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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第8章 ステキな幕間
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その6

 全ての芋の皮を剥き終えたN2たちはエリアに淹れてもらったお茶を飲みながら談話室でくつろぎのひと時を過ごしていた。


「ズズズズ」


「……だからそれどっから茶をすすってんだよ!? ……って、もういいか……それよりも嬢ちゃんよぉ、こんなところで油売ってていいのか? まだ明日のスープは出来てねぇんだろ」


「だいじょうぶです、あとはにこむだけだし、それにちょうりばにいるとカスミにおこられちゃうの」


「怒られる? なんでだよ」


「なんでって……とくにりゆうはないわ。ただまえにわたしがスープをおいしくしようとかくしあじをいれたことがあって、なんだかそれいらいなべにはちかづかせてくれなくなっちゃったの。ここはわたしがまかされたばしょですからあるじであるエリアさまはごゆっくりしていてくださいって。シェフにとってのせんじょう……ってヤツなのかしら」


 エリアは遠い目をしてそううそぶく。だが、ボッシュはその裏になにか不穏なモノを感じ取った。


「……ちなみに、その隠し味っていうのはいったい何をいれたんだい?」


「えっ、たいしたものはいれてないわ。ただかおりづけににわにさいていたきいろいおはなをいれてみたの。たしか……キョーチクなんとかっておはなで……そうそうこのおちゃにもはいってるの♪ おあじはいかがN2さま?」


「ブゥーーーーッ!!」


「きゃっ、な、なに、N2さま!? きゅうにどうしたの?」


「おまえ、だからソレどっから噴き出して……いや、それよりもそのリアクション…………まさか……こいつは……」


 ボッシュは今にも口をつけようとしていたカップをそっとテーブルに戻し、安堵の吐息を漏らす。


「エ、エリア、き、キミは金輪際調理場には立たない方がいい。と、いうか立たないでくれ。頼む、お願いだ」


「え、えぇ~~っ!? な、なんで!? わたしはただN2さまのことをおもっていれただけなのに!? どうしてなのっ!?」


 本当にワケがわからないとばかりにかぶりをふるエリア。

 優しいN2たちはその悲しみを全身で表現したエリアの意に沿ってやりたいと一瞬思ってしまったが、次の瞬間やはり命を天秤にかける訳にはいかないと思い直す。


「その気持ちだけで十分満足だ。ありがとうエリア」


「で、でも」


「嬢ちゃんよぉ、人間ってのはどうしても向き不向きってモンがあるんだ。ここはN2のいう事を受け入れた方が得策だぜ。茶なら代わりにオレが淹れてきてやるからよ」


「え、ボッシュさんが? 大丈夫なの」


「少なくともオレは毒はいれね……いや、なんでもない。茶は騎士のたしなみの一つだからな。嬢ちゃんが今まで飲んだことねぇようなとびっきりのヤツを飲ませてやるよ」


「ほんとうっ!? ならおまかせするわ。とびっきりあまいのにしてちょうだいね」


 先ほどまでの悲しみはどこへ行ったやら、コロコロ表情を変えるエリアの笑顔にボッシュは胸が暖かい感情で満たされていくのが分かった。


「へっ、お望みどおり」


 そしてボッシュはコートの裾を翻しながら颯爽と調理場の方へと向かっていったのだった。


 

「―――それにしても今日の芋の量は一段と凄かったな。ボッシュと二人がかりで無ければ到底おわらなかっただろう。なにかあったのかい?」


「なにをおっしゃるの。N2さまのおかげじゃない」


「私の? 一体どういう事だ」


「もうとぼけちゃって、でも、そういうおくゆかしいところも……ステキだわ」


 そう言うとエリアは立ち上がり、N2の前まで歩を進める。


「そこいいかしら?」


 N2の横には先ほどまでボッシュが腰掛けていた椅子が置かれていた。

 特に断る理由もないだろうとN2は軽く承諾する。


「ああ、どうぞ」


「ふふっ、ありがとう」


 するとエリアは微笑みながらN2の膝の上へと飛び乗った。

 少女特有の甘い香りが兜ごしにN2の鼻孔をくすぐる。

 柔らかく、決して不快ではない重みが下腹部に伝わってくる。


「おいエリア」


「どうしたのかしらN2さま? いま、いいとおっしゃったじゃない」


「それはそうだが……」


「ならいいじゃない。それにわたしたちはふうふなのよ。このていどのスキンシップふ、ふ、ふつうじゃない」


「う、う~ん、そういうものか……」


「そうよ それよりみてよN2さま、このブローチきれいでしょ。あなたがくださったさいしょのプレゼント、エリアいっしょうだいじにするからね」


 エリアは胸元に収まった紅い宝石のはまったブローチを見せつけてくる。

 N2はそちらの方へとチラリと目を向け、そしてドレスの胸元から覗く幼い二つの膨らみを目にしてしまい慌てて顔をそむける。


「あ、ああ、キレイだね、ところで、そんなのあげたっけ……?」


「ふふふ、てれちゃって。このまえたくさんのこうかがはいったふくろをくださったじゃない。あのなかにはいってたのよ。わたしとってもうれしかったんだから」


「そ、そういえば、そんなこともあったような……」

 

 N2は心の中で己の不明を恥じる。


 こんな状況を避けるためにあまりエリアには深入りしないようにしていたが、今晩はどうやら逃げられそうになかった。


 N2とエリアは夫婦―――この明らかな妄言をN2は今まで肯定も否定もしてこなかった。



 それには二つの理由があった。



 一つはエリアの発言が邪気のない純真な憧れから発せられていたものであり、放っておいても害がないと判断していたから。


 だが、今のこの状況、N2は自分の判断が甘かったことを思い知るばかりであった。


 そしてもう一つ―――こちらの理由の方が重要だが―――この仮面夫婦の関係が今のエリアとって心の拠り所となっている可能性があったからであった。

 

