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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第5章 ステキな悪夢
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その1

 その日は静かな夜だった。いつものN2による清掃活動もない退屈極まりない夜。自分の執務机で書類整理を行っていたセシリアはいつしか退屈に抗い切れずうとうとと眠りに落ちていた。


 そしてふと目を覚ますと目の前に一人の男が立っていた。

「……なんだこんな夜更けに? 例の武器が出来上がるまでは休んでいいと言っただろう。それとも何だ?私を夜這いにでも来たというのか?」


 普段の冗談まじりの口調で目の前に立つ男―――ギアックに話しかける。いつもなら狼狽して慌てふためくところなのだろうが今日に限ってはなぜか反応がなかった。


「どうかしたのか?」


 その態度を不審に思って尋ねると、


「お願いがあります。すぐにミレニムの全住人を街から避難させてください」


 荒唐無稽な返答がかえってくる。


「何の冗談だ?」


「冗談じゃありません。お願いです。今すぐ、貴女の権限を使って皆を避難させてください。出来るでしょう。領主の娘で騎士団長でもある貴女なら、ダテンシを滅ぼそうなんて壮大な目的を掲げる貴女ならそれくらいわけないでしょう!!」


 興奮して途中から失礼な物言いになっている事にすらギアックは気付いていないようであった。


 そんな無礼な従者に対する返答は決まっていた。


「ムリだな」

「なんで!!」


「怒るな。別に悪意があって言っているわけじゃない。確かに騎士団長には即時避難宣言を発令する権限が与えられている。だがそれは災害などで住民の生命に危険が差し迫った時に限られている。さらに緊急議会で議員三分の二以上の賛同が得られなければならないのだ。やれと言われてすぐに発動できるものではない」


「生命の危険……議会の承認……」


「それがミレニムの法だ。この地に住まう者ならどんな事情があるにしろしたがってもらわなければならない」


 そう毅然と言い放つセシリアに対し、駄々をこねる子供のようにギアックは激しく首を横にふる。


「そんな悠長な事をしているヒマはないんだっ!!……だったら今すぐ全住民の生命を脅かすような危険が起きればいいわけですね?」


「何だと?」


「例えば悪人だけを標的にしていたN2が突如一般市民にもその牙をむくような事になれば、それは住人の生命に危険が迫った事態と言えるんじゃないですか?」


「……さすがにふざけ過ぎだぞ」


 もちろんふざけてなどいないのは声のトーンで理解している。それでもミレニムの治安を預かる者としてセシリアはそう言わざるを得なかった。


「コートを貸してください!」

「ダメに決まってるだろう!」

「なら勝手に借りていきます」

「ダメだっ!!」

「………………」


 ギアックは本棚の前で制止する。そしてそのまま動かなく、いや動けなくなる。


「本当にそんな事を望んでいるのか……?」


 背中越しにセシリアの声が聞こえる。


 いつぞやのようにセシリアは手を回してギアックの胴にしがみついていた。

 だがその力は以前とは違い非常に弱弱しいものだった。


「そんな事をするな……お前らしくないぞ。戻ってこい」


 命令なのかそれとも懇願なのか、判別できない程にその声は小さかった。それを聞いてギアックは先ほどまでの決意が揺らぎかける。


「もしかして仕返しのつもりなのか?いつも無茶をいう私を困らせたいのか? だったら謝ろう。すまなかった」


「……そんなんじゃありませんよ」


 自分でも驚くくらい穏やかな口調でギアックは答える。

 とたんに抱き留めるセシリアの腕に力がこもる。


「なら理由を話してくれ。お前がそこまで追い詰められている理由を。もし正当な内容なら私から父に便宜を図ってやれんこともない。まずは事情を知らんことには協力しようがない。それとも……もしかして私には言えないような事なのか?」


 探るように問いかけてくる主の不安が背中越しに伝わってくる。


 それを拭い去っていますぐ安心させてやりたい、そんな衝動に駆られる。


 ギアックは諦めたように一つ大きなため息をついた。


「はぁ……分かりました。話しますからそろそろセシリア様も離してください」


「それは出来ない。お前はウソつきだからな。手を離したらそのまま逃げてしまうだろう。だから拘束は解かない。このまま話せ」


「僕はとことん信用がないんですね」


 見透かされている事にギアックは動揺と、そして少しばかりの安堵を覚えた。

 仕方なくそのままの姿勢で話す。


「……セシリア様はレコンキスタ教団のことはご存知ですか?」


「レコンキスタ教団……か、久しぶりにその忌まわしい名を聞いたな」



 レコンキスタ教団、それは最強最悪の狂信者の集団の名であった。


 世界をダテンシたちの理想郷として作り変えなければならないという歪んだ思想に囚われた妄信の徒たち。


 彼らの教義では人間は悪魔と契約してダテンシから大地を奪った罪深い簒奪者であり、全ての大地をダテンシに返上しなければその罪は清められないとされている。


 だから彼らは人の手から大地を取り戻す聖戦、彼らの教義でいうところの聖地返上レコンキスタを開始した。


 そしてその聖戦は人類が今まで経験したことのない未曾有の破壊をもたらしたのであった。


 たかだか数百人しかいない小規模の教団の手によって……人類は滅ぼされかけたのであった―――


 


