その12
ボッシュが鞘から刀を抜き放ち霞に構える。
その刀身はぬめりと人肌のようななまめかしい輝きを放っており、まさに妖刀と呼ぶに相応しい異質さを醸し出していた。
「キレイなもんだろ? 見物料はテメェの命だっ!!」
「なっ―――!」
輝きに魅せられている一瞬の間に、ボッシュに間合いを詰められてしまう。
人間離れした脚力による超跳躍。
それはギアックの予想をはるかに超えたものであった。
「らぁッ―――!!」
そして流星がきらめくごとき速さで凶刃が振るわれる。
バリィィン
手にしていたナイトメア2のボトルが両断され漆黒の液体が闇に飛び散る。
「躱せたっ!? いや」
ギアックは後ろに大きく跳躍してなんとかその初撃を躱していたが―――
「オラオラッ!!」
続けざまにボッシュが次々と素早い連撃を繰り出してくる。
(……この男、相当戦い慣れている)
再び後退しつつボッシュの斬撃を躱しながら、ギアックはその技量を推し量っていく。
ボッシュの攻撃はただ苛烈なだけではなく、とてもイヤらしいものであった。
ギアックが体勢を立て直し、反撃に転じようとする。
するとその様子を敏感に察知し、急に斬撃の振りを小さくしてくる。
ギアックがそれを好機とばかりに飛び込もうものなら、待っていましたといきなり本気の打ち込みを放って斬り伏せようとしてくる。
「死ねっ!!」
ビュンッ!!
刀の軌道が入れ替わり立ち代わりで、並みの戦士ならば混乱をきたし、引っかかってしまうだろう。
ギアックは戦闘慣れしているので、冷静に軌道を見極めこうした玄人の剣を躱しきる事が出来るのだが―――
「間抜けがっ!!」
躱しきっても安心は出来なかった。
トドメの一撃だと思われた攻撃すらも実はフェイントで、本命は左手に隠し持っていた小刀による刺突撃だったりするのだから―――
ビュゥゥゥン!!
「チッ、なんだそりゃ」
ギアックはワイヤーを背後の木箱に向かって射出し、一気に巻き取る事で一連の攻撃を緊急回避する。
だが、またボッシュが跳躍してすぐに間合いをつめてくる。
そして再びボッシュのターン。
熟達の技が、休むことなく間断なく続く。
エウリークとは比較にならない程のボッシュの戦闘技量。
いつの間にかギアックは回避に徹しざるを得なくなっていた。
(これは……参ったな)
コート越しに伝わる剣風で、ボッシュの打ち込みの威力がおおよそ分かる。
生身なら間違いなく真っ二つの威力だろう。
こんな強力な斬撃を食らうわけには絶対にいかなかった。なぜなら、
(いくらロスティス製とはいえ、傷くらいつく……だろうな。もしそんな事になったら)
セシリアの失意にくれた顔が脳裏に浮かぶ。
危機的な状況に追い込まれているというのに、ギアックが気にしていたのはコートが傷つく事、そしてそれによってセシリアを失望させてしまうことへの恐怖心であった。
正に従者の鑑であるといえる態度、もちろんギアックにそんな自覚はサラサラなかったが。
「オラオラどうしたN2さんよぉ!? さっきから全く手を出してこねぇじゃねぇか!?ビビって固まっちまってんのかっ!?」
ボッシュはN2の動きが鈍いことを自らの腕前に恐怖したものだと勘違いしてさらに勢いづく。
「……まぁ……面倒くさい状況だとは思ってるよ」
コンッ
その時、ギアックは背中に何か大きなモノが触れる。
(―――とうとう来てしまったか)
ボッシュの攻撃を躱しながら後退していたギアックは、ついに壁を背負う位置まで追い詰められてしまったのであった。
「おいおい手応えなさすぎだろお前。もう終わりかよ」
ボッシュは攻撃の手を休めて呆れたような口調で言い放つ。
さもありなん。誰の目にももはや優劣は明らかであり、N2が追い詰められているとボッシュは確信していたのだから。
確かにこの時、ギアックは追い詰められていたのだ。
彼の心中では激しい葛藤が行われていた。
(どうする? 上にも横にも逃げられそうにない。殴りかかっても多分その前に斬られる。どうする? どうすればいい?)
自問自答を繰り返す。が、妙案は中々浮かんでこない。
「大体テメェよぉ、なんでさっきから徒手なんだよ? 舐めてんのか? そんなに自分の腕に覚えがあったのかよ? おい、どうなんだN2?」
「……………」
「チッ、人が質問してんのに無視るとはどういう了見だ。もういい、お前目障りだ。死ね」
ボッシュが大きく上段に振りかぶる。その斬撃を避けるスペースはもうどこにも残されてはいなかった。
「はぁ」
ギアックは大きくため息をつく。もう取れる手段は一つしかない。
「……アンタが悪いんだからな」
ギアックはそう呟くと勢いよく腕を下げた。
「死ねぇやぁぁぁぁ!!!」
キィィン
「あぁん?」
刀を振り下ろしたボッシュは訝し気な表情を浮かべる。
「お前、それ……どっから出しやがった?」
いつの間にかN2の両手にはそれぞれ小ぶりなナイフが握られていた。
そしてそのナイフの存在に気づいた瞬間、ボッシュは急に周囲の空気が凍り付いたかのような感覚を味わう。
「な、なんだ?」
「……アンタが」
「な、なに?」
「アンタが悪いんだ……調子に乗るから。ちょっと怖い目にあってもらう」
「あ……ああああん!? 怖い目だぁ!!? 何抜かして」
ボッシュはその時、N2と目が合う。
その紅く輝く巨大な瞳を見た瞬間、背筋に言いようのない悪寒が走る。
「っ!! 一度防いだくらいで調子コイてんじゃねぇぇぇ!!」
一瞬でも恐怖を感じてしまった自分を恥じて、ボッシュは怒りを込めて再び刀を振り下ろす。
ギアックはその渾身の一撃を、交差させた二本のナイフで受ける。
キィィィィィンッ!!
「おっらぁおらぁおらぁ!!」
休むことなくボッシュは刀を振り下ろす。
キィィン
キィィィン
キィィィン
衝撃で火花が飛び散る。
その輝きが暗い倉庫内に時折二人のシルエットが浮かび上がらせ、その様子を見た周囲のならず者たちにボッシュの優勢を伝える。
だが事実は真逆であった。
ボッシュは攻め続けながらも、この時、心の底から恐怖していたのであった。




