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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第9章 ステキな・・・
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その2

 死体を見る事には慣れている。


 過去に扇動者(アジテーター)として多くの死を作り出してきたN2にとって、それはもはや日常風景の一部となんら変わりなかった。取り立てて騒ぎ立てるほどのものでもない。


 だがグラムの死骸を見たN2は我を忘れて取り乱してしまう。

 

「なぜだっ!? なぜ死んでいるっ!?」


 さもありなん。なぜなら彼はN2にとっての切り札だったのだから。

 セシリアを救い出すための最後の希望、それが失われてしまえば必然的にセシリアの進退は決まってしまう―――


「ふ、ふざけるなっ!! なんなんだこれは!? こんなバカな事が許されるはず―――!?」


 その時、N2はグラムの右腕がわずかに痙攣しているのを目にした。


 それからのN2の動きは速かった。

 

「グラムッ、死ぬなよっ!!お前はここで死んではならない男だっ!! 生きるんだっ!! 生き延びろっ!!」

 

 扇動者の能力は人間にも効果があり、放たれる言葉はある程度その行動を誘導することが出来る。 


 死に直面している人間にどれほど作用するかはN2にも未知数であったが、それでも声が枯れるまでN2は語りかけ続ける。



「グラムっ!! 死ぬなっ!! 生きろっ!! 死ぬんじゃないっ!! 頼むっ!! 死なないでくれっ!! お前が死んでしまったら僕はどうすればいいんだっ!! お願いだから死なないでくれっっ!!」


 


「…………っぅ……………」



「グラムっ!?」



 N2の想いが届いたのか、その時グラムの口元がわずかに動いた。



「お、お前は……そ、そうか、来てくれたんだな、ひ……ひさしぶりだ…………よく……きてくれた…………」


「グラムっ!! 意識がもどったかっ!?」


「そ、それにしてもこの状況……まったく……お前は……いつも肝心な時に……遅れてくるな……」


「一体何があった!? いや、そんなことはどうでもいい!! すぐさまやってもらいたいことがある!!」


 グラムの容態はいつ豹変するかは分からない。その前に目的を達せなければーーーN2の口調は自然と荒々しくなっていく。


「……あの時も……ずっと待っていたんだぞ……転生してもお前はお前だな……」


「何の話をしている!? 私はN2、ダテンシに悪夢を見せる者だっ!! このミレニムをダテンシから守護している者だっ!! 貴様も知っているだろうグラム=グラディアート!! 私はミレニム領主であるお前に今すぐセシリア=グラディアートの刑の撤回を要求する!! 彼女はN2を生み出した最功労者だっ!! 刑に処される立場の人間ではないっ!!」


「……また、あの時みたいに……朝起きて二人でパンを焼いて……それから夜に魔導士を殺して……それからまた……」


「パンの話などしていないっ!! 貴様はまだ把握していないだろうがレコンギスタ教団が復活したんだぞ!! 最強最悪の狂信者どもがこの街を狙ってるんだ!! 一度ターゲットにされたら絶対に助かる術はない!! 今後さらにダテンシの襲撃は苛烈となっていく!! そんな状況でこのミレニムを守れるのは私しかいない!! このN2しかいないんだっ!! 私ならば復活した教団とも対等に渡り合える!! だから私に頼れ!! そして守護の代価としてセシリアの刑を撤回するんだっ!! お前は私の要求を呑まざるを得ない立場だっ!!」


「……ゲートをくぐった時は……本当に緊張したよな……バレたらどうしようって……でもお前はいつも通り冷静で……ほんとうにスゴイとおもった……」


「だからさっきから何の話をしているんだっ!!? お前はミレニムの長だろう!! この街が崩壊する様を指をくわえて眺めることになるぞ!! 私の要求を呑めっ!! そうすれば今まで通りミレニムをダテンシから守ってやるっ!!」


「……秘面を取って……素顔を見せておくれ、ラグ……」


「秘面? クソッ話にならんっ!! 私が兜を取ったら要求を呑むとでもいうのか!!?」


「勿論だ。……私はお前の前ではいつも誠実だったじゃないか……」


 その時、先ほどまでのもうろうとした雰囲気から一転し、グラムの表情に聡明さが戻る。

 N2はグラムその顔の中に、想定以上に最悪なこの状況を打開する一縷の光を見た気がした。



「……なら見せてやる。その代り私の要求を呑むんだぞ」


「ああもちろん」


 そしてN2は兜に手をかけ素顔をさらす。


「どうだ、これで満足か?」


 

 グラムは目元が裂けんばかりに大きく目を見開き、N2の素顔をねめつける。

 しばらくそうしていたが、やがてその表情に落胆の色が広がっていく。



 



「ち、違う……誰……なんだ……お前……」



 そして生命の欠片も感じられないか細い声でつぶやいた後、首をがっくりともたげる。


「お、おいグラム!? どうしたっ!? 何があった!? グ、グラム? グ、グラム=グラディアート!!?? おい、し、死ぬんじゃない!! 死ぬなグラム=グラディアート!!」


 N2は扇動者の力を駆使してグラムの延命を命じ続けたが、その力は死者を墓穴から呼び起こすまでの力はなかった。




 そしてN2は目の前の男の命の灯がたった今、完全に潰えたことを認めざるを得なかった。



「なぜ、なぜこんな……」



 コンコン



「グラム様、どうかなされましたか? 何かお騒がしいようですが……」


 

 主人の身を案じ断りを入れてから入室してきた従者は、いきなり血まみれの主とそれを押し抱く黒コートの男を目の当たりにして顔色を失ってしまう。


 それでも取り乱したりしなかったのは、さすがグラムが傍に置いているメイドだと言えよう。


 すぐさま胸元から笛を取り出し周囲に異常事態を知らせる。



 ピィ――――――――――――――――!!



「誰かすぐに来てっ!!! グラム様が賊に襲われているわっ!!」


「クッ!!!」



 時を待たずして多数の衛兵が部屋の中になだれ込んでくる。

 たまたま近くを巡回していたのかメイドの笛から到着までほとんど間がなかった。



「クソッ!!! どうしてこうなるっ!!」



 N2は窓辺に駆け寄り窓を開け放つと、迷うことなくそこから身を投げる。


 地上までの距離はおよそ20メトル、いくら従順な衛兵たちでもさすがにその落差を無視して追跡する者は皆無であった。



 そしてN2が去ったあと、グラムの惨状を目の当たりにした従者たちは怒りに打ち震え、次々にN2に対する呪詛を口にする。



「N2だ! グラム様を弑した賊はN2だっ!! ミレニムの守護者が我々の敬愛するグラム様を殺したんだっ!!いや、ヤツは守護者なんかじゃない!! ただの人殺しだっ!」


 

 この日を境にN2は勇者として地位を失い、代わりに領主殺しという汚名を着せられミレニム全領民の憎しみの対象となったのであった。

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