その15
今回のミレニム襲撃によって多くのモノを失った。
平穏な日常、騎士団の仲間たち、憧れていた女性、ギアックがミレニムに来て手に入れたかけがえのない宝が全て音もなく崩れ去っていった。
それと同時に手に入れたのは生涯背負わなければならないであろう呪いだけだった。
もうこれ以上の不幸は背負いたくない、疲弊しきった頭と体はそれを切に望んでいた。
しかし―――ギアックにはどうしても確かめなければならないことがあった。
それをしない限り、まだこの悪夢は終わらないという事だけは分かっていた。
だから今、いう事を聞かない体に鞭を打ち、気力を振り絞って一心不乱に教会へと続く坂道を昇っている。
仮面はエルシーの打撃によって半分が崩れ落ち、もはやその役目を果たしてはいなかったが、なぜか外すことは出来ないでいた。
やがて西日がちょうど差し始めた頃、ギアックは目的の地へと到着する。
そこは数十年前に放棄された教会で、すでに利用する者はなくなって久しい場所であった。
庭は荒れ果てて草が背丈ほどに伸びてしまっており、ステンドグラスもほとんどが砕け落ちて無残な有様であった。
唯一空高く伸びた尖塔だけがその建物がかつて教会であった名残を残していた。
ギアックは敷地に足を踏み入れると気配で目的の人物がいることを悟る。
「……いるな」
そして蝶番の外れかかった扉を押し開く。
中はすぐ礼拝堂になっており、等間隔で長椅子が並べられていた。
光源がないため先が良く見通せなかったが、ギアックはとりあえず中央の一段高い祭壇を目指して歩を進める。
荘厳な雰囲気の教会であると感じる。
静かだから余計にそう感じるのかもしれない。なぜこの教会が朽ち捨てられているのかは知らないが、細部の意匠は中々に見事で当時は多くの信者で賑わっていたのかもしれない。そしてその中にはこの教会で将来を誓い合った男女もいた事だろう。
「くっ」
そう考えた瞬間ギアックは立ち止まってしまう。
エイダ教官。
この先この苦しみが永劫続くのかと想像すると自然と目がくらんでくる、と同時に。
「勘弁してくれよ……そんなんじゃない……僕は本当に後悔してるんだぞ……」
誰に言い訳するでもなく首をふって仮面の上から眉根付近を押さえつける。
しばらくそうして気分が落ち着つくのを待つ。
そしてゆっくりと顔を上げると祭壇の上にいつの間にか人が立っているのが見えた。
その人物はギアックをじっと見つめ、
「それ意味あるの?」
無邪気に小首をかしげながら問いかけてくる。
その態度に悪びれた様子は微塵も感じられなかった。
ギアックはこの時――――なぜこの砕け散った仮面が必要だったのかをはっきりと理解した。
この邪悪なる存在と対峙する時に、素の自分では到底太刀打ちできないという事を本能が察知していたのだという事を。
「お前は一体何を企んだんだ?」
仮面に助けられ力強く問いかける。
それを聞いて祭壇の上の少女、シエラはニコニコとした笑顔を向けてくる。
「企んだって何のこと?」
「全てだ。今回のミレニム襲撃は明らかにおかしかった。そもそもなぜお前は襲撃に参加していなかったんだ!?」
まずそこが一番の疑問点であった。
敵がシエラであると思ったからこそギアックは自分自身の手で片をつけなければならないと決意したのに襲撃の夜にはその気配すら感じられなかった。
彼女が直接参加していないことはおそらく間違いない。
「もしかして探してくれたの? だとしたらうれしいな。へへっさすがギアックはわたしがどうすれば喜ぶかよく知ってるね」
「知るわけないだろ。お前のことはいつも何ひとつ理解できない」
突き放すように言い捨てるがシエラは動じることなく一人額に手を当ててうなり出す。
