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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第6章 ステキなおともだち
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その5

 光あるところに必ず影があり。

 その格言が示す通りここミレニムにも光と影の部分があった。


 光の部分は風光明美な観光資源に恵まれ、交易都市として栄えているミレニム。


 そして闇の部分は開かれているがゆえに避けられない外部からの流入物、モノならば密輸品・禁制品、人ならば密売人や犯罪組織などといった形でやってくる望まれない異物たちだ。


 それらの異物がまとまった量になると一体何が起きるのか。


 それは新しいコミュニティの形成である。


 彼らはいつの間にかミレニム郊外に自分たちのささやかなコミュニティを形成しており、そこはミレニムの法は及ばない、彼ら独自のルールによって統治されていた。


 様々な事情や思惑を抱えたそれらの人々の存在は治安の面からも決して歓迎されない。ミレニム領主であるグラム=グラディアートも彼らの存在を容認はしてはいなかった。


 だが不思議なことに積極的な排除もしていなかった。


 完全に排除してしまってはミレニムの国際性が損なわれてしまう恐れがあるから、という理由になっていない屁理屈がまことしやかにささやかれてはいたが、真相はまったくもって不明であった。


 そんなミレニム暗部の象徴である流民街の一角に、ある屋敷が建っていた。


 隣接する住居は強風が吹いたら崩れ落ちそうなボロ家ばかりの中で、その屋敷は明らかに異彩を放っていた。高級住宅街にある屋敷をそのまま曳家してきたと言っても誰も疑わないだろう。


 すぐに物取りたちの襲撃にあっても不思議ではない豪奢さであったが、しかし流民街の住民は誰もおいそれとその屋敷には近づかなかった。



 なぜならこの屋敷に恐ろしい守護者がいることを、ここに住まう誰もが知っていたからである。



「………………」

 


 屋敷の屋根に一羽の巨大なカラスが羽を休めるように留まっていた。


 否、それはカラスではない。


 それは粉々になった右腕を左手で包み込みながら微動だにしないN2であった。

 仮面のせいでその表情を読み取る事はできないが、それでも傍から見ていた者がいたとしたらその姿はとても痛々しく映ったことだろう。


 

「…………くっ…………」



 ガチャリ



 その時、痛むに悶え苦しむN2の背後で唐突に屋根裏部屋の天窓が開いた。そしてそこから色白の儚げな印象を抱かせる女性が顔を覗かせた。



「N2様おかえりでしたか。そんなところにいないでどうぞ中にお入りください」


「…………カスミか。いや、ここでいい」


 女性の名はカスミ―――N2の無事を主と共に祈っていた女性であった。


 N2とはどうやら顔見知りのようである。


「ここでいいと言われましても、今日は冷えますよ」


 カスミはゆっくりと屋根まで上がってくると確かな足取りでN2の元までやってくる。


 屋根上で気配を消していたN2の存在に気づいたあたり、どうやら彼女はかなり前から彼の帰りを待ちわび屋敷内を巡回していたようであった。そんな事情はおくびにも出さずに彼女はN2の傍らにひざまずく。


「N2様……もしや腕をお怪我されているのでは……?」


「…………」

 

