その4
「ふぅ、今日はここら辺にしといてやるよ」
「ぜはぁー、ぜはぁー、お、お前、ホントどういう脳みそしてやがるんだ? エルシーの陰にずっと隠れておいてよぉ……?」
ミユキはこの時、ギアックの底知れぬ図々しさに恐怖すら感じていた。
そして押せども引けどもびくともしないエルシーを前にして、体力自慢のミユキもすでに肩で息するような状態だった。
「ねぇ、もうやめようよ二人とも。私たち仲間じゃない! ミレニム騎士団で苦楽をともにする同士じゃない! こんなつまらない諍いなんてよくないよ」
そのタイミングを見計らってエルシーはここぞとばかりに提案する。
だが―――
「はぁ、はぁ…………へっ、苦楽をともにする仲間ねぇ……。それはエルシーの本心かい?」
「もちろんだよ」
「だとしたら、ミレニム騎士団で腰抜けの仲間はエルシーだけって事になっちまうな」
「な、なんでそんなヒドイことを!」
「ヒドくはねぇよ。アタシたち見習い騎士の仕事は何だ? ダテンシを倒すことだろ。ミレニム周辺にうじゃうじゃ沸いているあの化け物どもを駆逐するのが仕事だろ? お友達ごっこをしている訳じゃねーんだ。命がけなんだよ。それなのに全く戦おうとしないような男を仲間と認められるか? 背中を預けられるか? なぁ教えてくれよエルシー?」
「そ、それ、は……」
「この腰抜けのダテンシ討伐数、エルシーも知ってるだろ? 教えてくれよ?」
「えーっと、たしか」
「テメェにゃ聞いてねぇよ!! 黙っとけ!!!」
さすがに見かねて救いの手を差し伸べようとしたギアックだったが、鬼のような形相のミユキに一蹴されすぐに引き下がってしまう。
傍から見ればこれ以上ないくらい情けない、まさに腰抜けの面目躍如といったところであった。
「ホラ、言えよ。知ってんだろ。コイツの討伐数を。ホラ、早く」
ミユキの鋭い視線の矢に射貫かれ、エルシーの天使のような笑顔に陰が射す。
そしてしばらくして、絞り出すようにエルシーは口を開く。
「今はまだ……ゼ、ゼロだよ……」
ぷっ、ぷはははははははは
ミユキの嘲笑が響き渡る。
ギアックとエルシーはその笑い声が止むまでただ黙って待つことしか出来なかった。
「そう、そうだよ、ゼ・ロなんだぜ!? もうコイツが騎士団に来てから1年近く経つっていうのに未だに討伐数ゼロ!! おまけに勇敢にダテンシに立ち向かっていくならまだしも、ただビビッていつも遠巻きから眺めてるだけときた。ありえねぇだろ!? 誰に聞いてもギアック・レムナントは、コイツはミレニム騎士団開設以来もっとも使えねー最低最悪の腰抜けヤローだって口を揃えて言うだろうぜ!!」
そこまで一気にまくしたてると、ミユキはギアックを一瞥する。
「おい、腰抜け。どうだよ?ここまで言われっぱなしで流石にムカついたろ?何か反論はねぇのか?」
「……一つ、言わせてもらおう」
「おっ、なんだ?」
「…………特に反論はない」
…………………
「……お、おい、お前、ここまでコケにされて、ソレ、マジで言ってんのか?」
「もちろん。なぜなら反論というのは相手の言っていることがよほど的外れか、それとも屈辱的な内容で我慢ならない時のどちらかに限られる。僕にとって今のはそのどちらにも当てはまっていなかった。だって事実だもん」
「だもんって……お前……チッ……本当に男かよ、信じらんねぇ」
ミユキはもはや侮蔑の感情を隠そうともせず吐き捨てる。
だからだろうか
「…………もうちょっと見どころがあるヤツだと思ってたのによぉ…………」
その後に続いたボヤキが、なぜか悲しい響きを帯びていたのに気づいた者は誰もいなかった。