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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第7章 ステキな騎士たち
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その1

 言わずもがなのことであるが、ミレニムに住まう流民たちの生活はとても苦しいものであった。 


 この地には彼らを守ってくれるような法も、支えてくれる公的な支援も一切ないからだ。

 

 環境の変化に伴う体調不良や風土病にかかっても己の力で克服しなければならない。一応、流民街にはもぐりの医者が居を構えているが、気軽に通えるような料金とはなっていない。


 そして生活の糧を得るために彼らは日々、港の倉庫整理や荷運びなどの過酷な肉体労働に従事することになる。誰もが忌避するような仕事だが、流民たちにはそれしか選択肢がないのだ。

 

 その結果、彼らはほんのわずかの賃金で馬車馬のようにこき使われ、心身ともに疲弊しきり、人としての尊厳を保つのが困難な程に追い詰められていく。


 そのため流民街に漂う空気は一様に重く、流民たちの表情も皆、その空気に負けない程に暗く沈んでいるのが常であった。




 だが、そんな彼らの表情にも光が満ち溢れる日が週に一度だけあった。


 それが定例となっている炊き出しの日だ。


 肉と野菜が入った暖かいスープ。


 その愛と人情がたっぷりつまった琥珀色の液体を飲み干せば、表情筋の動かし方を忘れた流民たちであろうとホホを痙攣させながら微笑まざるをえない。人の優しさを思い出し感謝の気持ちを抱かずにはいられない。


 それは過酷な日常からしたらほんの一時の安らぎにしか過ぎないまぼろし。

 きっと翌日になれば再び押し寄せる過酷な現実の前に消し飛んでしまうような儚いモノに違いないだろう。


 それでも、今日この時、間違いなく人の善意によって人が救われている。それだけは揺らぎようない事実であった。



 そんな尊むべき炊き出しの中心に彼女、エリア=グラディアートはいた。


 普段の快活な笑顔を振りまきながら流民たちに向かって声を張り上げる。



「みなさ~~~ん、ちゃんとりょうはありますからね~~~~~あわてずいちれつにならんでくださ~~~~い」



 ザッ



 エリアの声が響き渡ると同時に、流民たちは統率された兵隊のように機敏な動作で列を形作る。王都の正騎士も顔負けの見事な統率されっぷりであった。



「うふふ、みんなありがとう」


 

 そんな従順な流民たちの様子を眺めてエリアは頬を赤らめはにかむ。


 そんな可憐な姿を目の当たりにして流民たちは至上の喜びに打ち震える。

 中には感極まって涙する者すらいた。

 

 なぜ彼らがここまでエリアに対して従順なのか。


 それはエリアは流民たちにとって特別な人―――アイドルであったからだ。


 いつともなく腹をすかせた流民たちのために炊き出しを始めた可憐な少女、おまけに彼らが今まで目にしたことがないような高貴な美しさに満ち溢れている。


 彼女の姿を目の当たりにした流民たちは誰もが女神が顕現したのだと信じて疑わなかった。


 おそらく彼らはエリアが一言、死ね、と言えば喜んで命を投げ出すだろう。それほどまでに誰もが彼女に心酔しきっていた。



「うぅぅ」



 そんな流民たちの中に一人、頭を左右に揺らしながらふらついている男がいた。



「……オイッ、お前なにふらついてんだ? エリアさまに恥かかす気か? まっすぐ立っとけ」


「……ち、違うんだ、そ……そんなつもりはねぇ。だ、だが、ここんとこ夜勤が続いてて疲労がピークのよう、なんだ。頭もさっきからボーっと―――しちまってて、目閉じるたびに、こう、見たこともない川の向こうでバアちゃんが手をふってるんだよ……」