「……これは……お、折れているのではないですかっ?! す、すぐに治療しなければ! い、医者を呼んで参りますっ!」


「やめておけ。この時間に女性一人が出歩くのは危険だ。ましてやここは流民街だ」


「ですが!」


「N2がここにいる事を知る者は少数でいい。それに治療ならすでにしているから大丈夫だ」


「すでにしている?」


「ああ、そうだ」


 そう言うとN2は顎で自分自身を指し示す。


「このロスティスコートを見るがいい」


「えっ?」


 言われるがままコートに目を移すカスミ、するとすぐに異常に気が付く。


「これは……患部が輝いているように見えますが……」


「そうだ。この輝きが怪我を癒してくれている。どうやらこのコートには人体のリミッターを外す効果以外にも隠された機能があるようだ」


 コートから発せられている暖かな色合いの光は見る者を引き付ける不思議な魅力に溢れていた。カスミは光に吸い寄せられる虫のようにその輝きに魅入られてしまう。


 だがしばらくすると頭をふって光から目を引きはがす。


「ですがいくらコートに不思議な力があったとしてもそれだけのことで折れた骨がくっつく訳がありません。やはり医者を呼んで参ります」


「それだけのこと、か。……そう思ってもムリはない。だが、実は先ほどまでこの右腕は粉々に砕かれていたんだ。そんな状態が今はほとんど骨がくっつきかけている」


「そ、そんなこととても信じられません!」


「信じられなくてもそれが事実だ」


「そのようなことが……あるとは思えません……」


「間違いなくある。このコートにはセシリア様の想い、いや、執念といってもいい。そういった強い意志が込められているんだ。それがロスティスに何らかの作用を及ぼしているのは間違いない。なんせこの薄っぺらいコートに100を超える武器が収納されているくらいだからな。何が起きるのかは全く予想がつかない」


「…………」


 今までN2の身を案じて心配そうな表情を浮かべていたカスミだったが、なぜかセシリアの名前を聞いた途端、浮かない表情を浮かべる。


 だがそれは一瞬のことで、すぐにN2の身を案じる淑女の面立ちに戻る。


「N2様がそのように仰るならばその通りなのでしょう。ですが、やはり中に入ってお休みいただきたいと思います」


「キミも中々に強情だな」


「そうではありません。今夜は今年一番の冷え込みとの事です。そのコートがいくら万能でも冷気までは防げないでしょう」


「いや、薄く見えても結構あったかいんだ。それに風邪なんて引くようなヤワな鍛え方はしていない」


「どうかお願いです。私だけではなくエリア様もそう願っています」


 カスミは最終手段とばかりに主の名を出す。

 

「……エ、エリアか、そう言えば彼女はどうしている」


 こうかはばつぐんのようだった。

 N2は一気にバツが悪そうに尻をもぞもぞさせ始める。

 

「ついさきほどようやくお休みになられました。それまではずっと貴方の身を案じて祈りをささげておられたのですよ」


 さらに追い打ちとばかりにカスミは健気なエリアの様子をアピールする。

 自分も、とは主張しないあたりにカスミの奥ゆかしい性格が伺えた。


「そうか……」


 N2はしばらく身じろぎもせずに彼方を見つめていた。

 そして、


「……もう少ししたら中に入るとしようか」


 ようやくカスミの提案に折れたのであった。

 

「もう少しとは言わず今すぐにでもお入り下さい」


「別に意地を張っている訳じゃない………………正直言うとな、動くとメチャクチャ痛むんだ。だからしばらくはこの体勢から動けそうもない」


「そうでしたか。そうとは気づかず無理を申しました。申し訳ございません」


 カスミは頭を下げて謝罪し、それから外套の留め具を外しN2の肩にかける。


「よせ。キミが風邪をひくぞ。それにこのコートは断熱性にも優れているとさっき」



 ピタッ



「……何の真似だ」


「お身体を暖めて差し上げようと思いまして。私はエリア様からN2様のお世話を言付かっておりますし」


 カスミはN2の背中越しに彼を抱きしめていた。


「……どうやらキミは職務に忠実なあまり色々と勘違いをしているようだ。エリアはキミにそこまでの事を望んではいない。それに何より僕自身そういう盲目的な献身は必要としていない。妄信は常に人を誤った方向へ導く。そういうのは……嫌いなんだ」


 妄信によって人の道を外れてしまった少女を知るN2の言葉は重かった。


「そうなのですか」


「そうだ。今後も僕の身の回りの世話がしたかったら自分の意思は大切にしてくれ」


「分かりました……では何の問題もありませんね」


「…………?」


「だって私は自分の意思でアナタを暖めたいと思っているんですもの」


「…………そ、そうか」


 二の句が継げないN2.

 N2である前にDTでもある彼の頭の中は今のカスミの発言に?マークが飛び交っていた。


「……だからもう少しこのままでいさせてください……」


 カスミの頬は寒空の下だと言うのに紅潮しており、コート越しに伝わる体温は信じられないほど熱かった。

 それはダテンシを屠るためだけに存在している悪夢が目の当たりにした、生まれて初めての乙女の恥じらい(ガチのやつ)というヤツであった。

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