その8
「……どうにもならんのか」
どうにかしてやりたい気持ちもなくはない。だが現実は残酷だ。
「こればっかりはどうにも……」
セシリアはよろよろと机に手をつき、そこに並べられた武器群を眺め見る。
そしてしばらくそのままジッとしていたが
「むっ」
急に何かに気付いたように眉を上げる。
「そうだ……なら……遠距離からの攻撃、飛び道具ならばどうだ!?」
そして武器の中からボウガンをつかみ取り、両手で掲げる。
「これならば近づかなくともその欺核とやらを狙えるではないか!? なあそうだろうギアックよ」
セシリアの表情がパッと華ぐ。声にもいつもの快活さが戻っている。
しかしギアックはそんな主を前にしても無慈悲に首を横に振るしかない。
「飛び道具は弾数に限りがあります。もし複数のダテンシの群れの中で弾切れなんて起こしたらそれこそ悲劇ですよ。それに鈍亀級を始め欺核は表面には露出していますが狙いづらい位置にあります。とても有効とは言い切れませんね」
「なら……一体どうすればいいのだっ!!?」
癇癪をおこした子供のように机に怒りを叩きつけるセシリア。武器が驚いたように一瞬飛び上がって金属音を鳴り響かせる。
「私の想いは……この数年間の準備は……まったくの無駄だったとでもいうのか?」
常に自信を従えて、余裕の微笑を浮かべていたセシリア。
それが今は見る影もなく憔悴しきっている。
ダテンシを滅ぼす事を夢見て過ごしてきた少女に突き付けられた過酷な現実が、彼女から全ての自信を奪い去ってしまったかのように見えた。
「そんなことはありません」
ギアックは驚く。
自分がなぜそんなことを口走ってしまったのか、全く分からなかったからだ。
根拠は何もない。あるはずがない。ダテンシの生態は知り尽くしているからそれが無理だという事は分かっている。
なのになぜ
だが、セシリアの碧色の瞳が徐々に見開かていくのを見て、全てを察する。
(ああ、そういう事か。しかしこれはまずい。いつの間にか完全にこの人のペースだ。僕はただ平穏に暮らしたかっただけなのに……)
それでも一度発した言葉には責任を持たなければならない。期待を込めて自分を見つめる碧の瞳を裏切るわけにはいかない。
どうする? どうすればいい?
ギアックは目を閉じ意識を集中させる。
キィィィン
そして武器の声に耳を傾けていく。それはいつも身器統一する時の状況と似ていた。
どうすればダテンシを屠れる? お前らなら分かるんじゃないか? 教えてくれ?
ギアックは自ら考えるのではなく、武器の声に耳を傾け教えを乞おうとしていた。
それはあきらめにも似た、現実逃避的な発想であるように思えたが
キィィィン
≪―――――――≫
唐突に頭の中に何かが語りかけて来た。その声は誰も考えつかなかった、そしてロスティス製であるからこそ実現できる武器の可能性を示唆していた。
「テンタクル・エッジ……」
「な、何なのだそれは?」
(アレなら届くということか? ダテンシのアウトレンジからでも……)
ギアックはN2として活動した数日間の行動を思い返してみる。
「……ダテンシに有効な武器というのは奴らの攻撃半径の外側から一方的に攻撃でき、なおかつ弾切れも起こさない、つまりはそんな武器のことなんです」
自分の考えを補足するようにあえて声に出して確認する。
「そんなモノがどこにある?」
自嘲気味に笑いながらセシリアが両手を広げる。机に並べられた武器群の中にはそんな武器は存在していない。だがギアックはその中からあるモノを手にする。
「コイツなら届きます」
「何を言っている?それは……武器ではないではないか」
「ええ、そうです。ですがこれがダテンシに最も有効な武器足り得る可能性を秘めたモノなんです」
ギアックは手にしたワイヤーを掲げてみせる。それは梁などに巻き付けて使用していたワイヤーロープであった。先端は一応鉤状になっているが、武器としての能力は著しく低いと言わざる得なかった。
「お前はとうとう私をからかい始めたのか?」
「からかってなんていません」
「ならどういうつもりだ? それでどうやってダテンシを倒すというのだ?」
「これだけではムリです。ただ先ほども言った通り活性化したダテンシを圧倒できるとしたら、それはヤツらの射程外から一方的に攻撃出来る武器のことなんです」
「だからそんなものがどこにある!? 無いじゃないかっ!?」
机の上にはそんな夢みたいな武器は存在していない。だから
「無ければ作ればいいだけです」
「……なに?」
「セシリア様のこの数年はやっぱりムダなんかじゃありません。ロスティス製の武器をこれだけ用意されたんですから。ロスティスは人の意思を汲み取る。だからセシリア様の強い思いと僕の技量でダテンシの急所まで攻撃を届かせましょう。このワイヤーの長さと武器の鋭さを組み合わせた新たな武器、異触の刃、テンタクル・エッジで」
「無ければ作り出す……異触の刃だと……」
「これならばダテンシのアウトレンジから一方的に奴らを攻撃できる唯一無二の武器となるでしょう」
「唯一無二……」
その発想があまりにも衝撃だったのかセシリアは固まったまましばらく呆然としていた。
そして無言で椅子から立ち上がると窓側まで歩を進める。何度かその場で頷いてから
「……ギアックよ、もしそんな武器があったと過程して、N2がそれを手にしたらお前はどうなると思う?」
N2の正体を知っているのだから今の質問はもちろんただの戯れだろう。だとしたら主の戯れに付き合うのは従者の務めでもある。
「そうですね。たぶんダテンシたちはとっても信心深くなると思います」
「なぜだ?」
「N2に出会ったらもうその時点で神に祈る事くらいしか出来ないでしょうから」
その回答が思いのほか気に入ったのかセシリアは振り返ってニンマリと口を歪める。それはいつもの自信に満ちあふれた笑みだった。
「採用だ。早速製作に取り掛かろう。お前をチンケな掃除屋などではなく世界をダテンシの脅威から救った本物の英雄にしてやる」
「……それは実にありがたいお申し出でで」
頭の片隅でつねに求めていた理想の武器。それが思いもかけず誕生しようとしていた。そしてそれと身器統一した時にどのような感覚が訪れるのか。ギアックにとって全くの未知数である。その瞬間ギアックは―――
(――――おいおいちょっと待て。ダメだろ。ここまでにしておけ)
ギアックは自身の迂闊さに呆れかえる。
(違うだろ。僕は。もうそういうのはやめたんだ。だから今のは……そう、ただセシリア様を喜ばせたかっただけなんだ。そうに決まっている……そういう事なんだ)
心の中で生まれた仄かな感情を必死で自己否定する、そんなギアックは誰の目から見ても屈折してると言いたくなるほどに歪んでいた。




