その3
ギアックとエルシーの両名は、今、ミレニム騎士団の寄宿舎前に建てられている大掲示板の前にいた。
ここには見習い騎士に向けての通達が毎日貼り出されることになっている。
そして掲示されている紙の色で内容は決まっており、白紙の通達は今晩の献立やゴミ出し日などの日常連絡、青紙の通達は訓練の日程や領外の清掃活動などの業務連絡となっていた。
しかし今二人が目にしている通達はそのどれもに該当しない鮮やかな赤い紙に記されていたのであった。
~数分後~
「はぁ、今日はいつもに増してヘンだね。ギアック」
ようやく落ち着いた様子の同期にエルシーは改めて話しかける。
「そ、そうかなぁ?」
「そうだよ。この通達見てからヘンだよ。……でも一体何なんだろ? ヘンな内容だし、それにこの赤紙! こんな真っ赤な紙の通達なんて初めて見たよ」
「ち、ち、ち、ち、ち、血の色みたいに真っ赤だって!?そんな不吉な事言わないでくれエルシー!!」
「そんな事言ってないよ!!? 拡大解釈しすぎっ!」
エルシーのツッコミも虚しくふたたび「ぁぁぁぁ」と頭を抱えて出したギアックは、やがて大地に自らの額を打ち付け始める。
「ま、またスイッチ入っちゃった・・・でもこの動揺っぷり……まさかギアックがここに書いてある名もなき勇者がギアックってことなの?? でも……さすがにそれは……」
「う”あぁ”あ”あ”あ”あの赤色、なんでなんだよぉぉぉぉおう”あぁ”あ”あ”あ”なんて不吉なんだぁぁぁ!! う”あぁ”あ”あ”あ”あ なんでなんだよぉぉぉぉおう”う”あぁ”あ”あ”あ” あの赤色僕は赤色なんて大っきらう”あぁ”あ”あ”あ”あ なんでなんだよぉぉぉぉおう”
”あぁ”あ”あ”あ”なんて不吉なんだぁぁぁ!! う”あぁ”あ”あ”あ”あ なんでなんだよぉぉぉぉおう”う…………
う”あぁ”あ”あ”あ”あの赤色、なんでなんだよぉぉぉぉおう”あぁ”あ”あ”あ”なんて不吉なんだぁぁぁ!! う”あぁ”あ”あ”あ”あ なんでなんだよぉぉぉぉおう”う”あぁ”あ”あ”あ” あの赤色僕は赤色なんて大っきらう”あぁ”あ”あ”あ”あ なんでなんだよぉぉぉぉおう”
う”あぁ”あ”あ”あ”あの赤色、なんでなんだよぉぉぉぉおう”あぁ”あ”あ”あ”なんて不吉なんだぁぁぁ!! う”あぁ”あ”あ”あ”あ なんでなんだよぉぉぉぉおう”う”あぁ”あ”あ”あ” あの赤色僕は赤色なんて大っきらう”あぁ”あ”あ”あ”あ なんでなんだよぉぉぉぉおう”
”あぁ”あ”あ”あ”なんて不吉なんだぁぁぁ!! う”あぁ”あ”あ”あ”あ なんでなんだよぉぉぉぉおう”う…………
うぁぁぁぁ・・・アレ?・・・な、ナニコレ?? ぬるっとして生あったかくて・・・ま、まさかホンモノの血!!??
ほ、本物の血だぁぁぁ!!
止まらねぇよぉぉ!! いてぇよおおおお!!
うわぁぁぁぁぁぉ!! なんでなんでこんなことにぃぃぃ!!??」
「……はぁ」
曲がりなりにも勇者と呼ばれる人物と、横にいる不審者が関係があるとはエルシーには思えなかった、いや、思いたくはなかった。
「う〜ん、でも紙の色はともかく用紙は正式なモノみたいだね。と、するとただのイタズラってわけでもないみたいだけど……いったい誰に向けての通達なんだろう??」
すでに勇者=ギアック案は微塵も考慮していないエルシーの発言。
だがそれはエルシーがとくに薄情なわけではない。
ミレニム騎士団に所属している者ならば、ギアック=レムナントと言う男のことを少しでも知っている者ならば、誰でもそう思うに違いないのだから。
なぜなら彼は騎士団始まって以来の―――
「やっほ!! エルシーなに見てんだ……って、チッなんだよ腰抜け(チキン)までいんのかよ?」
その時エルシーには親し気なあいさつ、
ギアックには嫌悪の眼差しを注ぎながら一人の人物が現れた。
ミユキ=フェルナンデス。
切れ長の目と小麦色の肌、そして男子顔負けの高身長が特徴のスレンダーな少女である。
南国系の血が混じっているためその顔立ちにはどことなくオリエンタルな趣きがあり、嫁にしたいランキングではエルシーには劣るがそれでも四位~十位を行ったり来たりしている実力派(?)の見習い騎士であった。
ただ性格はちょっとアレだったのでギアックを筆頭に草食系?な男子たちにとっては天敵ともいえる存在なのであった。
「あっ! おつかれミユキ」
「おつかれさんエルシー。それで何してんのさ?」
「実は……ギアックがちょっと……」
「僕は何も知らない……僕は関係ない……それでも僕はやっていない……」
「ぁあん? なんだコイツ? 額から血を流しながらブツブツ言いやがって……気持ち悪りぃ。オイ、腰抜け。エルシーをビビらせてんじゃねぇ!」
そう言うが早いかスカートがめくれ上がるのも気にせずミユキはギアックの延髄に踵を叩き込んだ!!
