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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第5章 ステキな悪夢
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その8

 水の離宮の裏手、植樹された針葉樹が生い茂る森の中にその集団はいた。


 訓練用ではなく実戦用の武器防具に身を固めたミレニム騎士団の一団である。



 つい先ほどまではここにいる誰もがなぜ自分たちが招集されたのか誰も知らなかった。


 だが今は全ての団員が状況を理解していた。



「ダテンシが……? ウソでしょ……?」


 動揺がさざ波のように広がっていく。臨時招集をかけられ集められた見習い騎士たちもそれは同様だった。



「諸君、静粛に!!」


 騎士団員をこの場に集めた張本人、副団長エウリーク=ビショットのよく通る声が夜の森に響き渡る。


「皆の動揺は分かる。だがこれは事実だ。現に今扇動者と大量のダテンシによってこの水の離宮は占拠されてしまっている。このミレニムを死の大地に変えようという恐ろしい目論見がなされている最中なのだ」


 落ち着いた口調で淡々と語るその様子から、エウリークには焦りや動揺は微塵も感じられなかった。

 そんな堂々とした態度を見て団員たちの動揺も少しおさまっていく。


「我々騎士団はそれらを全て排除し、このミレニムに平穏を取り戻さねばならない。それが我々の義務であり、使命でもある。皆の双肩にはこのミレニムの、ここに住む人々の全ての運命がかかっていると思っていい」


 一段高い壇上から一人一人に語り掛けるようにエウリークは声を発する。


「だが何も心配することはない。普段からダテンシを狩ることに長けている諸君ならこの度の困難も必ずや乗り越えられると私は信じている。緊張することなくいつも通りの働きぶりを見せてくれ。そして無事に我らがミレニムを守り抜き、共に英雄と称えられようではないか!!」


 最後の鼓舞が終わる頃には騎士団員たちの中で恐れを抱いている者はほとんどいなかった。誰もが使命に燃え、やる気に満ち、中には雄たけびを上げる者もいた。もしかすると普段とは違ったシチュエーションのダテンシ狩りに興じれる事に喜びを見出していた者もいたかもしれない。



 そんな中、一人エルシーだけは不安を隠せないでいた。


(ちょっと待って! そんな単純な話なの? だってあの時……)


 エルシーはつい先日のダテンシ狩りの事を思い出していた。霧が晴れた後に目の前に倒れていたぺしゃんこに押しつぶされた名も知らぬ騎士の死体の事を。


 なぜかあの時のことは公表されておらず詳細は明らかにされていなかったが、エルシーはたしかにダテンシらしき巨体が騎士を押しつぶす瞬間を目撃していたのだった。


 そしてミレニムにまで侵入してきたというダテンシたち、それはいつもの温和な鈍亀なのだろうか、それともあの時見たような狂暴なダテンシなのではないだろうか、とても楽観できる気分ではない。


(ど、どうしよう!? もしあの時と同じだったらマズイよ!! 皆知らないんだ!! あの時に起きたことを!! どうしようギアック!?)


 不安が胸いっぱいに広がり、事情を共有している同期の姿を探し求める。しかし配置も隊列もバラバラの群れの中からその姿を見つける事は出来ず、エルシーは縋るように前髪に着けられた髪留めに触れて不安をやり過ごすことしか出来なかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



(これで十体目)

 倒したダテンシの数を数えながらギアックは戦況を分析する。扇動者が誘導印込みで管理できる数はA級扇動者で約五十体と言われている。


 その数にはギアックもおおむね賛同していたので、今のところその五分の一を始末し終えた計算になる。普通に考えれば絶望的な頭数だがN2と化したギアックにとってはむしろ少なすぎる程であった。


(夜明け前までには問題なく片付きそうだな)


 両前脚を回転させながら威嚇してくる鈍亀から距離を取り、数メートル離れた位置でギアックはテンタクルエッジを射出させる。すでに手慣れたもので剣先で直接欺核を貫き苦もなく始末していく。


「十一体目。おっと」


 今のところほぼ無敵のテンタクルソードであったが、弱点もあった。


 精密攻撃をする際には体を地面に固定させないと命中率が下がる事であった。それほどまでに射出時の衝撃は強い。


(まあ、もう少し慣れればそれも解決できそうだな)


