その1
エウリーク・ビショットの名を知らぬ者はこのミレニムの地においていない。
これは比喩ではなく事実、その通りであった。
彼はそれほどまでの有名人だったのだ。
容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、さらにミレニムの地をおさめるグラディアート家に次ぐ二番手の大家ビショット家の嫡男という家柄の申し分なさ。
だからといってその権威を笠にきて威張り散らすわけではなく、むしろミレニム市民と同じ目線に立つことを好む高潔漢ぶり。
そんな愛すべき男がエウリーク・ビショットという男なのである。
そんな彼が自己研さんのためにとミレニム騎士団に入団し、実力でもって最高位の聖騎士の称号を得るまでに、そう大して時間はかからなかった。有言実行、これはまたエウリークの株が上がる事例となった。
そんなエウリークのことを悪くいう者などは、このミレニムには下水のネズミまでも含めて一人(一匹)もいなかっただろう。
「私はアイツのことが大っ嫌いなのだ!!」
…………だが、どこの世界にも例外というものはいるようで…………
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絢爛試合当日、その日は雲一つない快晴であった。
エウリーク=ビショットは自らの心情を現わしているかのような青く晴れ渡った空を眺めながら、ひとり笑みを浮かべる。
「ふふっ、どうやら天も私の門出を祝福してくれているようだな」
先ほど準決勝を勝ち上がり、決勝戦まで駒を進めた余裕がその表情には滲んでいた。
「愛しのあの人まであと一勝……待っていてください。セシリア=グラディアートよ」
そして想い人の名を口に出し、己を鼓舞するエウリーク。
彼の脳裏には今、数日前の求婚の様子がまざまざと甦っていた。
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「もう成人までなど待てませんっ!! どうか今すぐ私と結婚してくださいっ!!」
突然の申し出に始めは戸惑ったような驚いたような表情を浮かべていたセシリア=グラディアート。
彼女とは親同士が決めた許嫁の間柄。
幼いころ、一目合った瞬間からエウリークは彼女の虜となっていた。
そして思いを募らせ幾千夜、二人の仲は―――――一向に進展していなかった。
それどころか、今では意図して避けられている様子すらあった。
わざわざ彼女に会うためだけに騎士団に入団したというのに、顔を合わせても一言も声を掛けてくれない。それどころか目すら合わせてもらえない。
その内に婚約の話も全く音沙汰が無くなってしまい、このままでは婚約話自体がうやむやにされてしまうのではないか、エウリークは憔悴し思い悩むようになっていた。
そんな時、ある人から助言を与えられる。
「アナタは待っているばかりなのね。それでは望んだ結果は得られないわよ。どうしても望みを叶えたかったら、自らの手でつかみとりなさい」
それはまさに天啓であった。
エウリークはセシリアの超然とした態度に対して、すべからく奥手となってしまっていた自分を恥じ、自ら求婚することを決意したのであった。
エウリークの申し出を受けたセシリアは、始めはポカンと口を開け驚いていたが、やがて照れたように顔を覆い、そして指の隙間から上目遣いで自分の方を覗き込むように見つめてきた。
その可憐な仕草にエウリークはまたもや彼女の虜となった。
そしてセシリアははにかみながら、エウリークにある条件を突き付けてきた。
「次の絢爛試合でお前が優勝したらその申し出を受けよう」
その時のエウリークの喜びようはいかほどだったか。
なぜなら騎士団内でエウリークに敵う者は誰一人としていないことは周知の事実なのだから。
これは快諾以外の何ものでもない、これは彼女なりのささやかな遊び心に過ぎないということをエウリークははっきりと自覚した。
「い、いいでしょう。では絢爛試合の祝勝の場で貴女との婚約を高らかに宣言させていただくとしましょうか」
興奮を抑えながら、エウリークは努めて冷静にそう言い放ったのであった。