「ぐはあぁぁぁっ!!! …………な、なんだ今の衝撃は!? アレ?? 僕は今まで何をしていたんだ? ……い、いや、そ、そんな事より、痛い!! 額がイタイ!! それに、首の裏が痛い、どっちももの凄く痛い、もうなんか我慢できない程メチャクチャ痛いぞぉぉぉぉぉぉ!?」
我に返ったギアックは首裏と額を押さえながらどったんばったんおおさわぎする。
エルシーはそんな同期をもはや憐れみの眼差しで眺めていた。
「よう、腰抜け。正気に戻ったか?」
「あれ? こんなところに六位さん? どうもこんにちは」
ぺこり
「おいちょっと待ったぁ〜! ・・・お前今なんて言った? 六位?? それ何の順位だ……?」
一瞬の内にミユキの切れ長の目がさらに細められナイフのように尖る。ギアックは完全にロックオンされていた。
「イ、イエ、ナニモイッテマセンガ?? ナニカ?」
「何だその抑揚のないふざけたしゃべり方は? てめぇ……舐めてんのかっ!!」
(し、しまった!? ついうっかり順位で呼んでしまったよ!! クソ、このドビッチが脈絡もなく登場するからっ!! だが、とっさに十位って言わなくて本当によかった。これこそ不幸中の幸い。なにしろ女子って結構細かい事根に持つからな。六位と十位じゃ大分心象も違っただろう。僕? もちろんこんな乱暴な女、嫁にしたいランキングぶっちぎりの圏外に決まってる。僕はもっとおしとやかな子が好みなんだ。だが、投票で決まったことは守らなきゃいけない。これこそが民主主義ってものだ。その事に異を唱えるなどという愚は犯さない。……はぁ、だけどこんなクサレ○○○のどこがいいんだ……?? これならまだオーク(♀)の方がマシのような気がするけ)
「おいストップ。腰抜け、それ……もしかして心の声のつもりか?……だとしたらよぉ……お前、そうとう残念なオツムしてやがんな……全部よぉ……丸聞こえだよ!!!」
「あ、しまった。ついうっかり」
「つい、うっかり、じゃねぇ!! なんだよそのふざけたランキングはよぉ!? それになんで私が圏外なんだっ!? 乱暴な女ぁ!? どこがどう乱暴だって言うんだよ!!? それにドビッチにクサレ○○○だぁぁぁ!!!??? テメェ、どこをどう見たらそんな寝事がほざけんだよぉぉぉぉ!!!??? あまつさえオーク(♀)の方がマシだとぉぉぉぉ!!!??? ぜってぇ許さねぇ!!! コロス!! コロシてやる!!! コロシてそのあと全裸にひんむいて蘇生薬を尻穴からぶちこんでオーク(♂)の群れの中に放り込んでやる!! アイツラは穴がありゃ何でもいいらしいからな!! ガバガバになるまで弄ばれてきやがれっ!! で、また、戻ってきたらアタシがシメて無限ループだコラァァァァァ!!!!???」
「な、なんてハレンチな!! だ、だからそういうところがぐはっ」
「誰がしゃべっていいなんて言ったよぉ!? テメェはアタシの許可があるまで口をひらくんじゃねぇ!! 息も吸うな!!?」
「そ、それ守ったら僕死んじゃうんですけど!? む、むしろ殺されたっていう方がしっくりくるというか!?」
「だからしゃべってんじゃねぇぇぇ!! 息も吸ってんじゃねぇぇぇ!!!」
本当に息の根が止まる程胸倉をきつく締め上げられて、ギアックの顔色が段々と紫色へと変じていく。
「い、息が、く、苦しい」
「ほ~ら、あとちょっとで楽になるぞ。うん? 楽しいところに行けるからなぁ」
ギアックの最期を真近で見ようとミユキは顔を近づける。
ギアックにとっては全く不本意なことではあったが、真近で見るミユキはとても美しくて、アレ、まんざらでもないじゃん、と最期に思わされるほどであった。
(しゃーねぇ・・・暫定60位くらいにしといてやんよ・・・)
ギアックは残った力を全て使ってその姿を瞳に焼き付けようと試みる。せめて死出の旅のお供にしようとして。
「ま、まぁまぁ、落ち着いてよミユキ」
その時、見るに見かねてエルシーが小さな体を割り込ませるようにして二人の間に立ちふさがった。
「ぁあん!?邪魔すんなエルシー」
それでも尚も締め上げようとするミユキをエルシーは小柄な体で必死に押しのける。
体格にはかなりの差があったが、不思議なことにエルシーの押し出しに耐え切れずミユキはあっさりとギアックを解放したのだった。
「ゴホッ、ゴホッ、エ、エルシー、あ、ありがとう、キミがいなかったら僕は今頃ミユキとくんずほぐれつなところだった」
「もうっ!! そんな訳わからないこと言ってないで早くミユキに謝って」
「え? エルシーまで僕を悪者あつかい!?……あ、ああ、そうだね。分かったよ。ごめんなさい。もう失礼なこと言わないよ。60位さん」
「さっきからメチャクチャ順位下げてるんじゃねぇぇぇっ!!!」
実はギアック評価は圏外から返り咲いていたのだが、ミユキにその事実は伝わらない。そしてギアックはしみじみとこう思うのであった。
(やっぱり女子って順位気にしてんだな……)
そしてその後エルシーは数分間もの間、身を呈してギアックを庇い続ける事となったのであった。