 そして背後から突進を仕掛けてきた鈍亀を横に飛んでやり過ごしながら、戯れに足元にワイヤーを射出して転倒させてみる。


ドシィィィィンン



 激しい地鳴りと共に砂埃がたつ。うつぶせになった鈍亀は微動だにしない。



「あっ」



 そこでギアックは自らの失態に気付く。

 うつぶせの状態、それは普段の鈍亀の状態、つまり頭部前面にある欺核を狙い打つことが出来ない状態。


 ギアックの思惑を察知したのか鈍亀は立ち上がらずに普段の四つん這いの体勢で再び突進を仕掛けてきた。地面との隙間は狭くとても潜り込めそうもない。



「だったら……そろそろ試してみるか」


 そう言いながらギアックは懐からナイフを取り出しそれを鈍亀と地面の隙間に向かって投げつける。


 しかし水平軌道のそれでは欺核にはもちろん届かない。


 ナイフが鈍亀と地面の空間をそのまま素通りしようとした瞬間、ギアックは意識を右腕に集中させた。



 直後にテンタクルエッジが勢いよく射出され、先発して放たれていたナイフに追い付きその柄の部分に接触する。



 キィィン


 弾き飛ばされる形になったナイフは絶妙な角度で鈍亀と地面の隙間に吸い込まれるように消えていった。



 そして四つん這いになって猛進していた鈍亀はギアックに衝突する瞬間、白化し崩れ落ちる。



 ギアックは肩についた砂を払いながら身器統一の感触を実感する。



「この調子ならあともう少しだな。うん?」


 その時、ギアックは何か悲鳴のような声を聞いた気がした。



「何だ?」


「…………………ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~!!!!」


 その疑問は覆いかぶさるように上がったさらに大きな悲鳴によってかき消されてしまう。


「誰かいる? ……まさか」



 空気に不穏な臭い、血の臭いを敏感に感じ取ったギアックは先ほどの叫び声のした方角へと駆け出していた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 現場に到着したギアックは凄惨なその状況に言葉を発する事が出来なかった。



 踏み荒らされた花壇の上に人の頭部が転がっている。


 いや、頭部だけではない。


 所々陥没した地面の上には腕や足も無造作に散らばっていた。


 その数はざっと見ただけでも数十、およそ数え切れるものではなかった。



 その時雲間がちょうど切れて月明りが周囲を照らし出した。


 どこかの水源に血が混ざってしまったのか噴水の色は真っ赤に染まっていた。



「こ、これは……」



 一歩後ずさると踵が何かに触れた。


 足元に誰かが倒れていた。その人物の顔を見て絶句してしまう。見知った顔だったから。



「ダ、ダイアン、な、なぜキミがそんなところに…………」



 それは同僚の見習い騎士だった。お調子者で皆のムードメーカー的な存在だったが、今日はいくら待ってもその口から普段のような冗談が飛び出してくることは無かった。



 彼の胴体から下はどこにも見当たらなかった。



 いつも楽しそうに笑っていた顔には今は恐怖と苦痛が張り付いており見る影もなかった。


 ギアックに対して偏見を持たず、仲間内からも好かれていた彼は決してこんな悲惨な最期を迎えていいような人間では無かったはずだった。



「なんで、こんなことに……!!!!」



 その時、ギアックはあるモノを見つけてしまう。




 血だまりの中で光り輝く物体、



 見覚えのある花模様、


 それはつい先日、ある少女にプレゼントしてあげた、生まれて初めて異性に贈ったささやかな贈り物、花模様の可愛らしい髪留めだった。



 それが真っ二つに折れて血だまりの中に転がっていた。


 その傍らには押しつぶされて、元が何だったのか分からないほど無残に形を変えた死体の姿があった。


 その死体が誰だったのかを悟った瞬間、口から自分の声とは思えない叫び声が上がっていた。






「う、うぁあぁああぁぁああぁああぁああああぁああああああああああああああ!!」



 視界が真っ赤に塗りつぶされる。



 大切に慈しんできた平穏が猛烈な勢いで崩れ去っていく。



 エルシーの明るい声、屈託のない笑顔、それらがもう二度と失われてしまったのだという事実が鋭い痛みとなって全身を駆け巡る。



 辛い、悲しい、苦しい。



 激しい負の感情が渦巻いて内側から体を突き破ろうとしてくる。



 その痛みにギアックは耐えられそうになかった。



 その時、不意に声が聞こえてきた。



 それはよく知っている声。




 ギアックはその声に救いを求める。そしてそのまま身を委ねる。



 

 《コイヨギアック》




 すると先ほどまで全身を苛んでいた痛みがウソのように消え去っていく。



 後に残されたのは感情の消え去った冷たい刃のような心だけ。



 そしてギアックはそのまま何もかも忘れて破壊する意志となり果てていった。



 それは皮肉にも、エルシーの死がきっかけとなりテンタクルエッジとの身器統一が完成した瞬間でもあった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


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