その1
ミレニム近海に飛び地のようにポツンと一つの小島が浮かんでいた。
全長1キロメトル弱の小島であり、中央には窓のない箱のような建物が2棟建っているだけの何もない島であった。
地元の者ならまず近づかないこの島なのだが、時たま事情を知らない交易船が興味本位で近づいてしまうことがある。だがすぐに周辺の潮の流れが急になっていることに気付き、そしてそこかしこに漂う船の残骸を見つけるや早々に立ち去っていくのが常であった。
島の周囲は切り立った崖になっており接岸のための桟橋は一か所にしか設けられておらず、しかもその両側には出入りするものを監視するかのように櫓が所狭しと並んでいた。
仰々しいまでの監視体制、いったいこの島は何のために存在しているのか。
―――ミレニムに住まうものなら誰もがその答えを知っていた。
島の名はアルカトラスト、別名『忌避されし監獄島』
重罪を犯した者が送られる、二度と出ることは敵わない罪人たちの終焉の地なのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……囚人№1129、面会です、出なさい」
看守のノーマ=イツミはとある独房に向かって呼びかける。
「ZZZZ……ZZZZZ……」
独房の中は簡素なベッドと用を足すためのスペースしかないごくありふれた独房であった。
だがその中に収監されている者はありふれた罪人などではなかった。
なぜならその独房の主は―――
「起きなさいって。面会よ」
あからさまな寝息にノーマの語気は少し強くなる。すると
「……ふわぁぁぁ……んん……なんだ、もう飯の時間か?」
気だるそうに薄い毛布からもぞもぞと囚人がはい出て気の抜けた伸びをした。
その時、囚人の起伏の激しいシルエットが明らかになる。
なまめかしい曲線が描くそれは女囚のものだった。
それもただの女囚ではなかった。伸びをした際に裾が持ち上がり健康的で程よい肉付きの腹部があらわになるほどの化け物を有している女囚だった。
決してシャツのサイズが合っていないワケではない。
その女囚が有する冗談みたいなサイズの胸によってシャツが極限まで引っ張られており、肉と布のせめぎ合いの結果、わずかな動作でも肌が露出してしまう極限状態が生み出されているようであった。
ただ服を着ているだけでそんなドラマを生み出してしまう、そしてそんなけしからんモノを持っている女囚。
だが彼女が只者ではないのはその部分においてではない。
彼女の名はセシリア=グラディアート。
ミレニムを統べるグラディアート家の三女でありかつて次期ミレニム領主候補のマヘリア=グラディアートとしのぎを削り合っていた才女だからである。
だがなぜそんな高貴な者が薄いストライプ柄の囚人服に身を包み、こんなうらぶれた監獄島に収監されているのだろうか。
「ハァ…だから…面会だって」
ノーマはあきれた様子でもはや不満を隠そうともせず再度つげる。
「面会? 私に? ……またエウリークか。取り次ぐ必要はないといつも言っているだろう? さっさと追い返しておけ。……理由? そんなモノ適当でいい。腹を下して寝込んでいるとか、昨日の作業で腰を痛めて立てないとかなんでもさ。少しは頭を働かせろよ。まったくそんなことで私の昼寝のジャマをするとは……」
横柄さを隠そうともせずに看守のノーマに要求するセシリア。
その尊大な物言いは人の神経を逆なでる言い方であったし、なによりそんな生意気な態度が看守に許されるワケがない。普通に考えれば分かりそうなものであるが、
「でも今日の面会は」
「いいから追い返せ。もう二度は言わん」
「……分かりました」
だが驚くことにノーマはセシリアの要求をすんなり受け入れたのだった。
なぜ管理する側の人間が管理するべき囚人に対してここまで下手なのか。
それには理由がある。
それはセシリアも管理する側の人間だからだ。
もっとはっきり言ってしまえば――――上司なのである。
このセシリアという女囚―――囚人であると同時に、このアルカトラストの長、監獄長でもあるのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
先だっての【水の離宮壊滅事件】はミレニムを揺るがす一大事件となった。
