その4
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バタンッ
扉が音を立て激しく開かれる。
その音で、今現れた人物がどのような状態なのかがギアックには良く分かった。
セシリアはそのまま無言でツカツカと執務机まで歩を進め、飛び乗るように乱暴に椅子に座る。
「全く我が身内ながら呆れるほどに愚かだ!! 情けなくて涙も出ない!!」
そして座るなり大声で愚痴をこぼし始める。
彼女は今朝がた父でありミレニム領主でもあるグラム氏に掛け合い、臨時の避難宣言を出してもらう交渉をしていたのだが、今の話しぶりから察するにどうやら交渉は決裂に終わったらしい。
「ダメだったんですか」
「ダメどころの話ではない。私は父に会えすらしなかった。あの秘書気取りの傲慢な姉の所為でな。こんな有事にまで跡目争いを持ち出すとは本当に愚かな女だ!!」
「それじゃ避難の件は……」
「一応書面にはしたためて叩きつけてきたがあの女の事だ。破り捨てられていてもおかしくはないだろうよ」
セシリアは吐き捨てるように言う。
「そうですか。なら仕方ありませんね」
「仕方ない? 何が仕方ないのだ? 避難宣言を出させろと言ったのはお前ではないか!! なぜそんなに簡単に諦めてしまうのだ!?」
「諦めてはいないですよ。ただ時間は今日と明日の夜までしか残されていないんです。いつまでも薄い望みにすがってても仕方がありません。とりあえず今出来る事をしましょう」
「今できる事だと? 何をしようというのだ?」
「とりあえず現地調査ですね。敵の目的地は分かってるんですからそこに何か仕込めないかと思いまして」
そう言いながらギアックはすでに扉を押し開けて部屋を後にしようとしていた。
「目的地? ま、待て、私を置いていくな」
すぐにまた椅子から乱暴に飛び上がると、スタンドから帽子を引っ掴んでセシリアはギアックの後を追いかける。
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ミレニム中央の目抜き通りを脇に逸れて北東にしばらく進むと坂道が現れる。
その緩やかに曲がりくねった坂道を上っていくと、やがてミレニム大神殿の巨大な威容が目に飛び込んでくる。
全高三十メートルにも及ぶ大神殿は数十本の柱によって支えられており、所々欠けて風化してはいたがそれがむしろ歴史の重みとある種の荘厳さを見る者に感じさせた。
大神殿の前面は広場になっており、今日も観光客や祈りを捧げる者で賑わっていた。
「ここが大神殿かぁ」
間近に見るその威容にギアックは感嘆の声を漏らす。
「なんだ、ミレニムに住んでいるというのにここは初めてなのか?」
「ええ、実はそうなんです。いつか来ようとは思ってたんですが中々機会がなくってずるずると。でもやっぱり実物を見ると凄いですね。来てよかったなぁ」
その観光気分丸出しの発言に、セシリアはこめかみを抑えて呆れる。
「それでここに来て何をしようというんだ? まさかお前ただの観光目当てでここに来たんじゃないんだろうな?」
「ソ、ソンナコトアルワケナイジャナイデスカ……」
疑いの眼差しを向けられたギアックは挙動不審に視線を泳がせていた。
「お前本当に信じていいんだよな……?」
「だ、大丈夫ですよ。言ったじゃないですか現地調査って。レコンキスタ教団は他宗教の神を認めていません。だから神殿なんて真っ先に狙われて……ホラ! やっぱり僕の思った通りです。ここには敵の痕跡が残されています」
「痕跡だと? いったい何のことだ?」
「だから誘導印ですよ。あると思ったんですけどやっぱりありました」
「誘導印? なんだそれは?」
耳慣れない単語にセシリアは疑問を口にする。
「そうですね。実際見てもらった方が分かりやすいですかね」
そう言うとギアックは唐突に地面をなで回し始める。
するとすぐさま直径一メートルほどの光り輝く魔法陣が地面に現れ、そしてすぐに輝きを失いタイルの目地と同化して見えなくなってしまった。
「なんだ……今のは!?」
「今のが誘導印。扇動者がダテンシを誘導する際に使用する、まあ標識みたいなものです」
そしてギアックは扇動者の能力について説明する。
「扇動者の能力は大まかに言って二種類です。ダテンシを活性化させて本来の能力を引き出す鼓舞、そして心を通わし意のままに操る操愚。前者は比較的容易でB級扇動者でも使えるんですが、後者ともなるとA級クラスと呼ばれる優秀な扇動者ですら四、五体が限度なんです。まぁ自分の精神リソースを使ってダテンシの意識を乗っ取るわけですからそれだけでも驚嘆すべきことなんですが」
「それと今の誘導印がどう関係しているというのだ?」
「例えば一つの都市を攻め落とす時にどれだけのダテンシが必要か分かりますか?」
「見当もつかん」
「ミレニムほどの小……この規模の都市ならだいたい五十体ほどになると思います」
「五十体か……あの凶暴化した状態では相当な脅威だな」
多くの騎士が一体のダテンシに為すすべもなく虐殺された光景を思い出しているのだろうか、セシリアの表情は険しい。
「そうです。ですから教団に目をつけられたらまず助かりません。ただ先ほども言った通り優秀な扇動者でも操れる数は数体が限度です。だからこそこの誘導印がどうしても必要になるんです」
地面を爪先で示しながらギアックは続ける。
「これには一つの操愚命令が記されているんです。真っすぐ進めとか、ここで暴れろとか。それくらい単純な命令なら扇動者が描いたこの印の力だけでダテンシを従わせることが出来るんですよ。扇動者の数は少ないですから都市を攻める際にはこの誘導印が必須となります」
そう淡々と語るギアックはいつしかセシリアが自分をじっと見つめているのに気付いた。
「あの、どうかされましたか?」
「いや、ただやはりお前は本当に扇動者だったのだなと、改めて思っただけだ」
逃げるように視線を逸らすセシリア。その態度に胸が痛まなかったと言えばウソになるが、ギアックはあえて気にしない。
「さて、それでですねセシリア様。残念なことにここには誘導印が隙間ないほどびっしりと設置されています。おそらくかなり前から周到に準備していたのでしょうね」
「そうか……我がミレニムの地にそのような忌まわしい刻印がなされていたとはな……奴らの目に安穏と暮らしている我々はさぞや滑稽に映っていたことだろう」
今も神殿前で祈りを捧げる信徒を眺めながらセシリアは忌々し気に爪を噛む。
「ですがこれはチャンスでもあります。誘導印を感知出来るのは同じ扇動者の力を持った者だけ。僕なら仕掛けられた誘導印を全て見破ることが出来る。そして誘導印はだいたいがダテンシの進路上に沿って設置されるのです」
「進路上だと……」
その言わんとしている事を察し先回りしてセシリアは叫ぶ。
「そうか!!これを辿れば奴らの侵入経路が分かるというわけかっ!!」
ギアックは無言で頷く。
その事実がどれだけセシリアたちに有利に働くかは想像に難くない。上手く利用すれば罠を仕掛けていたつもりの狩人の裏をかくことすら可能になるのだから。そして二人は大神殿を後にし、地面を眺めながらミレニムの街を練り歩いた。
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