その5
「それでエルシーは何を見ていたんだい?一人でさ」
ギアックに背を向けエルシーの肩を抱くミユキからは、「ギアック、テメーはもう消えろ」オーラが滲み……あふれ出ていた。
そんな子供らしい態度を目の当たりにして、ギアックは怒りよりも可笑しさを覚えてしまう。
(大人っぽい見た目の割にずいぶん幼稚な事するなぁ)
「えっ、えっ、えっとぉ、その、あの」
だが天使なエルシーにとってはそんな険悪な雰囲気は耐えがたがったようで、彼女は救いを求めるように視線を巡らせる。
そして―――あることに気付く。
「あれ?」
目を何度もしばたかせ確認したが間違いない。
あるはずのモノが無くなっている。
大掲示板に張り出されていた謎の赤紙の通達、それがこつぜんと消えていたのであった。
「あれっ?なんで?」
「…………」
小首をかしげるエルシーにギアックは目で訴えかける。
そして二人の視線がバチッと交差するとエルシーは「ああ」と納得したような表情になり、ミユキに向き直る。
「え、えへへ実は今日の晩御飯の献立を見てたんだ。二人でね!
それで私トマト苦手だから食べてくれない? ってお願いしてたの」
(ナイスだ。エルシー。さすが入団以来の腐れ縁)
赤紙の存在を微塵も匂わせない理想の回答をしてくれた同期に、
次回の「嫁にしたい推しメンは誰だ!? ドッキドキ総選挙1919夏」もエルシーに投票することを固く誓うギアックなのであった。
「なに? そんなことかよ? すっごく深刻そうな顔してたから何事かと思っちゃったよ。ダメだぜ? エルシーはちっちゃいんだから好き嫌いなんかしちゃ」
「もぅーひどいよミユキ!! わたしだってちゃんと成長してるんだから!?」
「ああ、悪い悪い。そうだな。たしかに出るとこは出てるもんな」
ポヨン
「も、もうっ、そういう意味じゃなくて―――あ」
「おうおう、全く何を食ったらこんなに育つんだか。アタシにも教えて欲しいもんだぜ」
「もう、あ、や、やめてよ、そんな、乱暴に、あっ、しちゃ、うん、ダメだって………………………ハッ!!!」
エルシーはそこでハタとギアックの方へと振り向く。
そこには血走った眼を大きく見開き、なぜか前かがみになっている同期の姿があった。
「ギアック……」
「テメェ……腰抜け……」
オーラの色が「ギアック、テメーはもう消えろ」から「ギアックもう死ねよ」に変化し始めているのを敏感に感じ取った青年は、敏感部分を刺激しないようにゆっくりと後ずさる。
「あ、あ、あー、あー、そ、そうだった。僕、今日、アレだ。アレの当番だった。アレをアレしなきゃ先輩にアレされちゃうんだ!! という訳でもう行っかなっきゃなー!! ゴメン!! それじゃそういうアレなんでそろそろアレさせてもらうね!! じゃあの!!!」
逃げるように去るとは正にこの事。
ギアックは二人の怨嗟の声を背後に聞きながら、前傾姿勢で一目散に駆け出して行った。
その後ろ姿を見てミユキは。
「アイツ……逃げ足だけは一級品だな……」
その余りの速さに驚嘆することしかできなかった。