その5
『ボッシュ、そんな装備で大丈夫なのか? あまりオレを心配させるなよ?』
『まったく……今回はなんとかなったものの次からはもう少しまともな装備で臨んでくれ。剣だってお前が無茶な使い方するから途中で折れたじゃないか。少しはフォローするこっちの身にもなって欲しいものだな、って………おい、なんだその態度は? ちゃんと聞いているのかボッシュ!?』
『ボッシュ、この前教団から奪還した遺跡に面白い剣があったらしくてな。なんでも刃こぼれしても自然に直ってしまうらしい。まさにズボラなお前にはピッタリな剣といえよう。良かったら今度持ってきてやるよ―――』
『ボッシュ…………お前、あの剣を手にしてから……いや、いい。なんでもない、なんでもないよ』
『ボッシュ、すまない……もう、オレの力だけじゃお前のことをかばいきれなくなった……本当にすまない……』
『ボッシュお前はオレの――――』
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「くっ、うぅぅああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
先ほどまで左腕があった箇所を抑えながらボッシュはうずくまる。
切断された肩口からは血が滝のように流れ出て足元に血だまりが生まれる。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「フッ、首を狙ったのによくぞ避けたなボッシュよ! だが手負いで次も同じようにいくかっ!?」
キュルキュルキュルキュルキュルキュル
ロイドの脚元から再び異音が発せられる。
先ほどの攻撃、重滑走とやらをボッシュはまったく捉えることができなかった。
気がつけばロイドの姿が眼前にあり、避ける間もなく左腕を斬り落とされてしまったのだ。
「フーーーー!! フーーーー!!!」
敵の能力は未だ未知数である。
だが、このまま座視していれば待っているのは確実な死。
ボッシュは歯を食いしばって立ち上がると脚に力を込め、跳躍する。
普段よりも飛距離は稼げなかったがそれでも数メトルの距離を助走なしでボッシュは跳躍していた。
ダンッ!
「フーーーー!! フーーーー!!! フーーーー!!!」
着地の衝撃で意識が飛びそうになるが、休むわけにはいかない。
身体にむち打ち連続ジャンプを敢行する。
ビュンッ
ボガァッ
「ぐぼぉぁ!」
だが、何度目かの跳躍中にいきなり何者かに顔面を殴りつけられる。
鼻が折れ歯が何本か飛んでいく。
「……………ふぉ、ふぉんな」
星が飛び散る視界の中にうすぼんやりと映ったのは―――先ほどまで背後にいたはずのロイドの姿。
理解できない。
理解したくない。
だが、持ち前の戦闘センスにより、敵の能力をボッシュはおおよそ把握できてしまっていた。
そしてもはや片腕を失った自分では助かる術がないことも――――理解してしまう。
「こ、これが、ム、重滑走……あ、圧倒的な、か、加速……」
「絶望したかボッシュ? むべなるかな、人間が出せる限界速度はおおよそ時速45キロメトル―――」
ロイドは倒れ込んでいるボッシュの前までゆっくりと歩を進める。
「だが、重滑走の最高速度は時速300キロメトル! 足裏に装着されたこのオーバーローラーが導いてくれる神の領域だ。とくとその目に焼き付けるがいい」
そう言うとロイドは足を持ち上げ、その裏をボッシュの眼前に突きつける。
キュルキュルキュルキュル
そこにあったのは球体だった。
一目見てオーバーテクノロジーの産物である事が分かる幾何学模様が描かれた球体が、火花を飛び散らせながら高速回転していた。
異音はそこから発せられていたのだった。
「重滑走によって加速エネルギーを得た斬撃はダテンシといえども防ぐ手立てはない。まして貴様のようなただの人ではなすすべもないだろう。だから」
ロイドはボッシュの前髪を掴むと強制的に起き上がらせる。
「即死を免れたのは賞賛に値する。さすがは元・エリート騎士といったところだな」
「そ、そんなモンがあったなんて、オ、オレは、し、知らねぇ……」
「当たり前だ。コレは貴様が騎士団を去ったあとに出土した逸品だ。当初は一部の栄誉騎士にしか支給されていなかった貴重品だったが、数が揃って今では従騎士以下の標準装備となっている」
「おいロイド、おしゃべりはそこまでにしておけ。そろそろとどめを刺すんだ」
「なんだアプリス? まだ早いんじゃないのか」
闇の中から二人の戦いを観戦していたもう一人の男―――アプリスと呼ばれた長身の男の提案にロイドは不満げな表情を浮かべる。
「もうそろそろ合流の時間だよ。それにあまりボッシュを侮るんじゃない。仮にも元・栄誉騎士まで上り詰めた男だ。どんな切り札を隠しているか分からん」
「相変わらず心配性だな。こんな手負いの男に何ができる? それにこの出血だ。放っておいてもその内死ぬ」
「だとしても気を抜くんじゃない。それにこれは決闘なんだろう。なら、出血多量で死ぬ前にお前の手でとどめをさすのが作法といえよう」
「作法……そうだな。なら、とっとと首をハネて終わりにするとしよう。だが、こんなことで貴様の罪が洗い清められると思うなよボッシュ。あの世で貴様を待ち受けているのはさらなる地獄だからなっ!!」
「はぁーー、はぁーーー、はぁーーーーー、わ、分かった、分かったよ、オ、オレの負けだ、もう、殺せ……」
ロイドが剣を構えたのを見て観念したのか、ボッシュは地面に大の字に寝そべる。
もはや何の手段も力も自分には残されていない。
すでに意識ももうろうとしている。
重いまぶたを開けてせめてこの世の最期の光景を瞳に焼き付けようと目を凝らすのが関の山だった。
「……すまなかったな……手間とらせちまって……」
夜空にまたたく星々と、ひときわ大きく紅い満月が視界いっぱいに広がる。
最期を彩るにふさわしい美しい夜景だとボッシュは思った。
「ヴァレンシュタイン先輩にあの世で詫び続けろっ!! ボッシュ!!」
その時、満月をバックに黒い影がチラリと横切ったのが見えた。
わざわざ死神が迎えに来てくれたのだろうか、そんな風にも思える程の禍々しい黒い影。
だが、その影は徐々に大きくなっていき、やがて視界一面を覆い尽くすほどまで接近してくる。
その影の中央には紅い輝き、
紅い、瞳のような、どこかで見たような輝き―――
ガバッ
「ア、アンタはまさかっ!!」
痛みも忘れてボッシュは飛び起きる。
ずっと探し求めていた人物の姿を目の当たりにした興奮が痛みを忘れさせていた。
そしてロイドの剣が振り下ろされる。
ボッシュは目を凝らして、自分を悪夢から解放してくれた本当の悪夢を見つめ続ける。
なぜ、彼がココに――――
ビュゥゥンッ
キィィィィィィン
「な、なんだっ!?」
ボッシュ目がけて振り下ろされたロイドの剣が宙に舞う。
突然の出来事に面食らいながらもロイドは剣が弾き飛ばされたことを察し、加えられた力のベクトルへと向き直る。
「な、何者だ、お前はっ!!?」
そして視線の先に立つ闇より深い漆黒のコートをまとった人物に向かって吠える。
その人物は異様な形状の兜をかぶっていたためどんな表情をしているかは分からなかった。が、それでもなぜか笑っているように思えてならない不敵さを感じさせた。
「……ここは様々な人種や国籍の者がつどう混沌のるつぼとなって久しいが、その中においてもキミ達の存在は特に異質といえよう、異国の騎士たちよ。せっかくだから名乗ってやるよ。我が名はN2、今から一生忘れられない悪夢をプレゼントする者の名だ―――」