「うーん、でもそれは勘違いなの。参加してないってわけじゃないの」
「どういう意味だ?」
「ふふっ、もうギアックの知ってる頃のわたしとは違うってことだよ。ねぇ最後に戦った大きなダテンシはどうだった?」
ハクが最後に見せた操具はA級扇動者の能力を遥かに超えていた。あれにシエラが加わっていれば今頃生き延びられていたとは到底思えない。
「……そうだな。暴走していたとはいえあれだけの操具は見た事がない。おそらく相当の修練を積んだんだろう。あの悲劇を乗り越えて……」
立場は違えどかつて同じ戦場を共にした男の苦労を思ってギアックは言葉を詰まらせる。しかしそんな神妙な態度を見てシエラは笑いをこらえるのに必死の様子だった。
「何がおかしい?」
「だ、だって、ぜんぜん勘違いなんだもん。ぷぷ、ぷぷ、ぷはははははははは!!!才能ないハクがいくら頑張ったってムダだよ。昨日のはね、ほとんどわたしの力なのよ」
とうとう我慢しきれなくなったのかシエラは声を上げて笑いだす。対照的にギアックの仮面の下の表情は凍り付く。
「……お前の力?一体何を言ってるんだ?」
「だからそのままの意味だよ。わたしはギアックと別れてからとってもつよくなったんだから。今じゃどんなに離れていてもあの子たちと心を通わす事ができるのよ」
空恐ろしいことを平然と述べるシエラ。
「そ、それじゃ僕が戦っていた人型のダテンシはハクの操具じゃないのか?」
「もちろん!! ハクみたいなへっぽこにあんな真似出来るわけないでしょ?」
この自慢げな顔は残念ながら真実を語っている時の顔だ。
「ならハクは一体、何をしていたっていうんだ?」
「うーん、実は最初はハクにお任せしようと思ったんだけど、あまりにもふがいないから見てられなかったの。やっぱり教団を抜けたいなんて言うフニャチンさんにはギアックの相手は荷が重かったみたい。だから途中からわたしがあの子たちに語り掛けてブチ切れ全開モードにしてあげたんだ。そしてその全ての怒りをハクに流し込んだの」
「な、なんて事を!!そんな事したら」
「うん、そう」
シエラは悲しそうな表情になり目元をローブのたもとで拭いだす。
「怒りが大きすぎてハクは耐えきれなかったみたい。意識を乗っ取られてみんなをつなぎ合わせるための新たな核にされちゃったの。でもそのおかげでみんなが一つにまとまって伝説のスーパーダテンシくんになれたんだからきっとハクも本望だったと思うな」
そしてシエラはその場で祈りの言葉を唱えると両手を合わせて合掌する。本当に人の神経を逆なですることに関しては天才的な少女だなとギアックは改めて思う。
「……何なんだよお前は? 一体何がしたいんだ? 聖地返上じゃないのか? それとも人の命をおもちゃにして遊びたいのか? 昔っからそうだ。なぜそんな酷い事が出来る? ハクは仲間じゃなかったのか!? お前は一体何が目的なんだよっっ!!!?」
怒号が教会内に響き渡る。そんなギアックをシエラは冷めきった目で見つめる。
「ねぇ、それ本気で言ってるの?」
「当たり前だろっ!! 何度も言わせるなっ!! 僕はお前の考えている事なんていつも何一つ分からないんだっ!!!」
「そっか。ふーん。昔はもっとわたしのこと理解してくれてたのに今はそんな風になっちゃってるんだ。ちょっと悲しいかな」
そしてシエラは目を閉じたかと思うと大きく息を吸って唐突に歌い始める。
「な、ど、どういう事、だ」
はじめは訳も分からず聞いていたギアックだったが、その歌が意味することに気付いた途端、ギアックは心の底から絶望した。
「ま、まさか、まさか、それが理由なのか? そんな、そんなくだらない理由のために人の命を、皆の、僕の運命を大きく狂わせたというのか!?」
そして歌い終わるとシエラはギアックに向かってパチパチと手を叩く。