「そ、それヤバいんじゃねぇか? だ、だがよぉ、ここで倒れて列を乱すようなことをしたらお前周りのヤツらにボコボコにされちまうぞ」


「……分かっている、モチロン……分かってはいるんだが、どうも、その、身体が、いうこと、聞いて、くれなくて…………………」


 バタッ


「あっ!! オイ!!」


 バアちゃんに呼ばれたのか男はその場で前のめりに倒れたっきりピクリとも動かなくなった。


 その突然の出来事に並んでいた流民たちの間に動揺が走る。


 ―――もちろん、彼の体調を案じてではない。


 今の転倒によって隊列が乱れてしまったことに対して、である。


 エリアの願いは一列に並ぶこと。その願いに反する行為によって自分たちの忠誠心が疑われてしまわないか、誰もが何よりもそれを案じていた。


「テ、テメェ!! なにしてるだ~~~~~!!!」


 早くも血気盛んな流民が列から飛び出し倒れた男に食って掛かる。

 かなりの筋肉質な男で上腕は倒れた男と比べて二倍以上の太さであった。


「寝てるんじゃねぇ!! 起きやがれっ!!」


「………ぅぅぅ」


 体調不良の流民は返答の代わりに小さなうめき声を上げる。

 このまま恫喝され続ければそう遠くない未来に川を渡ってバアちゃんと肩を並べることは必至だった。


「お、おい、ムリさせるな。ソイツは体調が悪いんだ」


 見かねて事情を知っている流民が仲裁に入るが、


「なんだぁ~~!? お前はコイツの肩を持つっていうのかぁ!? ならコイツといっしょに列から出てもらうかんな!! 列を乱した者に喰わせる炊き出しは無えっ!!」


「そ、そんなムチャクチャな―――」


 あまりの横暴なマッチョ流民の発言に抗議の声を上げようとした瞬間、男は息を呑む。


 いつの間にか周囲の流民たちが全員こちらに向けて冷たい氷のような視線を投げかけていたのだ。


「お、おい、お前ら……」


 ジィーーーーーーーーーーーー


 視線が無数の矢のように放たれ有無を言わせぬ無言の圧力を生む。

 耐え切れず男は目を逸らす。



「みたかよぉぉミンナ同意見みたいだぜぇ! さぁ、分かったらとっととここから消えて泥水で口でもゆすいでな!!」


「そ、そんな」


 煮え切らない態度に痺れを切らしたのか、マッチョは二人をひょいと肩に担ぎあげそのまま投げ捨てようとする。


「あばよ―――」


「オイ、一つ聞きてぇんだがよ」


「ん??」


 するといつの間にかマッチョの傍らに一人の男が立っていた。

 どこから現れたのか、誰も、すぐ近くにいたであろうマッチョも気配すら感じなかった。


「??お前どっからきた??」


「チッ、質問を質問で返すんじゃねぇよ。これだから学がねぇ奴はよぉ。オイ、テメェ、さっき列を乱したヤツは炊き出しを食う資格がねぇとか抜かしてたな?」


「うるせえぇぇぇ誰が小卒で学がねぇだぁぁぁとぉぉぉぉ!!??? 許せねぇぇぇぇぶち殺すだぁぁぁぁぁ!!」


 秒でブチ切れたマッチョは口角から泡を吹きながら担いでいた二人を放り出して男に飛びかかる!


「そこまで言ってねぇだろ。チッ、会話になりゃしねぇ。これだから流民は……」


 いきなりブチ切れ全開になって襲い掛かってきた流民に男は動じる事なく腰を落とす。


 そして脚に力を溜めたかと思うと一気に解き放つ。


 ビュンッ



 一瞬で男の身体が残像と化しマッチョの懐に突き刺さる。



「ひでぶっ」



 その衝撃力は凄まじく、マッチョの身体が宙に浮き放物線を描きながら数メトル後方へと吹き飛んでいった。


 ズダァァァン


 そして頭から地面に落ちる。

 

「列を乱したヤツは炊き出しを食う資格がねぇ……どうやらテメェも今日はオマンマにありつけ無いようだな……ケケッ、いい気味だぜ」


 男は嗜虐に満ちた表情でマッチョの窮状をあざ笑う。


 そんな男を見て、周囲の流民たちは誰も言葉を発することができない。


 それは流民をかばっていた人のいい男も同様であった。

 

 だが、彼だけは気づいていた。


 男の正体に。


 かつて王都の正騎士だった男が余りの素行不良のために放逐され、そこから伝説的な犯罪者と成り下がり、最後には闇の世界で名うての用心棒となったという噂を耳にしたことがあった。


 そしてその男の胸には見事な龍の刺青が彫られていたという。


 さきほどマッチョを一撃の元に退けた際に男の胸に一瞬見えたモノ、

 間違いなくそれは昇り龍の文様。


「そ、それじゃアレが、あの男が、千人斬りのボッシュだっていうのか……」


 男の戦慄をよそに、千人斬りのボッシュはドスを効かせた眼光で流民を睨み付け、そして隊列がスッと引いたところからズル入りをしていた…………

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