その7
「……まったく愚かな男だ。これに懲りたら二度と私に余計な気遣いをするのは止めろよ」
ギアックの顔に傷薬を塗りながら、セシリアは今日何度目か分からない釘を刺す。
「イテテ、わ、分かりました」
「よし。なら、これで終わりだ。傷は浅いようだから痕にはならんだろう」
「……本当に申し訳ありません。何年かかっても必ず弁償いたします」
ギアックは立ち上がると、姿勢を正して心からの謝罪を口にする。
セシリアは机を壊した自分に対して口ではさんざん文句を言いながらも、慈しむような手つきで薬を塗ってくれ、さらにその間、実に優しい表情を浮かべていた。
そんな主の対応に、ギアックはすっかり感じ入ってしまっていた。だからせめて最低限の礼儀を示したいと思ったのであった。
だがセシリアはそんな従者の本心には気づくことはなく、軽く手をふってその謝罪を受け流す。
「い、いいよ別に。お前にはエウリークの件で世話になったしな。しかしお前は感情の起伏が激しい男だな。いつもああなのか?」
そして当然の疑問を口にする。ギアックはしばしの逡巡の後に
「……いやぁ~いつもって訳じゃないですよ。タマにですよ、タマに」
あえてお気楽に答える。それが望まれた態度であったと思ったから。
「たまに……か。フフッ本当か?」
セシリアはそんな態度のギアックを見て嬉しそうであった。
そんなセシリアを見てしまったからだろうか、ギアックは少し調子に乗ってしまった。
「本当ですよ。のべつこんなに取り乱していたら体がもちません。……そうですね、こんなに取り乱したのはこの前エルシーと赤紙の通達を見た時以来ですよ。そう、セシリア様が貼ったヤツです。あれを見た時は本当に心臓が止まるかと思ったなぁ…………………って、えっ? エルシーとは誰だって? ああ、同期ですよ。僕と同じ日に入団してそれ以来の腐れ縁なんです…………なんですって? 女みたいな名前だって? だって女子ですから。凄く可愛くていい子なんですよ。ファンも多くて嫁にしたいランキングでは不動の№1なんです。凄くないですか……って、なんだそのふざけたランキングはですって? ああ、まぁコレお遊びみたいなものなんです。見習い騎士はヒマそうに見えて雑用やらなんやらで結構ストレス溜まりますから、…………お前はそのエルシーとやらに投票したのか、ですって? えぇっ!? なんですかいきなり?? コレ言わなきゃダメな流れですか? 出来れば恥ずかしいんで言いたくないんですけどってイタタタタタタッ!! 急に傷口をヒールでグリグリしないでくださいっ!! イタイしなんか目覚めちゃいそうじゃないですかっ!? 何なんですか一体!? えええっ!!? い、言わなきゃ机の代金を今すぐ弁償させるですって!!? 臓器を売ってでも金策させるぅぅっ!?? さっきと言ってる事ちが…………わ、分かりましたよ。言いますよ、言えばいいんでしょ? 別に隠すようなことじゃないですし僕はいつもエルシー一択ですよ。エルシーはとにかく可愛いですしそれに他の女子からは僕全員無視されてますし……あ、ドビッチさんは例外か、まぁ、とにかくエルシーが天使すぎるので僕は毎回彼女に投票していまっす!! これでよろしいでしょうかぐはぁぅ!!!??」
会話は唐突な右ストレート(腹パン)で打ち切られた。
「な、なぜ、し、正直に答えたのに……」
「うるさい。この痴れ者が! 女などにうつつを抜かしおって! 恥を知れ!!」
今までさんざん理不尽な扱いを受けてきたギアックだったが、今のはギアック史上類を見ない理不尽さであった。
先ほどの優しいなぁ、というセシリアの評価を秒速で取り消し、そして今後は余計なことは口にしまいとギアックは固く心に誓うのであった。
「ま、まぁいいでしょう。そ、そんな話はさておきそろそろ本題に入りましょうか」
「フンッ!! これで下らない理由だったらお前、分かっているだろうな」
セシリアの眼光は鋭く情けも容赦もそこに含まれていなかった。
「なぜダテンシに暗器コートの武器が、いや、世界中どこにある武器でも通用しないと断言できるのだ」
あまり気が進まなかったが、ギアックは覚悟を決めて語る。
「……ダテンシを倒すには欺核を狙わなければならない……ですが欺核は全てのダテンシにとっての急所、だから欺核は必ず奴らの胴体中央付近に存在しているんです」
「ふむ」
「例外はありません。つまりダテンシを倒すには接近して懐まで飛び込まなければならない。ですが、それがどれだけ危険な行為なのかはお分かりでしょう。あの時、あの場所で無残に散っていった騎士たちの姿をご覧になっているのですから」
あの日、活性化したダテンシの前に多くの正騎士たちがなすすべもなくその命を奪われた。ダテンシの無慈悲な一撃の元に、圧死という形で。
「この暗器コートに内蔵されている武器はどれも素晴らしい出来栄えです。世界最高峰と言っても過言ではない。だけど、これは所詮人間を相手に作られた武器にしか過ぎないんです。人外の化け物と闘うための武器じゃない。そもそもそんな武器はどこにも存在していない。だからダテンシを倒すにも人間を倒すのと同じようにインファイトを挑まなきゃいけないんです。圧死のリスクと隣合わせのね。そんな綱渡りの闘い、一体二体ならともかく、撲滅するまでなんてとうてい無理ですよ。だからどの武器でも変わらない、どの武器でも通用しない、人間相手に作られた武器なんていくらあっても意味がないと、そう申したかったのです」
「……だが、暗器コート、ロスティスの強度ならばダテンシの攻撃も防げるのではないのか」
「たしかにおっしゃる通りロスティスの強度には目を見張るものがあります。耐刃性、耐熱性、どれをとってもほぼ無敵の防御力を誇るでしょう。……ですが耐打撃についてははっきり言って疑問が残ります。試したくはないですが、先日のダテンシのような攻撃を喰らえば致命傷は免れないと僕は思います」
「……しかし、このコートは……私の夢で……私は…………」
セシリアは絞り出すように言葉を発する。
それはギアックが初めて見る、弱気な態度のセシリアであった。




