その9
ビュンッ
「う、ううん…………!! こ、ここは!? あっ、くっ、くぅぅ、う、うぐぐぐ」
目を覚ましたエウリークは激しい痛みに顔を歪ませる。
骨が何本か折れているのか、突き刺さるような痛みが胸全体に広がる。
「く、くうううう、な、何が起きたのだ? わ、私は?」
痛みに耐えながらエウリークは気絶する前の記憶を辿ろうとする。
セシリアからの情報通り水の離宮には大量のダテンシが侵入してきていた。
それらを排除するためにエウリークは全団員を誘ってここに事前に待機していた。
そしていよいよ全軍を伴って攻め入らんとした時、それは起こった。
突如木々がなぎ倒され、巨大な怪物が現れたのだ。
今まで目にしたことも無いような禍々しい出で立ちの怪物、全長五メートルはあるその怪物は見た目の印象と寸分違わない凶暴さでもって騎士団員たちを薙ぎ払っていった。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
その突然の凶事に誰もが混乱し、指揮系統は寸断され、怒号と悲鳴が交差した。
右往左往する団員たちを何とかまとめ上げようとエウリークは必死に叫んだが、恐慌に支配された団員たちに言葉は届かなかった。仕方なく先を争って敗走を始める団員たちのしんがりを努め何とか退路を確保しようと奮闘していたが、この水の離宮の中庭まで辿りついたところで横合いから激しい衝撃を受け――――記憶はそこで途絶えていた。
「皆は、皆はどうしたというのだ? 無事なのか? うっ!!!」
首を巡らして周囲を観察した瞬間、その願望がほぼ絶望的であることをエウリークは理解してしまう。
「ま、まさか、ぜ、全滅? こ、こんな事が、こんな事が、うっ、お、おぇ」
その余りの凄惨さにエウリークは思わずその場で餌付いてしまう。
「こ、こんな、こんな、酷いことが、なぜ、なぜ起きたのだ? なぜなのだ?」
その問いに答えられる生者はこの場に一人もいなかった。
物言わぬ死体が散乱する空間はまるで黄泉の国のように静寂であった。
ビュンッ
その時、静寂を切り裂いくかのような鋭い風鳴りの音が聞こえた。
「何だ今の音は? だれか生き残りがいるのか!?」
音の発信源を求めて視線を彷徨わせると、少し離れた位置であの巨大な化け物がこちらをにらみながら屹立しているのが見えた。
「ひぃっ!!」
慌てて目を閉じて身構える。
………が、いくら経っても怪物が襲ってくる気配が無い。
こわごわと薄目を開けながら化け物の様子を伺うと。
ビュンッ
「む?」
化け物の様子が先ほどと少し違って見えた。
「な、なんだ?ど、どういう事だ?」
ビュンッ
その時またあの風鳴りの音が聞こえた。そしてそれと同時に怪物の巨大な腕が吹き飛んで地面に落下するのが見えた。
「な、な、何が起きているというのだ?」
そこでエウリークは化け物から少し離れた位置に誰かが立っているのに気付く。
それは夜の闇ように真っ黒いコートを身にまとった人物だった。
仮面を被っており人相は分からなかったが、中央に設置された紅い宝石がまるで巨大な目のように見えて不気味な印象を抱かせた。
(何者だ? 我が騎士団の者ではない。……そういえば最近巷で噂になっている男と風貌が一致している……ではあれが噂のN2という輩なのか?)
じっとその黒コートの人物、N2の動きを観察するエウリーク。するとN2の腕が目にも止まらぬ速さで上下した。
ビュウンッ
それと同時にあの鋭い音が響き、今度は怪物の足が中央から切断されて地面に崩れ落ちるのが見えた。そこでようやく何が起きているのかをエウリークは理解する。
(あれはN2の攻撃によるものか? 何か……鞭のような武器で……!?だ、だとしたら今の音は衝撃波だとでもいうのか!?)
