その3
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「……ああ、そうだ。クイーンはオレとお前の二人に任せると言った」
暗く灯りの途絶えた教会内に男の声が響き渡る。
男は一人、背を丸めながら通信石に向かって話しかけていた。
「……なに、心配するな。鈍亀級の扱いには慣れている。お前は自分の任務に専念してくれればいい」
男の身体は鋼のように鍛え上げられており、ムダな肉など一かけらも無くまるで筋肉の鎧をまとっているかのようであった。
顔は彫りが深く、眉間には長年の経験によって出来た深いシワが刻まれており、男の強面さがより一層強調されている。
また声の調子からは、男が妥協や懐柔などを一切受け付けない厳しい性質である事までもが伺えた。
「……それよりお前、体の方は大丈夫なのか?」
だが、いま通信石に語りかけた声色はとても穏やかだった。
まるで向こう側にいる人物を心の底から思いやっているように。
「…………そうか、ならいい。……ここを聖地返上したあとオレは教団を抜けるつもりだ……お前のおかげでようやく決心できた。今まで苦労を掛けてすまなかったな」
謝罪の言葉を口にする男だったが通信石からはそうではない、と否定の言葉が返ってくる。その意味に気付いて男は破願する。
「そうだな。お前たち、だったな。すまないと伝えておいてくれ」
男はそう言うと手元を操作して通信を終える。途端に教会内の闇が濃くなる。
「……二日後の満月の夜に全てが決する。ゼノ神よ、我にどうかご加護を与え給え」
男は決意を新たに祈りの言葉を口にする。
その神の名は人々に恐怖と絶望を与えたレコンキスタ教団の主神の名であった。
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「うおりゃぁぁぁぁ~~~~」
「そりゃあぁぁぁぁ~~~~」
「どりゃぁぁぁぁぁ~~~~」
中庭に訓練に励む見習い騎士たちの掛け声が飛び交う。
しかしその中にいつも快活な少女の掛け声は無い。
「あら?どうしたのエルシー?どこか体の具合でも悪いの?」
「あっ、教官。いえ、そういうわけじゃないんですが……」
修練場の隅で膝を抱えながら訓練の様子を眺めていたエルシーに、教官は心配そうに声を掛ける。
「今日はわたしとペアを組んでくれる人がいなくて……」
「ペア? ああ、そういう事。ギアックは誰か他とペアを組んでるの?」
「違うんです。今日は体調不良でお休みなんです。はぁ、昨日のこと気にしてるのかなぁ、はぁ……」
何度も大きなため息をつきながらエルシーは自らの膝の間に顔をうずめて何事かを呟く。その時教官はエルシーの小さな変化に気付いた。
「あらエルシー、今日はずいぶん可愛らしい髪留めをつけているのね」
「ああ、コレですか。へ、ヘンですかね」
「そんなことないわよ。とってもよく似合ってるわ。ふふ誰か大事な人からプレゼントでもされたのかしら?」
「えっ、ちょ、ちょっと何言ってるんですか? ち、違いますよ。そんなんじゃないですって」
耳まで赤くして大仰に否定するエルシー。その様子を見て教官は小さく笑う。
「ふふっ、エルシーって分かりやすいわね。ねぇ誰からもらったの?」
「そ、それは言えません」
口を閉ざすエルシーだったが、その態度は教官の嗜虐心を刺激しただけであった。
「もしかしてギアックからもらったとか?」
「なんで分かったんですか!!!はっ!?」
教官は体を折り曲げて口元を抑えながら笑いに耐えていた。
その様子を見て自分がカマをかけられたのだという事をエルシーは理解する。
「教官……ひどい」
「あははっ、ご、ごめんね。でも本当にアナタって分かりやすいわ。もちろん本人には言わないから安心して」
「……当然です」
「でも、そっかぁ、エルシーがギアックをねぇ、でも私はいいと思うわ。アナタ達ってとってもお似合いに見えるもの」
「か、からかわないでくださいよ」
「からかってなんかないわよ。傍から見ててもアナタ達とっても相性いいわよ。それに修練中のエルシーの攻撃を受け流せるのはギアックしかいないものね」
「受け流す? まあ確かにギアックはいつものらりくらりとしてますけど」
「それにギアックだってきっとエルシーのこと気になってるはずよ。そうでなきゃあんな毎回命がけで修練に付き合ったりはしないわよ。男ってのは好きな娘の前じゃ見栄はっちゃうものだしね」
「……良く分からないですけど……そういうものなんですか」
「そういうものなのよ。だからそんなに不安そうな顔しないで。エルシーが元気ないと私まで調子狂っちゃうんだから」
「教官……はい、分かりました」
エルシーは立ち上がると自分の頬を叩いて気合を入れる。その表情には普段の快活さが戻っていた。
「ありがとうございます。ちょっと元気でた気がします」
「よろしい。ならせっかくだから今日は私と一緒に組んでみようか」
「えっ!? 教官とですか? 私はかまいませんけど、その、大丈夫なんですか?」
「私を誰だと思ってるの? 遠慮なく打ち込んできなさい」
「は、はい。分かりました」
教官の腕前は騎士団内でもかなりの上位にある。人によってはエウリークよりも腕が立つという者もいるが、まだ入団してから日が浅いため、こうした見習い騎士たちの世話役という閑職に甘んじているというのが専らの噂であった。
「いやぁ!!」
その噂どおり最初は遠慮がちに打ち込んでいたエルシーも、教官の流麗な動きに翻弄されいつの間にか本気で攻め込んでいた。
何度も攻撃がいなされて余裕を失ったエルシーは、一歩大きく踏み込んだ瞬間段差につまずきバランスを崩してしまう。
「あっ!!」
耐えきれずに前かがみに倒れ込む瞬間、
頭の上で声がした。
(えっ?)
ドシン!!
「あら、エルシーだいじょうぶ? 足もつれちゃった? ちょっと休憩にしましょうか」
「は、はい」
教官は額の汗を拭きながら隅にある備え付けのベンチに向かって歩き始めていた。その後姿を見送りながらエルシーは先ほど聞こえた声について考える。
(なんだろう?聞き間違いかな?)
いくら考えても理由は分からない。かといってわざわざ本人に確認する気にもなれない。
「どうしたのエルシー? はやくいらっしゃい」
「あっ、はい。すみません」
エルシーは先ほどのは聞き間違いか、もしくは幻聴だと判断して教官の元へと走り寄っていく。
なぜなら教官があんな事をいう理由がない。
ごめんなさいなんて、謝る理由がない。
いくら考えてみても、目の前で朗らかに笑う女性が先ほど深刻そうな謝罪を口にしたとは思えなかった。