 幼い少女がメイドと二人っきりで明日をもしれない生活を強いられている。

 パトロンでもあったセシリアも投獄され、いつ死刑執行されるか分からない状況、その精神的重圧がいくばかりのものか、想像に難くない。


 さらにエリアは自分よりも他人の飢えが気になってしまう超がつくほどのお人よしなのである。

 先ほど積み上げられていた大量の芋は明日にはすべて流民たちの胃袋に収められなくなってしまう。

 そしてそれと同時に今、この屋敷に蓄えられているなけなしの貯蓄も吹き飛んでいく―――


 遅かれ早かれ破たんするのは目に見えている生活。


 それでも笑顔を失わずにエリアがエリアであり続けられるのは、愛する者、N2と一緒にいられるからかもしれない―――それはあながち穿った見かたでもないだろう。



 だからN2は受け入れることも否定することも出来ない少女を前にして、苦悩するしかないのであった。



(すでに人である事を捨てたはずなのに―――まったく、人の()ってやつは―――)



「―――ねぇ、N2さまはセシリアおねえさまをたすけだしたらどうするの」


「んっ?」


 煩悩と格闘していたN2は初め、その質問の意図を理解できなかった。



「だから、セシリアおねえさまをたすけだしたら、そのあと、どうするの?」


 

 聞き直して、質問の意図するところを理解する。


 容易には答えられない重い質問だった。


 

 エリアはセシリアが戻ってくることで、自分とN2の関係が破たんすることを危惧しているのだろう。


 もしかすると今夜のこの大胆ともとれる行動は、彼女なりの決心の表れだったのかもしれない。


 そしてこの質問に対する答えを、N2は一つしか持ち合わせていなかった。



(N2は―――ダテンシを滅ぼすためだけに存在している)


 

 N2はこの穏やかな生活においても自分の存在意義を忘れたことは片時もなかった。


 そしてセシリアはこの世界で唯一のN2の共犯者なのである。


 その共犯者を救い出すことさえ出来れば、N2にとって目の前の少女の存在価値は―――




 無くなる。




「そうだな、きっと――――当面はこのままだろうな。セシリア様もすぐに本調子には戻らないだろうし、少し手狭になるがこの屋敷に厄介になろうと思ってる。それに―――私がエリアを放ってどこかへ行くわけがないだろう」


 

 この時、N2は自分が仮面を被っていることを心底感謝した。


 ギアックはウソがあまり得意ではなかったから―――



「……うん、ぐすっ、え、N2さま、あ、ありがとう……」



 振り向いたエリアの目はうるんでいた。


 それは今まで見た中で最も美しいエリアの表情だった。


 まだ幼い少女だと思っていたエリアの、女の部分を目の当たりにした気がした。



「わたし……ずっとずっとふあんだった……N2さまがどこかへいってしまうんじゃないかって……でも、やっぱりわたしのことをあいしてくれてて、それがわかって、わたしとっても、むねがうれしいの。どうしよう、うれしくて、このきもち、おさえられないよ……」


 エリアはN2にがばっと抱き着くと兜ごしにN2に口づけをする。

 あまりの出来事にN2は微動だにできなかった。



「N2さま」


 そしてキスの嵐をふらせてくる。

 兜ごしにエリアのくちびるが近づいてくるのを目の当たりにし、胸の動悸が高鳴っていく。


 今までどんな強敵と対峙しても冷静な鉄の心を保てたはずなのに、

 何の力も持たないはずの少女の情愛の前にただただ圧倒されてしまうN2。



(これが……女っ!!!)



「……N2さま、ううん、N2、わたし、あなたのためならなんでもできる」


「そ、そうか……」


 エリアは意を決したように唾を嚥下すると、とうとつにN2の前に両手を差し出す。

 その意味が分からずN2は困惑してしまう。


「にぎって」


「にぎる……? いったいなにを……ハッ!?」



 その時、N2は数日前のやり取りを思い出していた。

 エリアにとって手を握るという行為、それはすなわち―――×××



「エ、エリア、さすがにそれは―――」


「おねがいにぎってっ!! わたしはきめたの!! あなたとのこをうむって!! カスミにさきをこされてなるものですかっ!!!」


「そうじゃない! いろいろと間違っている!! 間違っているし、心情的にその提案を受け入れることはいかんともしがたいっ」


「なぜっ!? なぜなの!? わたしをあいしているのならえんりょしないでっ!! おとこだったらかくごをきめなさいっ!!! おさかなやさんもそういってたわ!!」


「そいつも出禁だっ!! やめろエリアっ!!」


「やだっ!!」


 エリアはムリヤリN2の手を掴むと自分の手のひらと重ね合わせるように握りこむ。


 ロスティス越しに体温が伝わってくる程にエリアの手は熱を帯びていた。


「もっとはげしくにぎって!! もっとっ!! もっとよっっ!!! ああ、そう、そうよ!!!」


 エリアの指が激しくはい回り、N2の手のひらを犯し尽くす。


 感情が高まってきたのか、それとも本能が求めたのか、エリアは自然とN2の上で腰まで振り始めていた。

 


「クソッ、何なんだこの状況はっ!? どうすればいい? 倒すことも引くこともできないなんて、ボ、ボッシュ、いったい何をやっている!? はやく戻ってこい、いや、も、戻ってきてくださ~~~~いっ!!!」


 仮面の奥からN2は歓喜とも悲痛ともとれる叫び声を上げる。


 その叫び声を扉越しに聞いていたボッシュは一言



「いや、入りづれぇよ」


 


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