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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第3章 ステキなコート
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その13

 自分は渾身の力を込めて刀を振るっているというのに、N2は小ぶりなナイフ二本であっさりとその斬撃を返してくる。


 それが何度も繰り返される内に、ボッシュの中で言いようのない感情が沸き上がって来る。


 それは生まれてこの方、自分の暴力衝動のまま自由に生きてきた男が初めて味わうホンモノの恐怖であった。


 そして、ボッシュはトドメとなる光景を目撃してしまう。



 N2の手に握られているナイフ、


 ブレード幅が極端に狭い形状、


 よくよく見るとそれは戦闘に供さないであろうフォールディングナイフなのであった。




 つま先から頭頂に向かって電撃が走る。




 野営の際の便利グッズ、相手が手にしているのは武器以前の得物だったのだ。



 それなのに自分の妖刀がまるで通用していない。手ごたえどころかまるで鋼鉄の壁にぶち当たったかのような衝撃が手のひらに伝わってくる。




 こんな事はあり得ない、あってはいけない。



 ボッシュのコメカミから一滴の汗が流れ落ちる。





「テメェは何なんだ!? 何なんだよ!? テメェは!!」

「……………」




 恐怖にかられたボッシュの叫びは、しかしギアックには届かない。



 彼は今、妖刀使いと称する1,000人斬りと戦っていたのではなかった。


 彼は今、内なる自分自身の心と闘っていたのだ。



(この感じ、やっぱり―――ダメなのか? 僕はまだ―――)



 頭の奥から熱が生まれ、それが全身へと広がっていく。



(―――仕方ない。今だけ。今だけだ―――)



 抗いきれないであろう衝動に早々に抵抗をあきらめ、自分に言い訳するように心の中で何度もそう唱えると、ギアックは意識を両手に握られたナイフに集中させていく。


 すると自分の体がナイフに吸い込まれていくような感覚が訪れる。


 そして心までもが研ぎ澄まされた刃のように冷えきっていく。







 やがて、あの声が聞こえてきた。






≪コイヨ、ギアック≫




 ブンッ





 



(―――それにしても人間という存在は気の毒だ。どんなに鍛えたって、武器の扱いが上手くなったって、それが限界なんだから―――)