鞭のような長い武器の場合、先端部に近づくほどその速度は加速度的に増していき、達人が振るうとその速度は音速を軽く超えると言われている。その際に生じる衝撃波が爆発のような音を発することがある、という事をエウリークは思い出していた。
だとしても、これだけ離れた距離で聞こえるのは、異常としか言いようがない。
「あ、あの化け物の手足を切断する程の威力……一体、どれほどの速度になっているのだ…………」
怪物はいつの間にか四肢を奪われN2の前に文字通り手も足も出ないような状況になっていた。倒れ伏した化け物にN2は容赦なく攻撃を加えていく。
ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ
化け物の悲鳴が聞こえてきてきてもおかしくない程の情け容赦ないその攻めに、エウリークは戦慄せざるを得ない。
「ヤ、ヤツは人間なのか? と、とてもそうは見えんが、い、いかん!!」
その時N2の背後に別の化け物が現れたのが見えた。
攻めるのに夢中で気付いていないのか、N2は振り向きもせずに執拗に倒れた化け物に攻撃を加え続けていた。
「う、後ろっ、ガハッ!!」
大声を出そうとした瞬間、骨が内臓に突き刺さったのか大量に吐血して視界が狭まる。
「くっ、くぅぅ、こ、こんな、時に、私は、私という男はっ」
何とか意識は失わずに済んだが、それがエウリークに出来る精いっぱいであった。情けなさで滲む視界にN2の背後に突進していく化け物の姿がぼんやりと映った。
「に、にげ」
そのつぶやきにも似た声が発し終えない内に化け物の体がN2に肉薄する。
エウリークはN2の死を確信して瞳を閉じる、
ビュウンッ
だが、あの鋭い音が再び響き、そっと目を開けると背後の化け物の頭部が吹き飛んでいるのが見えた。
「あっ!!」
痛みも忘れてエウリークはN2に見入る。どんな惨めな境遇にあっても彼も一介の騎士であると言えた。
「に、二刀流、だというのか」
見るとN2の左腕の袖口からも鞭のような武器が飛び出しているのが見えた。そして背中に目でもついているのか振り向きもせずにそれを器用に操り背後の敵を迎撃していたのであった。
「ア、アイツこそ本当の化け物なんじゃないのか……む?」
その余りの鮮やかな手際に感心していた一瞬の内にエウリークの視界からN2の姿が消えていた。
「ど、どこに消えたのだ!?ッ!!?」
その時エウリークは背後に誰か立っている気配を感じた。そしてこの場にいる自分以外の人間が彼以外にはあり得ないという事も理解していた。
なぜその人物が一瞬の内にここまで移動できたのか、自分になんの用があるのか、どちらも分からなかったがエウリークにはどうしても伝えたいことがあった。
「……見事な腕前だN2よ。このエウリーク=ビショット、感服した。お前程の優秀な戦士を私は見たことが無い」
心からの賛辞。同じ戦士としての矜持がそれだけを心の底から伝えたいと願っていた。
だが、N2はそんな賛辞にはなんら興味を示さず自らの疑問を口にする。
「なぜ騎士団がここにいるんだ」
「ん?」
仮面の奥のくぐもった声、なぜかその声にエウリークは聞き覚えがあるような気がした。
しかし誰だか思い出せない。しばらく考え込んでいると、それを無視と勘違いしたのかN2が再び強い口調で問いかけてくる。
「なぜ騎士団がここにいると聞いている!」
その声色に明らかな怒りを感じ取り、エウリークは慌てて応える。
「なぜ、と、言われても、我々騎士団の本来の任を為すためとしか言えないのだが……」
「つまりダテンシがここに来るという事を知っていたんだな」
N2がその情報を掴んでいたことの方がエウリークにとっては驚きだったが素直に頷く。
「ああ、そうだ」
「なぜ知っていた?」
「それは…………」
口ごもる。特に口止めはされていなかったが、それによって大事な人が不利益を被ってしまうのではないか、とエウリークは考えたからだ。
だが体を張って怪物と戦ってくれた勇者に対してそれは余りにも不誠実な態度だとエウリークは思い直し、紅い瞳を見つめながらはっきりと答える。
「正直に話そう。頼まれたのだ。我が主、騎士団長セシリア=グラディアート様にな。ここに現れるであろうダテンシを騎士団を率いて殲滅せよ、とな」
「そうか……」
その答えがどんな思いをN2に抱かせたのかは想像するしかない。だが心なしか仮面の奥の素顔はショックを受けているように思えた。
「なぜ、そんな無謀な事をアナタに頼んだんだ……?」
「無謀な事、か。フフッ、確かに破格の条件だったからな。もしかしたら彼女ははなからこうなる事を予想していたのかも知れん」
「どういう意味だ?」
「彼女は私に約束してくれたのだよ。今回の件が終われば私と正式に結婚してくれるとな。彼女の方からのプロポーズだ。断る理由もないから快諾させてもらった。……だがその代償がこの結果とは……くっ、わ、私はなんと愚かな副団長なのだ……なんと言って皆に詫びれば……くっ、うぅ」
最後の方には顔を覆いながらエウリークは自らの不明を恥じていた。そんな哀れな副団長に対して糾弾の声はどこからも上がらなかった。
「…………N2?」
手を下すと目の前にはすでにN2の姿は無かった。
最初からそんな人物などいなかったかのように気配すら残っていなかった。
見上げると先ほどの鞭のような武器を器用に操りながら水の離宮の屋上へと昇っていく黒い人物の後姿が一瞬見えた気がしたが、それすらも幻のように感じられ、エウリークはそっと目を閉じた。
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