その6
グラディアート家の子女たちは15歳を過ぎると同時にミレニムの各省に配属され社会の荒波にもまれながら次期領主になるための実力と人脈を築き上げていく。
それは事情を知らない者からすれば教育の一環、社会経験を積ませるための訓練にしか見えないだろう。
だが、実際にはそんな甘いものではないことを多くの領民が知っている。
グラディアート家の血の定め。
配属先で実力が無いと現領主に判断された者はグラディアートの姓をはく奪され、何の後ろ盾も与えられずに放逐されてしまう。
その見極め期間は半年から1年というごく短い期間、しかも次期領主が決まるまでその過酷なレースは終わることがない。
それがグラディアート家に生まれた者が背負う血の定めなのである。
あまりにも非情なこの制度だが、全てはより良き血を後世に残すため、引いてはミレニムをより豊かに発展させるための制度であるため領民たちから異論が出たことは過去一度もなかった。
そんな具合であるからにその制度からはみ出た者、落第した元グラディアート家の子女の行く末、生死に気をはらう者などは誰一人としていなかった―――
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コンコン
「N2さまはいってもよろしいかしら? もちろんいいわよねはいるわよ」
ガチャリ
返事も待たずにエリアはN2の寝室の扉を開けはなつ。マナーという概念がすっぽりと抜け落ちた清々しいほどの無邪気な傍若無人っぷりであった。
「おはようN2さま! いとしの妻があさのごあいさつにまいりましたよ…って、い、いやぁ―――――――!!!!」
そして部屋に入るなりエリアは絶叫する
「な、な、な、な、なぜカスミがN2さまのおへやにいるのぉーーーー!?」
わなわなと震える指先で彼女が指差したベッドの上、
そこにはコートを着たまま横たわるN2、そしてその傍らで彼の手を握りしめながらベッドサイドに頭を突っ伏している従者の姿があった。
「は、は、は、はなれなさいっ!! いますぐにっ!!」
「ぐーぐー―――ハッ!! あ、あれ、こ、ここは!? あ、エリア様おはようございます」
「おはようカスミ……って、おはようじゃないわっ!! アナタなんてコトしてくれたの!? よりにもよってひとさまのおっとにてをだすなんてっ!!」
「えっ?… あっ、いや、その、こ、これは、べ、別にやましいことはしていたわけではありません。そ、そもそもN2様はエリア様の旦那さまではないのでは……」
「な、なんてことをいうのっ!? ひとのおっとにてをだしておいてそのたいどは! けがらわしい!! けがらわしすぎるわカスミ!! アナタはけだものよせいじゅうよっスーパードビッチよぉおおおおお!!」
「ス、スーパードビッチ!? ど、どこでそんな言葉を覚えたのですか!?」
「よくきてくれるせんたくやさんからよ」
「あの者はもう出禁ですね。私はドビッチなどではありません」
「よくもそんなてきとうなことがいえたものね!! わたしはちゃんともくげきしたんですから!!」
「 も、目撃? いったいなにを……」
カスミの脳裏に昨晩の屋根裏の出来事が甦る。
もしやあの場面を目撃されてしまっていたのだろうかと彼女は一瞬動揺する。
「アナタさっきN2様のてをしっかりとにぎりしめていたわねっ!! アレがなによりのしょうこよっ!!」
「手、ですか……」
返ってきたのが見当はずれの糾弾だったのでホッと胸をなで下ろすカスミ。
「あれは昨晩N2様の看病をしていた際にそのまま眠りに落ちてしまっただけですよ。別にやましいことをしていた訳ではありません」
「どこまでしらばっくれればきがすむのっ!! いいかげんにかんねんしなさいっ!! やましいきもちがないわけないでしょうが!! てをにぎっていたのよっ!! これいじょうのふていがあってっ!?」
「???」
エリアの激昂は全く覚める気配がない。
それどころか先ほどまでと比べて明らかに怒りのボルテージが上がっている。
どうやら彼女は手を握っていたことに対して異常なまでの怒りを抱いているようだった。
カスミは何かボタンを掛け違えがあるような気がしてならなかった。
「ま、まさか、エリアさま……」
そしてエリアの次の一言で抱いていた違和感の正体が明らかとなる。
「みなまでいわせるつもりっ!? いいわ、いってあげるわ―――あかちゃんづくりよっ!」
「あ、あ、あ、や、やっぱり」
「あなたがなにをしようとしていたのかわたしにはてにとるようにわかってる! きせいじじつをつくろうとしていたのよ!! しらないとでもおもった!? ざんねんながらもうそれくらいはしってるのよ!! だんじょがひとばんてをにぎりあえばあかちゃん、そう、あいのけっしょうができるのよっ!! あなたはわたしをさしおいてさくばんN2さまとのこづくりにはげんでいたのよっ!!!」
子作り
そのパワーワードにカスミはめまいを覚える。
「そ、それはいったい誰から聞いたのですか……」
「よくきてくれるおにくやさんからよ」
「……アイツも出禁ですね。エリアさま、流石に手を握っただけでは子供は出来ませんよ。それだと今ごろ世は人であふれかえってしまってます」
「えっ? そ、そうなの? じ、じゃあいったいどうするの?」
「い、いや、それはさすがにちょっと……」
「…………ぐす、ひ、ひどいよカスミてきとうなこといって、わたしをだまそうとして……わたしのきもちをしっていながらそんなことするなんてあんまりよ……う、う、う、うわぁーーーんっ!!」
堪えていた感情が堰を切ったように爆発し、エリアは両手で顔を覆い泣き崩れる。
勘違いも甚だしいのだが、傷ついた心は本物なのが厄介極まりなかった。