「これが理由よ。お誕生日おめでとうギアック」
彼女が先ほどまで歌っていたのは誰もが知っている―――バースデーソングだった。
「ウ、ウソだ」
「?何がウソなの? だってギアック昨日お誕生日だったじゃない。わたしの考えたプレゼントには最後まで気付かなかったみたいだけど、でもいっぱいわくわくどきどきできて楽しかったでしょ?」
ギアックは崩れ落ちかかる。これが真実だというのか。認めたくはない。認めるわけにはいかない。
「……な、なにを言ってるんだお前は。プ、プレゼント? ミレニムを襲う事がなぜ僕へのプレゼントになるんだ? 僕は」
「えっ? 何言ってるのギアック? だってアナタは―――」
怪訝な表情を浮かべたシエラの口から真実が告げられようとする。
残念ながらそれを遮る気力は―――もう体のどこにも残されていなかった。
「アナタは昔から戦う事が何よりも大好きだったじゃない♪」
ああ、やっぱりそうだったのか。
聞くまでもない。初めから分かりきっていた事だった。
どんなに平穏を願っても、どんなに嘘の仮面を被っても、本質からは逃げられない。
この数日は高揚しっぱなしだった。
セシリアの前でダテンシを倒した時も、エウリークを完膚なきまでに叩きのめした時も、N2となって暴漢と対峙していた時も、水の離宮でダテンシに囲まれていた時も、ハクが暴走して巨大化した時も、そしてエイダと剣を合わせた時も自分はどうしようもなく高揚していた。
自分の力で相手を圧倒することに快感を覚えていた。
身体が武器と一体化して相手を切り刻む度に歓喜が脳内を駆け巡っていた。
どうしようもない性、ひた隠しにしても抑えきれない衝動、それがギアック=レムナントという人間だった。
『お前、あの時笑っていただろう?』
『戦いだ。お前は本当は戦いが好きで好きでたまらないんだろ? ギアック?』
セシリアにだけは見抜かれていた。屈折している人間同士、分かり合う何かがあったのかもしれない。
だがこんな性質が赦される訳がない。
だからレコンキスタ教団を滅ぼした後に自ら封印した。
それなのにシエラはその封印の蓋を無理やりこじ開けてくる。
「何が、何が目的なんだお前は? 僕をそんなに苦しめたいのか?」
「苦しめる? 何を言ってるの? わたしの目的は昔から一つだけよ」
シエラはそう言うとはにかみながらギアックにとろけるような熱視線を送る。
「愛する人が本当に望んでいるモノを与えてあげたい。ただそれだけ」
「そうか」
ギアックは力なくがっくりと項垂れる。そしておもむろに腕を上げると―――シエラに向かってテンタクルエッジを射出させた。フェイントを交えた情け容赦ない一撃、確実に命を狙った。
(せめて笑顔のまま逝け)
シエラは自らの中にある偽りの幸せを噛みしめながら絶命した。
いやするはずだった。
だが衝突の直前に彼女の立っていた祭壇が突如持ち上がりシエラを上空へと持ち上げた。
「巨岩系……なぜこんなヤツがミレニムに……」
それは巨大な岩が重なり合い人型のようになっている希少ダテンシだった。
それが祭壇の下から突如現れシエラを守るように立ちふさがったのだ。
鈍亀の表皮よりも堅牢な岩肌によって剣はあっさりとはじき返される。
「ふふっ、照れちゃだめだよギアック」
巨岩系の頭部にのせられたシエラがひょっこり顔をのぞかせる。
「……なぁ教えてくれ。お前は本当にどうやったら死んでくれるんだ? 僕はそのためならどんな苦労もいとわない。頼むから教えてくれ」
それで答えが返ってこないのは理解していたがそれでもそう聞かざるを得なかった。
すると怒ったのかシエラは子供のように頬を膨らませる。
「もうひどいよギアック!? そんなこと言っちゃダメでしょ? 昔オババさんにも言われたじゃない?」