「しかしそれは愚問だな。あのブレスト・レティシアの悲劇の生き残りである私が知らぬわけがないだろう」


 セシリアの言うブレスト・レティシアの悲劇とはレコンキスタ教団によって引き起こされた惨事の中でも最も被害が大きい事件であると言われている。


 大陸中央に位置する大都市ブレスト・レティシア、その数万もの臣民が暮らす平和な街が一夜にして壊滅させられたのだ。生存者はほぼいないと言われていたが……


「それでどうしたというのだ? もう消滅した教団が今さら何だというのだ?」


 そのブレスト・レティシアの悲劇がきっかけとなり、大陸中央の全騎士団が総力を挙げてレコンキスタ教団に決戦を仕掛けたのであった。


 その戦いは半年にも及び、そしてある日唐突に終了した。


 教団が根城としていたファーブルの森内部で突如起こった謎の大爆発「救世の浄火」によって森そのものが跡形もなく消滅してしまったのだ。


 その巨大な焔柱は海を挟んだ隣の大陸でも観測されたとも言われている。


 そして最強最悪の狂信者の集団と恐れられたレコンキスタ教団は文字通り地上から完全に消え去った。それが史実である。



 ギアックもその事は誰よりもよく知っていた。



 なぜならあの爆発を起こしたのは他でもない自分自身なのだから。そしてあの状況で生き残れる人間がいる訳がない、そう信じていた。



 だが、それは先ほど紅い目の少女と出会う前までの話。



「……もし教団内に生き残りがいて、今も活動を続けているとしたら? そしてその中に扇動者も残っていたとしたらどうします?」


 扇動者


 それは聖地返上の最前線に立つ戦士の称号。


 そしてその扇動者の存在こそがたかがた数百人規模の一教団を、最強最悪の狂信者の集団とまで言わしめた一因である。


 扇動者はダテンシと心を通わす事が出来る。


 そしてその力を使い、ダテンシを活性化させ意のままに操る事が出来た。


 その能力は戦場において正に圧倒的という他なく、一体のダテンシを止めるにはその数百倍の兵士が必要とされた。


 そして彼らのいう聖地返上とはこの活性化したダテンシたちを人の住む街に解き放つ事でなされる。


 徹底的な人工物の大破壊。


 その後には何もない更地だけが残される。死の気配すら残らない。


 それはどんな大災害にも劣らないまさに悪夢としか形容できない現象なのであった。



「何をバカな事を言っている?生き残りなどいるわけがないだろう。現に奴らが消滅してからここ数年、レコンキスタ教団による被害は発生していない」


「でも生き残りがいたんです。そしてこの街に潜伏してるんです。奴らの次のターゲットは―――このミレニムなんです」


「なぜそんな事が断言できる?お前はどうかしてしまったんじゃないのか?」


 根拠のない話にセシリアは明らかに困惑していた。


 ギアックには分かっていた。真実が真実と受け止められないのは、まだ足りていない情報があるからに他ならない、と。そしてその足りない情報を補完することは、すなわちミレニムでの生活を手放すことにつながる。



(潮時、か)



 その時ふとそう感じた。


 長いようで短かった平穏な日々が走馬燈のように脳裏に浮かぶ。



 身分を偽って騎士団に入団した寒い冬の夜。


 そこで過ごした春の日差しのように穏やかな日々。


 仲良くなった少女の太陽のように朗らかな笑み。



(ああ、そうか)


 その屈託のない笑顔を思い返し、ギアックはようやく自分の本心に気付いた。


 自分がエルシーを愛していたのだという事を。



 だが、それはもはや意味のない事であった。


 慈しむべき平穏はやはりひと時の幻想にしか過ぎなかったのだ。



(後悔はしない。この街を、みんなを、エルシーの命を救えるなら僕の人生なんて秤にかけるまでもない)



 そう決意してギアックはセシリアの手を振りほどき向き合う。



 キョトンとした顔が、目の前にあった。



(思えばこのお嬢様とも妙な縁が生まれたものだ)


 ダテンシを滅ぼす。


 そんな事を本気で考えていた人間がいたことが驚きだった。そしてその熱にうかされていつの間にか流されてしまっていたのも今ではいい思い出だ。



 今なら分かる。彼女との関係が何だったのか。



 せめて最後にそれをはっきりと伝えたいとギアックは思った。



「僕にとって貴女は同志でした」


「??なに?」


「だからこれから僕が言う事はひどい裏切りになるでしょう。でもこれだけは信じて欲しい。僕は貴女のことを同じ目的を共にする同志だと思ってました。そうでなけりゃあんな物騒なコートを着て夜の街で暴れまわったりしません。貴女が成そうとしていたことに共感してたからこそです。だから本当に申し訳ないと思ってます」


「………………」


 セシリアは無言でギアックの独白に聞き入っている。勘のいい彼女の事だからうすうす気付いているのかもしれない。それでもギアックは自分の口で語りたかった。




「僕は、僕はね、かつてレコンキスタ教団の扇動者だったんですよ」

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