 ギアックは覚めた瞳でボッシュの動作を観察する。



 息遣い、体重移動、相手の命を奪おうとする全ての行動、



 それらはバイアスによって歪められてしまっている。



 つまりは余計な感情が、ムダな動作となって表れてしまっているのだ。



 敵に対する憎しみが体に緊張を強い、わずかばかりの恐怖が手元を狂わしている。


 それらの感情は闘いの場においてノイズにしか過ぎず、ボッシュの剣先は見事な程にそれらの感情に囚われ鈍っていた。



 ギアックは武器の扱いには覚えがあったが、それでも自分が最強の戦士であるとうぬぼれたことは一度も無かった。



―――だが、もし最強と呼ばれる戦士がいたとして、それと闘ったとしても、勝ち伏せることは可能だと思っていた。



 なぜなら、どんな達人でも感情だけは消せない。それが人間であることの限界。



 だがギアックは違った。



 ギアックだけは違ったのだ。




 彼は戦いにおいてノイズとなる感情を排除することが出来る、稀有な人間だったのだ。



 そもそも彼にとって闘いとは武器を手にして振るう事ではなく、武器そのものになる事だった。



 ギアックは物心ついた時から、武器の声を聞くことができた。



 武器に意識を集中させると頭の中に武器が語り掛けてくるのだ。



 そしてその声に身をゆだねると、体があたかも武器と一体化していくような感覚が訪れる。


 それこそが身器統一コンセントレーションの境地、どんな達人がどれだけの年月を研鑽に費やしたとしても決してたどり着けない武の境地。



 それによってギアックという個はいったん消滅する。






 そして





 剣なら斬ること。

 槍なら突くこと。

 弓なら射ること。



 身体が武器本来の特性を百パーセント引き出すための機関と化していく。



 それ故その攻撃は鋭く、迷いがない。

 一種のトランス状態であるともいえる。



 そしてその破壊の意志は最も近い位置にいる者に自動的に向けられる。対峙する敵はたまったものではないだろう。


 戦っていた相手が人ではなく、いつの間にか武器の特性を引き出す事に特化した機械マシーンに挿げ変わっているのだから―――




「くっ」



 そんな規格外の戦士と対峙しているなどとは露知らず、ボッシュは果敢にも打ち込んでいく。



 だが、やはりいくら刀を振るっても手ごたえが無い。


 そして壁際まで追い詰めていたはずなのに、なんら自分の行動に落ち度はなかったはずなのに、いつの間にかボッシュは逆側の壁にまで追い込まれてしまっていた。


 今も斬撃の隙間を縫ってN2の鋭い一閃が刺し込まれる。



 ブシュゥゥ――



 頬に新たな裂傷が刻まれる。


 もはや体裁など気にしてはいられなかった。



「な、なぜだっ!? なぜなんだぁ!!!?」


 声を大にして絶叫する。すでに防ぎきれなかった攻撃でボッシュの全身は紅く染まっていた。


「なぜなんだよぉっ!? うひぃっ!!!」



 もはや防御に徹するしかなくなっていたボッシュが突如情けない声を上げる。



 N2の猛攻によって、いつの間にか妖刀の刃がのこぎり状に変形していたのを目にしてしまったから。


 そして、もろくなった部分からヒビが生じ刃全体に広がっていく。



 


「う、うわぁあああああああ!! た、助けてくれぇぇぇぇぇ!!!」




 それは魂の底からの叫び、恐怖の叫び。完全敗北の宣言に等しいものであった。



 だが、武器と化しているギアックはそんな叫び声を聞いても手心など加えない。


 当然のごとくヒビの生じた脆弱な部位に攻撃を集中させてくる。



 無慈悲に。そして正確に。






 キィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン



「ひ、ひぃ、も、もう、や、やめ」




 ヒビが剣先にまで広がる。

 もう、いつ折れてもおかしくはない。




 恐怖に耐えきれずボッシュは目をきつく閉じる。





 そして次の瞬間、



 キィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン



 ボキィィン!!!



 一際大きな金属音が響き渡った。



「!!!!」



 ボッシュを守る最後の砦が失われた音だった。



 死を意識してボッシュは身をこわばらせる。



 今更ながら自分が犯してきた数々の罪が頭の中を駆け巡り、彼は心の底から懺悔する。




(すまねぇ!! すまなかった!! オレもすぐそっちにいくから―――好きにしてくれ!!!)





 ……………………………………
















 だが――――いつまでたっても断罪の時は訪れない。







 どれだけ時間が経ったのか。

 数分か、それとも数秒のことだったのか。




 ボッシュはガマンしきれなくなり、こわごわと薄目を開けてみる。


 するとまず目に飛びんできたのは、自分の喉元に突きつけられたN2のナイフだった。



「ひ、ひぃっ!!」



 慌ててまた目を閉じる。


 そして身をこわばらせて再び死の訪れを待ち受ける。



















 ………………


 だが、いつまでたってもN2のナイフが飛んでくる気配はなかった。






「…………………………えろ」

「えっ?」

「さっさと……僕の前から消え失せろっ!!!」

「は、はいいぃぃぃぃ!!!」





 涙を流しながらボッシュは折れた刀を投げ捨て走り去っていく。


 すでに子分たちはボッシュの敗北を悟って敗走しており、倉庫内には仮面を被ったN2、ギアックだけが残される。




「はぁ、はぁ、はぁ」



 深呼吸を繰り返しながらギアックは自らの肩をそっと抱く。



 強制的に身器統一を解除したあとの虚脱状態だ。



 そして何度目かの深呼吸ののち、武器から一人の人間へと戻ったギアックは―――




「いやぁ~~~~危なかったなぁ。あとちょっとで殺っちゃうとこだった。何とか踏みとどまれてよかったぁ~~~~」



 心の底から安堵していたのであった。




~~~~~~~~~~~




「ククククッ想像以上に屈折した男だな」



 誰の姿も映し出さなくなったモニターを眺めていたセシリアは、口角を押し上げながら笑う。


 そしてゆっくりと立ち上がり、明り取り用の大きな窓に近寄り息を吹きかけ、それを意味もなく指でなぞる。



「狼が羊になれると本気で思っているのか? そんなことができる訳ないだろうに……それともお前は信じているのか? 人が変われるという世迷い事を。フフッ、お前ほどの屈折した男が本当に変われるとしたら、それこそ奇跡でも起きなければムリだろうな」



 セシリアは一人愉快そうに微笑む。



「……フフフッ、いいだろう。お前がそれを望むと言うなら見届けてやるとしよう。そのムダで滑稽な思いがどのような結末を迎えるのかを、な」



 そして通信石を手にすると、スイッチが切れているのを確認してからそれを口に近づける。





 ちゅっ




「私をこんな気持ちにさせたのは、お前が初めてだ」



 それはただの戯言なのか、それとも愛の告白だったのか、


 それは誰にも、おそらくセシリア自身にも分からない。



 だが、窓に映った自分の顔を見たセシリアは思わず苦笑してしまう。




「……まったく我ながらなんて腑抜けた表情だ」




第3章 ステキなコート ~完~

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