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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第8章 ステキな幕間
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その2

 面会室へと通されたセシリアは、予想通りの人物が透明な仕切りの向こう側に座っているのを見て気付かれないように嘆息する。


「あら、ため息をつくと幸せが逃げるっていうわよ。お久しぶりセシちゃん」


 だが見逃してはもらえなかった。さすがの観察力だとセシリアは舌を巻く。


 マヘリア=グラディアート。仕切りの前にいるのは次期領主に最も近いと言われているグラディアート家の次女であり、そしてことあるごとに難くせをつけてセシリアを陥れようとしてくる天敵なのである。

 


「……お久しぶりです、姉上」



「ふふっ、ゴメンね急に来ちゃって。ちょっとやせたように見えるけど……ちゃんとご飯は食べてるの?」


「えぇ、おかげさまで3食キチンといただいております」


「そっかぁ、ならよかったわぁ~。でも、こういう、その、ブタ小屋のゴハンっておいしくないんでしょ? 生ゴミみたいに臭くて、自殺対策で食器がないから手づかみで食べなきゃいけなくて、でも食事の時間が短いから結局ホントのブタみたいに食器に顔を埋めながら舐めとらなきゃいけないんでしょ? そうやって少しずつ人間の尊厳を奪われて最終的には従順なブタのようにしつけられちゃうんでしょ? ・・・しくしく、あの誇り高かったセシちゃんがそんな憐れなブタさんに成り下がってしまったのだと想像するとお姉ちゃん涙が出てきちゃうわ。かわいそう~~」


 優しい姉の仮面を被りながらさっそく毒づいてくるマヘリア。このような状況でもいつもの平常運転っぷりにセシリアは心の底から関心してしまう。


「……ご心配いただき痛み入ります。ですが私が監獄長になってからは王都の名店で修行した料理人を5名追加で雇い入れましたので食事の質は大分良くなりました。それに栄養学にも通じているので栄養面についても問題ありません。食器も厚紙で特注の物を作らせましたし食事時間も増やしました。ブタのように食器に顔をうずめて食事する囚人はもうすでにおりませんよ」


 意に反したセシリアの態度にマヘリアは不満げな表情を隠そうともしなかった。


「…あら、そうなの。でもぉ、そんな風に自分の権限を使ってやりたいほうだい公私混同しちゃうのは余り感心できないわぁ。きっと世間にバレたら大問題よぉ」


「何をおっしゃいます。私の職務は囚人どもが刑を全うできるよう管理することです。前任者はそこをどうも履き違えていたようで常に過酷な状況を与え続けていた。刑の執行前に囚人が亡くなるなど職務怠慢に他なりません。そのため囚人ども一人一人と個別にヒアリングして少しずつ環境を改善してきました。ですので決して独断専行ではありません。それに父上……領主に報告の上、許可もとっております。全てが監獄長の職務の範疇です。それよりも姉上」


「……チッ……うふふ、なぁに?」


「フフッ、なに、私とは逆に姉上はすこし肥えられたように見受けられます。最初見た時は誰だか分かりませんでしたよ。きっと毎夜毎夜の社交場でさぞやいいものを召し上がってらっしゃるのでしょう。しかしそのままでは着れるドレスが無くなってしまいますよ? 今からでも少し食事を控えられてはいかがですか? そうだ、よければ独房が一室開いておりますからお貸ししましょう。今日は泊まって…ああ、でも、先程申し上げた諸々のお陰で予算はひっ迫しておりましてね、食事は決められた量しか作ってないのですよ。ですからお出しできるのは本当のブタにエサになりますがご了承ください」


「おホホホホホホいきなり何を言ってるのかしらこの子ったら~~~」


 マヘリアは可笑しそうに身をのけぞらせて笑いだす。

 そして手にした扇で貌を覆い、わずかばかり覗いた口角からドスの利いた声を漏らす。



「……ブッ殺すぞこのズベタ……」


「!!!」


 途端に周囲の空気が凍り付き、分厚いガラスごしに身を押しつぶさんばかりのプレッシャーがセシリアの元へおしよせてくる。


(これがミレニム裏社会を牛耳るマヘリアの本性、我が姉ながら恐ろしいものだ……)


