その2
「……お坊ちゃま気を抜かないでくだせえ。次の試合、あっしはどうも嫌な予感がしますんで……」
幼年のころから付き従ってくれている従者の声にエウリークは現実に引き戻される。
「……なんだトビー? 案ずることはない。ダイタークとは何度も手合わせしているが実力はたかがしれている。何の心配もいらん」
エウリークは先ほどの準決勝戦まえに声を掛けてきた友人とのやり取りを思い出す。
『ようエウリーク。今年はどうやらオレとお前の決勝になりそうだな。お手柔らかに頼むぜ』
ミレニム騎士団内で三指に入る実力の持ち主であるダイターク。
残るもう一指のサンダースは先ほどエウリークが準決勝で下してしまっているので、決勝戦の対決カードは決まっているも同然なのであった。
「いや……それがダイターク様はさきほどの準決勝で失……敗退されました」
「なんだと? アイツめ油断したな。まったくしょうの無いヤツだ。それで相手は誰だ?」
「へぇ……それが……知らない男でして」
「なんだと? お前が知らないだと? どういう事だ?」
トビーは人材不足のミレニム騎士団において、エウリークの世話だけでなく騎士団内の雑務も担わされている。そのため内部の事情にはかなり精通しているはずであった。
「名前は分かります。ただそいつは数日前に急に入団したらしく、私のところにもほとんど情報が入ってこなかったのです、おまけに」
トビーはそこまで言うと何かに気づいたように口ごもる。
エウリークはその態度に不穏なものを感じ取る。
「トビーよ。言うのだ」
「へ、へぇ…………す、素上だけじゃなくてその男、入団直後からずっと顔を隠しているらしく、誰も素顔を見たことがねぇんです」
「そうなのか? だとしたらよほど醜悪な顔立ちなのだろうな。だがこの絢爛試合では勝者は賓客に向かって勝ち名乗りをせねばならん。その時に面は拝めただろう?」
それはミレニム騎士団鉄の掟。
市民の血税で成り立っている騎士団は常に市民に対して礼節を尽くさなければならない。
その気持ちの表れとして行う行為、非常に重要な所作である。
「普通はそうなさるでしょうが……はぁ」
従者は大仰なため息をついてから、あきらめたように伝える。
「そいつはこの絢爛試合においてもずっと兜を被ったままらしく、それに勝ち名乗りすら上げずにサッサと引き下がってしまうそうなんです」
「……か、兜を被ったままだと? しかも勝利の名乗りもせずに? そ、そんな非常識なヤツが本当にこの騎士団にいるというのか?」
「はい……どうもそのようでして、あ、あの」
エウリークの眉間がピクピクと震えているのを見てトビーは言葉を飲み込んでしまう。
「な、何ということだっ! 騎士の道理もわきまえておらん輩が我が騎士団に紛れ込んでいるとはっ!! それもよりにもよって私の晴れのこの舞台でっ!! ゆ、許せん!!決して許せんぞその男っ!!」
灼熱のような怒りを露わにしたのち、エウリークは新たに決意する。
「……よかろう。その男を打ち倒し、余興として我が祝賀の席でその面を全市民の前にさらけ出してくれるわっ!!」