そして聞きたくないもない現実を突きつけてくる。
「妹には優しくしなさいって。いくらおにいちゃんでもそんなひどいこと言っちゃダメなんだからね。デリカシーなさすぎだよ?」
心臓がズキンと痛んだ。そう、これも呪われた性質と同じく逃れられない現実。
目の前の少女が、覚醒してしまった最強最悪の扇動者が、よりによって自分の妹であるという事実からは。
巨岩系が立ち上がると教会の天井が崩れ落ち、大量の木材が落下してくる。崩壊寸前の教会から逃げ出すと、空にはさらに恐ろしい光景が広がっていた。
「まさかあれは……翼竜系なのか? シエラ、お前の力はいったいどこまで………」
空を飛んでいるためA級扇動者でも心を通わす事が困難と言われている幻のダテンシがその巨大な翼を広げながら空中を旋回していた。その数は軽く見積もっても十体以上。
「いいでしょあれ。また今度来た時乗せてあげるね」
巨岩系の頭の上で胡坐をかきながらシエラは無邪気に言い放つ。
「今度だと?また来るつもりなのか?」
「うん、もちろんだよ!! ギアックは気付いていないみたいだけど、ここに来るとみんなとっても元気になるんだよ。もしかするとここが第二の約束の地なのかもしれないの。それにわたしまだまだギアックを楽しませてあげたい。だから今度はもっとたくさんの仲間を連れて遊びにくるね。その時までにギアックも昔のカンを取り戻しておいてね」
そして目を細めて笑いながら言う。
「そうでないと本当に死んじゃうかもしれないからさ。くすくす」
そして大きく手を振りながら悪魔のような少女とその僕たちは去っていった。
後に残された仮面の人物はただ黙ってその背中を見送っていた。
「……僕はミレニムに来るべきじゃなかった……一体どうすればいいんだ……」
罪の意識に苛まれてギアックは座り込む。
その時不意にある人物の言葉が脳裏に蘇った。
同志であり、共犯者でもある少女の言葉が。
『英雄になればいい。犯した罪の重さに釣り合うだけの善行を為して英雄になればいいのだ』
闘いを欲するあまり多くの罪を犯してしまった。
そして今また新たな罪を重ねてこの身は呪われきっている。
そんな極悪人の罪が清算されるとしたら、それは並大抵の善行では釣り合わない。
「そんなの本当に貴女の夢を、世界をダテンシの脅威から解き放ちでもしなきゃムリなんじゃないですか……」
そう言って自分で気付く。
それはつい先日まで実現不可能だと思っていた少女の夢物語。
だが、今はそれを現実にするしか自分に選択肢が残されていないのだという事を。
だからギアックはある一つの決断をすることにした。
「僕は」
この教会に来るまでは呪いに打ちひしがれ、生きる目的を見失っていたその仮面の内側に、ある希望が灯り始める。
だがその希望は二度と後戻りのできない茨の道。
憧れていた平穏は二度と望めない。
それでもギアックは選択する。真の贖罪を得るために。過去の過ちを断ち切るために。そしてこれ以上の悲しみを生み出さないために。
「僕は罪深い、この世に存在してはいけない類の人間だ。それでも今死ぬわけにはいかない。この地でダテンシに、シエラに対抗できるのは、僕しか、N2しかいない」
悪夢に対抗できるのは同じ闇を背負った悪夢だけ。だから。
「僕は命を賭けてダテンシを滅ぼし尽くす。だからそれまで……ギアック=レムナントを捨てる。今日この時から僕はダテンシにとっての悪夢、本当のN2になる」
人を捨てて悪夢になりきる決意を固める。
そしてもうそれ以外に余計な事は何も望まないと、心に誓うのであった。
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