 マヘリアのペースにのせられないようあえて挑発してみたセシリアであったが、すぐにその行為の浅薄さを思い知ることとなる。


「……まったく、こういうところにいると口まで悪くなっちゃうのかしら。困ったものだわ」


 しかし扇を下げたマヘリアは元の作られた柔和さを取り戻していた。


「まぁ、でも、そっちの方がセシちゃんらしくていいわ……やっぱり貴女はそうでなくちゃ……」


「?」


「あ~あ、でも残念だわ。これでセシちゃんとお別れだなんて。ワタクシ、本当に寂しいわ。ホントのホントでしてよ」


「……たしかに私は死刑の宣告を受けております。ですが、まだ次期領主としての権限は有している。グラディアート家に名を連ねている以上、刑が執行されることはない。それがミレニムの法。私はこの境遇からも返り咲いてみせますよ」


「ふふふっ、まぶしいわぁ。本当にそうだったらどれだけよかったことか……」


「……どういう意味です」



 マヘリアにとって、セシリアを困らせることは何よりの娯楽であった。


 そして絶望に満ちた表情を見るのは何よりの愉悦であった。


 そんなマヘリアがわざわざ面会に来た、投獄されてから一度も顔を見せたことはなかったのに。


 それは投獄されただけでは心折れないセシリアに最大限の一撃を与える機会を伺っていたからに他ならない。


 そしてこの状況と先ほどまでの発言、総合的に鑑みて結論は一つしか考えられなかった。


 面会室を不穏な空気が包み込む。





「……ま、まさか」


「ふふふ、さすがセシちゃん、察しが早くて助かるわぁ。ワタクシも()()()()に直接宣告するのは気がひけるもの。それじゃそういう事だから、頑張って返り咲いて頂戴ね、うふふふふ、さようなら」


 セシリアの動揺した顔を見れて満足したのか、もう用は済んだとばかりに面会室を後にしようとするマヘリア。



 その背に向かってセシリアは問いかける。



「い、いつです?」



 マヘリアにとってセシリアの疑問に答える義務などなかった。

 何よりセシリアを喜ばせる事だけは避けて生きてきた彼女である。


 だが、少しの逡巡のあと、マヘリアは背後を振り向く。


「今朝がたよ。お父さまの気まぐれはいつも唐突だもの。セシちゃんの次期領主としての権利は()()()にはく奪されることになる。そうしたら貴女はセシリア=グラディアートではなくただのセシリアになるの。何の権利も後ろ盾もない、一介の市井の女に成り下がるのよ。そしたら刑もつつがなく執行されるでしょう。貴女の刑は確か天空回廊……、いえ、そんなことはもうどうでもいいわね。それじゃセシちゃん、永遠にごきげんよう」



 嗜虐も侮蔑も込めずに淡々と事実のみを告げ去っていくマヘリア。

 その裏にどんな思いが込められているのか、本人以外には分かりようもなかった。



「そうですか……」



 全てを聞きぐったりと天を仰ぎ見るセシリア。


 そこに絶望の色を感じ取ったのかマヘリアは踵を返して再び仕切りの前まで歩を進める。



「セシリア……」



「くくっ、くくく、くっくっくっくっくっくっくっ、あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」



 だが、マヘリアが目にしたのは絶望に打ちひしがれているセシリアではなかった。


 恐慌にかられたわけでもない、ただ可笑しそうに笑う妹の姿―――


 マヘリアは―――圧倒されてしまう。



「貴女……一体……」



「くくく、まったく、どんなバッドニュースかと思いきや、まだ2日もあるですと!? くくくっ、まったく人騒がせな話だ。ハッハッハッハッハッ、まぁ、見てて下さい、私は必ず2日以内に舞い戻ってみせますから」



 状況から考えると気が狂ったとしか思えない。

 この監獄からの脱出は不可能である。そもそも前例がない。

 それに脱出したからといってセシリアの立場は変わらない。


 だというのにこの余裕、その源泉はどこから生じているというのか。



「セシリア……貴女は一体何を信じているの……?」



 思わず問いかけるマヘリア。


 姉のそんな態度に満足したのか、セシリアはニンマリと笑い、幼子に語りかけるような優しい口調で語り掛ける。


 そんな慈愛に満ちたセシリアの笑顔に、マヘリアは今は亡き姉の面影を見るのであった。



「フフッ、ここだけの話ですよ。私はね、最強の悪夢の共犯者なんです―――ヤツは決して私を見捨てはしない―――」


 恋する乙女のように頬を染めながら、セシリアはそう告白したのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「セシリア様をあの監獄から救い出す事は不可能だ」


 レストアされた兜の奥からN2はハッキリとそう断言した。

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