまとめたDリストは騎士団員にとって必携のアイテムであった。
そのリストの最後には最も危険なダテンシ群、特別指定危険種の項目があり、そこに記された危険度を端的に表す文言をボッシュは頭の中で反芻する。
討伐数―――ゼロ
つまり、特別指定危険種とは、対峙しても未だ誰も倒したことがないダテンシの事なのである。
それはとりもなおさず出会ってしまったら―――
助からない、という事を意味する。
「翼竜種……こんなところでお目にかかるとはなぁ……」
ボッシュの胴体ほどある巨大なかぎ爪がマグマの光を受けて紅く輝く。
アレに捕まったが最後、ぜったいに助かることはないと言われている。
爪の威力もさることながら、人間には空を飛ぶ術はない。
遥か上空まで攫われてそこから落とされれば死は逃れようのない運命となるだろう。
そして口元からは槍の穂先のように尖った牙がのぞいており足元に流れる溶岩よりも真っ赤な炎が漏れ出ていた。果たしてこのコートはあそこから放たれるブレスを防ぎきれるのか、ボッシュには自信がなかった。
紛う事なき戦闘に特化した最強クラスのダテンシだ。
その威容、見るだけで戦意が萎えていく。
「おまえッ、なんてことしてくれたんだよっ!!」
「な、なんだっ!?」
緊張で全身をこわばらせていたボッシュは突如響いた想定外の声に度肝を抜かれる。
声の主を探して視線を彷徨わせるが、周辺には誰の姿も見当たらない。
そもそもこんなマグマと化した地下水路に人などいるはずもない。
「だ、だとしたら、ま、まさか」
最悪のケースを想定し翼竜の方へと視線を投じる。
するとちょうどその背からひょっこり顔を覗かせた人物と目があった。
「マ、マジかよ……」
ボッシュは翼竜種の脅威とは別種の絶望をその時感じてしまう。
「シエラさまと約束したばっかなのに……この街周辺のダテンシはぼくが管理をまかされたんだぞ!? それなのにおまえが勝手につれてくるからみんな死んじゃって……シエラさまに嫌われちゃったらおまえどうしてくれんだよ!?」
頬を膨らませ怒りを露わにする扇動者らしき人物、その容姿は児童と呼んでもいいほどに年若い少年であった。
「こ、このガキが扇動者……!? オレはこんな小さなガキを……やらなきゃいけねぇのか!?」
ボッシュのその懊悩を挑発と受け取ったのか、幼い扇動者は眉を顰める。
「ガキじゃない!! ぼくはミスト=シルエットだっ!! シエラ様のおぼえめでたい特A級の扇動者なんだぞ!! ちっ、こうなったらもうおまえをぶち殺してその首を持ち帰るしかなさそうだな。それでキチンと説明すればきっとシエラさまも分かってくださるはずだ。きっとそうだ、うん、そうしよう」
まだあどけなさの残る顔で物騒なことを口走る少年、
だがその見た目とは裏腹に、彼が言の葉と同時に放った殺気はボッシュが生涯感じたことのない程鋭いものであった。




