その2
一瞬目を見開いたがセシリアは何も言わなかった。ギアックは続ける。
「扇動者の力を持つ者は教団内でも貴重で僕を含めて十数人しかいませんでした。だから全員の顔は知っています。そしてその内の一人と今日ミレニムで再会したんです」
シエラ、かつて扇動者として同じ時を共に過ごした少女。
「当時からアイツの資質はずば抜けていました。多分あのまま成長していたとすれば、今頃A級クラス以上の扇動者になっていてもおかしくはありません。そして今日話した時の口ぶりから今のレコンキスタ教団の中心人物だと思われます。そいつが僕に告げたんです。二日後にこの街でパーティが始まると。それはつまり二日後にこのミレニムを聖地返上するという予告に他ありません」
ギアックは足りなかったピースを埋めるように言葉を紡いでいく。そしてその度に自分の世界が壊れていくのを実感する。それでも止めはしない。今感じている脅威を最後に同志に伝えなければいけない、その思いが口を動かしていく。
「A級クラスの扇動者ならミレニムごときの小さな街を壊滅させるのに一日もかかりません。これで貴女が今から何をなさらなければならないか、お分かりになったでしょう」
ギアックは口を閉じる。後はセシリアの懸命な判断に任せるだけだった。
その後に自分にどのような罰が下ろうが、それはもう甘んじて受けるしかない。
いつかどこかで下ると思っていた。それが今日この時ようやく訪れただけのことである。
無言で話に聞き入っていたセシリアは一つ咳払いすると口を開く。
「話はそれで終わりか」
「はい」
「そうか。なら」
パンッ
「ッ!!」
セシリアの全力の平手打ちが飛ぶ。
「何がミレニムごときの小さな街だ!! 黙って聞いていれば抜かしおって!! 我が領地を愚弄することはそこを治めるグラディアート家を、ひいては私を愚弄することに等しい発言だっ!!」
「は、はぁ」
間の抜けた声がギアックの口から洩れる。
「謝れ。そしてもう二度と私を愚弄しないとこの場で誓え」
「なっ、何を言ってるんですか、そんなことどうでも」
「どうでもよくなどないっ!! さっさと言わんかっ!!」
《冷鉄の女》の烈火のような怒りを前にして逆らえる者など誰もいない。
「も、申し訳ありません」
ギアックは促されるまま頭を下げる。
「あとは?」
「も、もう二度とミレニムを、セシリア様の事を侮るような発言は致しません」
「よし、いいだろう」
満足したのかセシリアは大きく頷くとギアックの手を取りそこに自分の手を重ねる。
「今の謝罪と宣誓を持ってギアック=レムナントの罪をミレニム騎士団団長セシリア=グラディアートが免じる。さあこれでお前にはもう何の罪もない。堂々と胸を張って生きるがいい」
宣誓は厳かな声でなされた。
その清廉な響きに本当に全ての罪が洗い流されたような錯覚すら覚えてしまいそうになる。
「貴女は……何を言ってるんですか?」
「何をだと? 今言った通りだ。お前の全ての罪を私が赦してやった。戦時では騎士団長自らが裁判官を務めたという前例もある。何の問題もない行為だ」
「問題ないって……僕の話聞いてなかったんですか!? 僕は扇動者だったんですよ!?僕の犯した罪はそんな簡単なものじゃない!! 全ての罪を赦すだなんて貴女ごときにそんな権限があるわけないでしょうがっ!!」
「おい貴様、その物言いさっそく誓いを破るつもりか?」
セシリアは真顔でじっとギアックの顔を見つめる。深い碧に意識が吸い込まれそうになる。
「お前は我が騎士団の見習い騎士だ。だから騎士団の法に沿って裁いたまでだ。その際ついでに昔の罪まで一緒に清算してやっただけだ」
「そんなの方便にしか過ぎません!!」
「だとしてもだ!! それにお前は先ほど私を同志と言ったな。同志というのは志を同じくするだけではない。助け合う者同士の事だ。もしお前が罪の意識に囚われているというなら半分よこせ。背負ってやろう。もし裁かれるなら私も一緒に裁かれてやる。だから安心しろ」
「何でそこまで……」
「私は騎士団長だ。目の前で団員がウジウジ悩んでいるのを見過ごせるものか。それともお前はまだレコンキスタ教団の残虐な扇動者だとでもいうのか?」
「それは……僕は……」
全てを無に帰してミレニムに来たのは何のためか。
考えるまでもない。血の匂いがしない平穏な生活がしてみたかったからだ。それがどんなに狡く、卑怯な事だとしてもその願いだけはどうしても捨て去ることが出来なかった。
「僕は……ミレニム騎士団の見習い騎士……ギアック=レムナントです」
その発言を聞きセシリアはニヤリと微笑む。
「ならやはり何の問題もないな」
その笑顔を見てギアックはこの女には一生頭が上がらないと実感した。
「それにしてもお前は道理を知らん男だな。どんな罪を犯した悪人でも絶対に糾弾されん方法が一つだけあるではないか」
そしておもむろにギアックの背後の本棚に手を差し入れる。
すると本棚が前へと迫り出し隠し扉が現れる。そこはクローゼットになっており、そこから紫色に輝く漆黒のコートを取り出す。
「英雄になればいいのだ。犯した罪の重さに釣り合うだけの善行を為して英雄になればいい。そうすれば誰もお前の過去など気にしなくなる。やがて人々から与えられる感謝と喝采によって今心中に巣くっている闇すら振り払われるだろう。行動でお前という人間を示すのだ」
そしてコートが差し出される。
「手段は与えてやる。だから命がけでミレニムを救え。それがお前が唯一出来る贖罪だ」
今までまともに向き合おうとしなかった暗器コート。
ギアックはここにきてようやく直視することが出来た。
紫色の禍々しい輝きがなぜか今は頼もしく映る。まるでそこに秘められた力が視覚から流れ込んでくるようだった。そしてそれを身にまとった時の全能感までもが蘇ってくる。
(そうだ……このコートはダテンシを滅ぼすために作られたんだ。そして伝説の金属で作られている。もしコイツの性能を限界まで引き出すことが出来れば……)
ダテンシを滅ぼす事を夢見た少女の想いが具現化したコート。
そこに秘められた可能性が何なのか、ギアックにも予想がつかなかった。
だが何か大きな可能性を秘めている事だけは間違いなかった。
それこそ本当に、この世界からダテンシを滅ぼし尽くせるほどの可能性があるのかもしれない。
差し出されたコートを手に取りギアックは決意する。
「……分かりました……僕は初めて自らの意志でこのコートを着ます。そして決して覚めることのない悪夢をダテンシたちに見せてやります。N2という悪夢を」
その宣言をした途端、ギアックは長かった停滞の時が終わりを告げた気がした。
そしてその時のギアックは、彼がミレニムに訪れてから初めて見せた本気の顔をしていた。




