その12
(……どうやら……血を……流し過ぎちまった……ようだな……月が……あけぇ……)
生死の境をさまよいながら横たわるボッシュの瞳には紅い月が映っていた。
大気の影響なのか、それとも血で瞳が濁っているのか、どちらかはわからなかったがそんなことはどうでもよかった。
ただ目の前に広がる神秘的な光景に彼は魅せられていた。
感動すら覚えていた。
(……不義理な……どうしようもねえ罪人のオレに……こんな美しい光景をみせてくれるなんて……神ってヤツはホントに気まぐれなんだな……………にしてもあの月……まるでアイツの瞳にそっくりじゃねぇか…………)
丸くて赤いその月はボッシュにある人物を想起させた。
半生を殺りくに費やした自分を正気に戻してくれた男、
圧倒的な強さで逃れようのない悪夢から解放してくれた本当の悪夢のことを。
そしてその瞳にそっくりな月に見守られながら逝けることは悪くない、いやむしろ最高の死に方だとボッシュは思った。
すでに周囲に音はなく戦闘の気配は去っている。
どちらが勝利したのか、そのことに思い悩む必要はないことは救いだった。ボッシュはそれだけN2の能力を評価していた。
「……ぉ……ぁ……」
そしてボッシュは気力を振り絞り喉に力を込める。
最期の言葉を発するために。
言い終えたそばからきっと果ててしまうだろう。
もはやそれだけの体力しか自分には残されていないことは分かっていた。
それでもどうしても言葉にしたかった。
誰も聞いてなくていい、自己満足で終わってもいい。
言葉にした途端に風にさらわれて霧散してしまってもいい。
それでもどうしても自分の想いを言葉にしたい、
それがボッシュに残された最後の矜持なのであった―――
「N2ッ!! お前はオレの―――」
「コンバンハ、元・妖刀使いの1,000人斬りさん」
遺言は唐突に遮られた。
紅い月を遮る黒いコートの男によって―――
「ぉ…………ぁ………えっ? えっ? えっ? えぇぇ? そ、そ、そ、そ、そのコート、ま、ま、ま、まさか、お前、え~~~~~!!!!???? え、え、え、え、え、え、N2ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!?????」
予期せぬ人物の登場に驚いたのかボッシュは叫び声を上げながら起き上がる。
まだ元気は残っていたようだった!
「ぅ……ぅぁ」
と、思った矢先にそのまま仰向けにぶっ倒れ、けいれんを始めてしまう。
「いやぁ~死にかけてるのにずいぶん身体を張った芸だね。キャラ変わった?」
「う、う、う、うるせぇ……そ、そんなんじゃねぇよ…………そ、それより……なんだお前、か……兜取ったら、そ、そんな、ツラ、なのかよ……ど、どう見てもガキじゃねぇか……」
「オイオイ失礼だねキミィ、僕は童顔なだけだよ。それに―――キミとは比べものにならないくらい人生経験は積んでるんだぜ」
目の前のまだあどけなさが残る青年が一瞬目を細める。
そこに尋常でない死の気配を察して、ボッシュは彼の言う人生経験がどういった類のものなのかを悟る。
そして一見お調子者に見える小僧が間違いなくあのN2本人だという事を確信する。
「……ま、まさかN2が、オ、オレよりガキだったとは……オレはてっきり……くくくっ、ハッハッハッハッハッハッ!!!」
「ん? なぜ笑う?」
「わ、笑わずにいられるかよっ!! オレはよっぽど狭い世界で生きてたんだってさくくく、アッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」
ボッシュは腹の底から可笑しそうに笑う。
そして涙する。
自分の思い描いていた常識をあっさりと破壊したN2、
それは固執していた罪の意識も死の恐怖もいっしょに吹き飛ばしてくれる痛快事であった。
ボッシュは―――歓喜で打ち震える。
「…………ありがとよN2、最期に……お前に会えてよかったぜ……」
ボッシュは目を閉じる。
もはや思い残すことは何もなかった。
先ほど伝えようとした想いも、本人を前にしては言いづらい。
遺言はあの世までもっていこう、そう決めた。
「勝手に最期にしないでくれ」
「……ぁ?……」
どうにもならない死、
避けようのない死、
それなのにN2は―――
「キミを見殺しにしたらエリアに怒られる」
「エ、エリア……?」
「炊き出しを取り仕切っていた少女がいただろう。彼女はキミに直接お礼が言いたいそうだ。もめ事をおさめてくれてありがとう、ってね」
「……あ、ああん? そ、そういえば、そんなことも、あ、あったような…………ま、まさか、お前、そ、そんなことのために……」
「うん、そうだよ。でも他にも色々と思うところがあってね」
「……そ、そうか、だ、だが、そ、そのエリアって嬢ちゃんにはワリィが、ご……ごらんの……ありさま……だ、もう……どうしようも……ねぇ……」
もはや気力だけではどうにもできない状況まで自分の体が進んでしまっている事をボッシュは自覚していた。
するとN2は何を思ったか、袖口に手を突っ込み黒い塊を引っ張り出した。
「……そ、それは……お前の着ている……コートか……?」
ボッシュはその塊から発せられている異様な雰囲気がN2が発するそれと同質であることを瞬時に見抜く。
「そう、これは予備のロスティスコートだ。どうやらロスティスコートには誰も知らない秘密があるらしい。それがなんなのか知りたくなった。そのためには第三者視点で観察する必要がある。それに―――どうしても助けなきゃいけない人がいる。人手が必要なんだ」
そしてN2はコートをボッシュに差し出し、その目をジッと覗き込む。
「な……なんだ……?」
「僕と取引しないか? このコートには人の治癒力を限界まで引き出してくれる力がある。失った腕はさすがにムリだろうがこのコートを着ればキミの命は間違いなく助かる」
「そ、そんなこと、あるわけ」
「本当だ」
気が付くといつの間にか周囲は紅い輝きで満ちていた。
それは天上に輝く紅月からではなく、目の前の青年の双眸から発せられる人外の妖しい輝き、
N2の、悪夢そのものの輝きによるものだった。
「だ、だとしたら、お、お前は、こ、この、コートの代償に、オ、オレに何を望むんだ―――」
「さっきも言っただろう。コートの秘密を確かめるために並べて使ってみたい、そしてあの人を助けるには戦力になる人間が必要なんだ。キミならその条件を満たしている」
「……だ、だが、オ、オレは罪を……大勢の人を手にかけた、男だぞ―――」
「たった1,000人だろ……僕なんて―――」
その時、N2の顔が一瞬だけ悲痛に歪むのをボッシュは見た。
期せずして彼の内面に触れてしまった、そんな気がした。
「……こういう時、あの人だったら有無を言わさずこう言うんだろうな―――」
するとN2はおもむろにボッシュの手を取りコートを無理やり握らせる。
そして狂気そのものの笑顔で―――言い放つ。
ボッシュは、あの時倉庫で見た悪夢がまだ続いていたことを、そこでようやく理解したのだった。
「ボッシュ=ストラタス、お前には僕の目的達成のための手駒になってもらう。異論は―――認めない」
第7章 ステキな騎士たち ~完~




