その1
ミレニムの中心部にそびえ立つ白亜の宮殿、その威容に見る者は圧倒されそこに住まう貴人には誰もが畏敬の念を抱く。
ミレニム領主の権力の象徴でもあり、そして邸宅でもあるミレニアムパレスは風光明媚なミレニムの中においてもひときわ異彩を放っていた。
そんな大宮殿の自室で本日の全執務を終えたグラム=グラディアートはソファにもたれかかりながら明日のスケジュール確認に勤しんでいた。
「やれやれ、明日はあの老人たちとの会談か……」
電子パッドのスケジュール帳の中にもっとも苦手とする人物たちとの会談を見つけたグラムは渋面を浮かべる。
ミレニム誕生以来その発展を陰ながら支えてきた五大家の重鎮たち。
過去の盟約に従いグラディアート家に忠誠を誓ってきた彼らであったが、その誓いが崩れかかっていることをグラムは強く感じていた。
支援の代償にグラディアート家の執政に口をはさんでくることは今までも多々あったが、年々その要求は過大していき、最近では自らの目的を達成するためにグラディアート家を利用しようとすらしてきている。
そして先日のエナジーディーの件、自分たちの意見が通らない場合は支援を打ち切ると脅しのような文句まで並べ立て始めたのだ。
もはや盟友というよりは、やっかいな政敵といった方が妥当といったところだろう。
「かつて同じ苦難を共にしたカカシ同士だというのに……うつろう時は美しい絆までもかくのごとく摩耗させるものか……」
ため息をつきながらパッドの電源を落とし頬杖をつくグラム。
はた目にも分かる程に疲労困憊であったが、それでも彼の目には情熱の炎が燃え滾っていた。
「だが、私がこの時代に生まれ落ちたのは僥倖だった。カカシにとっての安寧の地をくだらん権力争いで消耗させる訳にはいかん。必ずこの地に再び強固な安定をもたらせて見せる。きっと私はそのために戻ってきたのだ。それにアイツが、ザンブレイブまでもがこの時代に転生してくれているのは運命じみたものを感じる。アイツとならどんな困難も乗り越えられる……かつてともにこの地を解放したアイツとならば…………誰だい?」
従者たちには下がるように命じていたし、深夜にアポの予定など入れるはずもない。
ミレニアムパレスの周辺はグラディアート家直轄の優秀な警備兵が巡視しており賊が入り込む余地などもない。
そんな状況だというのにドアの向こうに来訪者の気配があった。
グラムにはまったく心当たりがないことである。
不思議に思いグラムはドアの前まで歩を進める。
そしてドアを開け放ち、そこに立つ人物の姿を認めて―――
「キミは――――」
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グラム直属の警備兵の見回り範囲に本殿廊下は含まれていなかった。だがその本殿廊下を一人の衛兵が歩いていた。
そして彼が歩を進める廊下の先には、領主であるグラム=グラディアートの寝室しかない。
無論、一衛兵が訪れていいような場所ではないが、彼の場合は違った。
むしろそここそが彼の目指すべき到達点、衛兵の兜を被ったギアック=レムナントは上等なあつらえの鎧を鳴らしながら、一歩一歩ゴールへと近づいていく。
『おいN2よぉ、そっちの具合はどうなんだ?』
耳に装着した通信石からボッシュの声が聞こえてくる。
「もうすぐ目標と接触する。今のところ順調だ。それよりそちらの守備はどうだ?」
『守備つーかなんつーか、とりあえず言われた通りの場所には着いたけどよぉ……こいつら本当に大丈夫なのか?』
「心配するな。私の指示があるまでそいつらは決して動かない」
『指示……それって……いや、今さら野暮な詮索は無しだな。オレは地獄の果てまでお前に着いてくまでよ』
「頼むぞ。グラムがこちらの要求を吞まなかった場合、荒療治が必要になる。大事なミレニムが崩壊していく様を見せつける必要がある。お前の役割はそのストッパーだ。あと何度も言うが絶対に人的被害は出すなよ」
『何度も聞いたから分かってるって』
「ムチャを言っている自覚はある。だがお前の特性とそのコートの力を使えば可能だと判断した。そうでなければこんな作戦を決行したりはしない」
『……へっ、そこまで買ってもらってたらよぉ……やるしかねぇだろ! こっちのことは任せときなN2!!』
「ああ、ではそろそろ着く。通信を終えるぞ」
通信石での通話を終えギアックは目的の扉の前に立つ。
そして思いを馳せる。
この扉の奥にいる人物は果たしてどんな人物なのだろうか、と。
グラム=グラディアート
セシリアの実の父、
過酷な次期領主争いのレースに実子を駆り出す男、
エリアから姓を奪い何の後ろ盾も与えず放逐する冷酷非情な男
一方でミレニムの発展に尽力している優秀な領主の面も持ち合わせている
実に多彩な仮面を巧みに使い分けている人物である。
カオス渦巻く政治の最前線で辣腕を振るうこの領主の仮面を剥がしきり、こちらの要求を呑ませなければならない。
それはとてつもない難事に思えた。
エリアには交渉、と伝えていたが実際は違う。
ギアックにはほとんど脅迫の自覚があった。
セシリアの現状を知るにつれまともな方法では到底不可能である事が分かってきたから。
だからグラムにレコンギスタ教団復活の事実を伝え、N2の有用性を語り、恩赦をこいねがう。
それでも固辞するようならば実力行使に訴える。
こんなどうしようもない方法しか考えつかなかった。
しかしすでに賽は投げられてしまっている。後戻りはできない。
「仮面には仮面、グラムが様々な仮面を使い分けるのならば、こちらも遠慮する必要はない」
ギアックは鎧を脱ぎ捨て、偽りの仮面を被り本来の姿を取り戻す。
「ゆくぞグラム=グラディアート、お前にも悪夢を見せてやる」
そう宣言し、N2は寝室へと続く扉を力強く開け放った。
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「なっ!!??」
そして最初に視界に飛び込んできたのは床一面に広がる血だまりだった。
その中央には仰向けで倒れている男性の姿があった。
信じたくはなかった。
だが信じざるを得ない。
事前に何度も確認したから顔だって間違えようがない。
血だまりの中央で息絶えている男性、それは紛れもなくミレニム領主グラム=グラディアートその人であった。




