その2
決して気を抜いていた訳ではない。
遠くに彼女の気配は感じていたので、眼前に立ちふさがるダテンシを屠った後、すぐ対処しようと身構えていた。
だがその判断が甘かった。
ダテンシを屠るよりも先に彼女は間合いに踏み込んできた。歴戦の悪夢も予想だにできなかった俊敏さ。そしてその人物はその勢いのままN2の右上腕に打撃を放ったのだった。
その破壊力はフルロスティスコートを薄紙のごとく打ち破り、N2の右上腕骨を粉砕させるに至らしめた。
あまりの唐突さにN2は苦悶の声を漏らすことすらできなかった。
膂力の象徴ともいえる巨大な鉄塊とそれを操る小柄な体躯。
ここ数か月の間でよく目にしている敵の姿。
いや、それ以前から、ミレニムにやって来てからずっとずっと近くでN2はその姿を見てきた。彼女のことは誰よりもよく知っていると言っても過言ではなかった。
エルシー=エレパンドス
いつも明るく朗らかな笑みを浮かべ、甘いものに目がなく、オシャレに興味があるがその怪力ゆえ手が出せなかった、そんなちょっと不器用な女の子。
だが、今目の前にいる彼女は悪鬼と見紛うほどに歪んだ形相でこちらを睨みつけていた。
その変わり果てた表情を見てN2は砕かれた右腕よりも、胸が激しく痛むのであった。
「N2死ぃぃねぇぇぇぇぇ!!!!!!」
エルシーは初撃の反動を利用してそのまま一回転しながら再攻撃を加えてくる。
思わず見惚れてしまいそうなほど一分の隙も無い理想的な転身。
しかし悠長に見惚れてるヒマなどはなかった。
それもそのはず。エルシーの二撃目は頭部を狙ってきていた。
先ほどと同等の衝撃だとすれば待っているのは問答無用の死である。
かと言ってこの間合いとこの速度では躱すことは出来ない。
出来ることは――――致命傷を避けることだけ。
「クッ!!!」
N2はそう判断すると袖口からありったけの武器を顔の前に放出する。
そして念じる。
(武器よ、僕を守れ!!)
ここ半年、N2は意思を伝える金属、ロスティスを研究しつくした。
何ができるのか、どんな特性があるのか。その結果編み出されたのがロスティス同士を結合し、新たなマテリアルを作り出す技であった。
N2の念に呼応するように武器が形を変じ、結合していく。
そして不格好だが即席のロスティスシールドがハンマーと頭部の間に展開された。
(間に合った!! あとは受けきれるかだっ!?)
直後に激しい圧がロスティスシールドにぶち当たり、押し出された空気が旋風となって辺り一帯のガレキを吹き飛ばす。
「はぅ」
そして鈍い音と共に灼熱の痛みがN2の右腕全体に広がる。
恐ろしいことにエルシーの一撃は世界最高峰の防御力を誇るロスティスで造ったシールドですら防ぐことはできなかったのだ。つまりこの世に防ぐ手段がない、まさに必殺の一撃なのである。
N2は正直見誤っていた。
かつての同期の真の実力を、その成長速度を。
(ここまで短期間に強くなるとは……本当に頑張ったんだなエルシー)
様々な思いが頭の中をよぎり、感傷が喉元までせりあがって来る。
褒めてやりたい。あの後たった一人でよくここまで頑張ったな、と。
だが、N2がそれを口にすることはなかった。
その権利はすでに悪夢となった自分にはないことを承知していたから。
だからN2は―――
「フンッ、相も変わらず奇襲か。そんな志の低さではいつまで経っても私を捉えることなど出来ないぞ! 救世の乙女よ!」
偽りの仮面の奥から、偽りの言葉でエルシーを挑発するのであった。