「エ、エリアさま…」
「ぐすっ、そ、そりゃたしかにわたしはねんれいのわりにこどもにみられるわよ、むねだってペタンコだし、このまえだってみちゆくしんしからおじょうちゃんあめだまあげようか、なんていわれるし、でも、でも、N2さまをおもうきもちだけはほんものなのよぉーーー!! それなのにぃー!! うわぁぁぁぁぁぁあああん!!!」
エリアの泣き声はさわやかな朝を地獄絵図に塗り替える程の悲痛さを帯びていた。
そんなエリアを前にしてある人物が動くーーー
「そこまでにしておけエリア」
「うわぁぁぁぁんんあぁぁぁぁ……ぁぁN2さまぁぁぁ!!」
嘆き叫ぶエリアの前にいつのまにか漆黒のコートをまとったN2が立っていた。
「ぐ、ぐすっえ、N2さまぁー、な、なんでエリアをうらぎったの!? わたしは、わたしはあなたのおくさんなのにぃ!」
「エリア、落ち着きたまえ。君はおおいなるかんちがいをしている。カスミは不貞を働きにここにいたわけではない。昨晩彼女は負傷した私を運んで看病してくれていたのだ」
「ほ、ほんとう?」
「そうだ。このセシリア様から押し頂いたコートに誓おう」
「セシリアねえさまにちかって……じゃあN2さまはきのうほんとうにおけがをされていたの? カスミはそれをかんびょうしてくれていただけなの?」
「そうだ」
「……ホントにホントなの?」
「悪夢はウソを言わない」
エリアは顔を上げてN2の赤い瞳をじっと見つめる。
二人の視線が交差し、しばらく無言の時が訪れる。
「……そう、すべてはわたしのかんちがいだったわけね。カスミ、ごめんなさい!!」
エリアは自分の過ちに気づくとすぐに従者に頭を下げる。
「さきほどはいかりにまかせてあなたをぶじょくしてしまった。こころからあやまります。あなたはふがいないつまであるわたしのかわっておっとをかんびょうしてくれていた。そのこういにおんぎはあれどひなんすることなんてなにひとつなかったわ。どうかゆるしてください。きがすまなければどうかおもうざまにわたしをののしってくれてもかまわない。けいべつしてくれてもかまわない。でも、どうかこのしゃざいだけはうけとってほしいの」
「エリアさま」
カスミは主人の元へ駆け寄りその小さな肩をぎゅっと抱きしめる。
「私こそ誤解を招くような行為をしてしまい大変申し訳ございませんでした。どうかお許し下さい」
「カスミッ!!」
「エリア様」
ひしっ
傍から見れば二人は年の離れた姉妹のように見えた。
それがお互い謝りながら抱き合っているのはある種、ほほえましい光景でもあった。
だがこの二人の素性を知っているN2は、素直にそれを受け取れなかった。
エリア=グラディアートとその従者。
グラディアート家の次期領主争いのレースに敗れた少女とそれに使えるたった一人のメイドのなれの果てなのだから。
姓も特権も奪われたエリアたちが流れ流れて最後にたどり着いたのがここ流民街なのであった。
たまたま流民街からの犯罪者を取り締まっていた前騎士団長セシリアに発見されたことで、二人は内密にセシリアの庇護を受けることができた。
セシリアに発見された時の彼女たちの様子はそれは悲惨なものであったらしい。
エリアがグラディアート家から放逐された後、彼女の傍に残っていたのはカスミだけなのである。そんな二人の間にある絆はおそらく血のつながりよりも濃いものなのだろう。
(そんな二人の関係に僕が不協和音が生じさせてしまっている……やりきれないな)
エリアは出会った当初からミレニムの英雄、N2に心酔しておりその妻を公言してはばからなかった。それ自体は子供らしい可愛い態度だとN2は軽くあしらっていたのだが―――
(まさかカスミまで……)
昨晩の出来事によって状況がややこしくなってしまったことをN2はなんとなく認識していた。そしてこのままここに居座っていてはいけないこともなんとなく分かっていた。
(女の園に立ち入るべきではなかった……僕のせいで良好だった人間関係が崩れていくのを見るのはしのびない。時期を見てここから去るしかない。だけど、それはまだ先の話だ―――)
N2にはどうしてもここを去れない事情があった。
この屋敷はN2の仮住まいであると同時に生命線となっていた。
暖かい食事に暖かい寝床、補給を絶たれた兵隊はそう遠くない未来に疲弊し、やがて自滅していく。
それは悪夢となったN2でさえ避けられない自然の摂理であった。
ミレニム周辺のダテンシをエルシーと二人で折半して狩りつくしているN2としては、その疲労を癒す空間はどうしても必要不可欠なのであった。
(……あの人を救い出すためのプランが完成するまではなんとかしなければ……やはりそろそろ動かねばなるまいか……)
N2は悪夢となって戦い続ける中で段々と強くなってきたある思いを実行に移す時が来たと確信した。
(僕だけの力であの人を救い出し、なおかつダテンシを滅ぼしつくすことは悔しいがやはり不可能だ。ならば悪夢を手助けしてくれる共犯者を増やすしかない。悪夢の軍団……そのカギは僕が譲り受けたアレにある)
こちらの表情をチラチラと伺う二人の視線を仮面の奥で受け流しながら、N2は一人新たに決意を固めるのであった。
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「――――さぁ、それじゃ定刻となったのでそろそろ始めるとしようか。ミレニム鉄血会議の開催だ」
円卓の上座に座る紳士によって会議の開催が告げられる。
そして円卓の外周沿いに座する総勢12名の視線が一斉に紳士に向けられる。
「今日の議題は先日ダテンシによって占拠されてしまったミレニム北部の遺跡、エナジーディーの奪還についてだ。さぁ、みんな忌憚なき意見を聞かせておくれ――――」