今まで平和を謳歌していたこのミレニムの領内にダテンシ―――それもかつて猛威をふるっていたころの凶暴さをともなって―――の侵入を許したことはミレニム領民に多大なるショックを与えた。
しかもそれだけではなく街は多大な被害を受け、さらに多くの尊い命が奪われてしまったのだ。
その批判の矢はすぐさまミレニムの治安を預かる騎士団に向けられ、その長であるセシリアは今回の騒動の責任を取る形で騎士団長の任を解かれてしまった。
だがその後すぐ、間をあけずに次の任地としてこのアルカトラスト監獄の監獄長の地位を授けられたのだった。
その異例ともいえる決定を下したのはミレニム領主のグラム=グラディアートであった。
えこ贔屓を何よりも嫌う領主のその決定にどんな思惑が隠されているのか、それは誰にも分からなかった。
しかし、その異例の人事をもってしてもセシリアの罪が消えることはなかった。
むしろそのありえない好待遇によってセシリアに注がれる世間の批判はさらに苛烈さを増してしまう。
すでにセシリアの指示により多くの騎士団員が無謀な作戦に駆り出されたことが明らかになっており、さらになぜダテンシ襲来を事前に知り得たのか、情報源をいっさい明かさない彼女は先の不満もあり、いつしか扇動者と通じている信奉者、もしくは扇動者の生き残りそのものではないかと囁かれるようになってしまう。
さらに運が悪いことに時を同じくしてミレニム周辺ではダテンシが活性化する現象までもが頻発していた。
そんな最悪の状況の中でセシリアは善良なるミレニム市民が評議員となる裁判にかけられることとなった。
そこで彼女に下された判決、それは―――
当然のごとく死刑であった。
こうしてセシリアはアルカトラストに送られ、監獄長でありながら死刑囚という、極めて特殊な二重生活を送る事になったのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「――――待て」
独房をあとにしようとするノーマの背に向かってセシリアは命令する。
「??……なんでしょうか」
呼び止められる理由が分からずノーマはいぶかし気な表情を浮かべる。
「いや、なに、私ももうろくしたものだと思ってな。寝起きというのもあったかもしれんが、まったくイヤになる」
「???」
そしていきなり始まった自虐トークにノーマはさらに混乱してしまう。
「私は前からお前にエウリークが来ても取り次ぐなと言っていただろう。私がお前を重用しているのはお前が私に忠実だからだ。決して感情に左右されない、自分の立場をわきまえている人間だ」
「はあ」
「褒めてるんだぞ。もっと喜べよ。まぁ、いい。とにかくそういう前提がありながら私を呼びに来たという事は今日の面会者はエウリークではないという事になる。違うか?」
「違うかって……いや、そうですけど……えっ、いや、だって最初から言おうとはしましたがアナタが最後まで聞かなかったもので……」
「ふっ、私の命令に忠実すぎるというのも困りものだな」
ひとり納得するセシリアにノーマは呆れ果ててしまう。
当初は異例ずくしの監獄長に対する敬意を一応は見せていたノーマだったが、最近は囚人に対するような言葉遣いになっていた。
それはセシリアの今の立場を鑑みた、というよりは、ただ単に彼女に接するうちに自然と変化していったという側面が強い。
「それで誰が来たんだ? ここに来れる人間は限られているからな……とすると……まさか……アイツ……か? ……だとしたらきっとロクなことじゃない……」
「でも、家族じゃない」
言い終えてノーマはハッと自分の口を手で覆う。
そんな部下の様子を見てもセシリアには気分を害した様子はなかった。ただ本当に面倒そうに頭をかく。
「……ああ、そうだ。たしかにアイツは家族だ。だが、世間一般の家族とは違う。グラディアート家では家族と言うのは敵の事を指すのだ。それもただの敵ではない。生まれ落ちた瞬間から刺さねばこちらが刺される仇敵なのだ」
「そう……ですか。それがグラディアート家……」
「そうなのだ。そして私の跡目争いの資格はまだはく奪されてはいない。だがヤツが来たという事は何か動きがあったのだろう。どんなバッドニュースをもって来たというのだ……マヘリアめ!」




