その4
ブゥゥゥゥゥゥン!!!
「キャッ!?」
至近距離で放たれたテンタクルエッジのプレッシャーに抗いきれず、エルシーはバランスを崩して転倒する。
そしてその刃は彼女を切り裂く―――事なく通り過ぎていき、その背後の空間に吸い込まれていった。
そこには二人の攻防を観戦するように屹立していた一体の鈍亀級の姿があった。
グサッ
その関節部にテンタクルエッジが突き刺さる。
(僕を全力で逃がせっ!!)
N2はテンタクルエッジを通じて念じる。
ここ半年で身に着けた新たな力、意思を伝える金属、ロスティスを通じての操具である。
この方法ならばダテンシに意識を乗っ取られるリスクを無視して、直接接触しての操具と同じ深度でダテンシを操る事ができるのであった。
ハク=レイはダテンシに意識を飲み込まれて自滅した。
そしてそれを裏で操っていたシエラの力を警戒し、N2はこの技を考えついていたであった。
(シエラの逆操具への対抗手段、この場面で使うことになるとはな)
指令を下された鈍亀級は即座に活性化し、四肢を地面に叩きつけ跳躍する。
ズダァァァァァンッ
激しい地鳴りと共に土ぼこりが巻き起こり、二人の周囲一帯が砂塵で覆い尽くされる。
「ゴホッ、ゴホッ、くっ、し、しまった、これじゃなにもっ!」
危険を察知したエルシーは身体のバネで勢いよく立ち上がるのと同時に鉄塊を一回転させる。
中空を舞っていた砂塵が瞬時に吹き飛ばされ視界がクリアになる。
だがエルシーの表情は浮かない。
「い、いない!? どこへ!?」
一瞬のうちに視界からN2の姿が忽然と消えていた。
「ど、どこっ!? どこなのっ!?」
エルシーはうろたえながら辺りを見回す。
だがいくら探しても悪夢の姿は見当たらない。気配すらない。
まるでN2の黒いコートが一瞬の内に夜の闇と交ざり合って消失してしまったかのような不可解さであった。
「に、逃がしてしまったの……? ようやくここまで追いつめたっていうのに…………あっっ?!」
その時彼女は一体の鈍亀級が平原の彼方を疾走する姿を目撃した。そしてその背には人影らしきモノの姿も見えた。
「アイツっ!! あんなところにっ!!」
仇敵の居場所を見つけて血気に任せて駆け出すエルシー。だが数歩も進まぬうちに足がもつれて 顔面ダイブをかましてしまう。
「…くっ…ようやく…ようやく見つけたのに……ずっとずっと探して……それなのに…………」
ダテンシあるところにN2あり、それがここ数か月、活性化したダテンシが頻出するようになったミレニムの常識となっていた。
夜毎にN2は不思議な伸びる剣でもってダテンシを打ち倒し、善良なミレニム市民に平穏と安寧を与えていく。
そして報酬を要求するでもなく、感謝の言葉を告げる暇もなくどことなく去っていく。
そんな状況のためエルシーはダテンシとの闘いの最前線に自らを置くことでN2との接触を図ろうとしていた。
それでも彼と出会える機会はそう多くない。一か月に一度会えればマシと言えるくらいの頻度でしか遭遇する事は出来なかった。
今、その貴重な一回を失ってしまったエルシーの胸中は推して知るべし、と言ったところであろう。
ドダダダダダダダダダダダ
その時、地面が揺れていることをエルシーは肌で感じる。
振動は徐々にはげしさを増していき、突き上げるような衝撃が大地の底から湧き上がってくる。エルシーにはその原因がなんなのかハッキリと分かっていた。
「……お前らが……お前らが邪魔するから……取り逃がしちゃったじゃない……ホントになんなのよ……もう……」
顔を上げると活性化した鈍亀級の一団が横並びになってこちらに向かってきている姿が視界に映った。それはここ数か月で何度も目にしたおなじみの光景でもあった。
エルシーはゆっくりと立ち上がると静かな怒りを鉄塊に込め、一団に向かって歩を進める。
視線は鈍亀級に向けられてはいたが、その時、彼女は別のモノを見ていた。
大事な人を奪い去った悪人、それなのに周囲からは英雄と崇められている偽りの勇者、N2の見えない背中を彼女は睨み付けていた。
「アンタなんかニセモノよ……いつかそれを私が皆に分からせてやるんだから……だからそれまで……」
エルシーは地面を蹴って疾走する。そして自分のキルゾーンに侵入してきた最初の鈍亀級にダウンスイングからの強烈な一撃を見舞う。
その威力は凄まじく、全長4メトルはあろうかという鈍亀級の巨体が吹き飛び、そのまま中空に投げ出される。
問答無用の死滅、ダテンシは粒子となって夜空に四散する。
月光がそれらを照らし出し、夜空に輝くアーチが出現する。
そんな幻想的な光景の下で、エルシーは思いを新たにする。
「それまで―――首を洗って待ってなさいっ!! N2!!!」
その場にいたダテンシたちは、その誓いの言葉が今生で聞いた最期の言葉となったのであった。




