その11
「ボッシュのアニキっ!!」
「すんませんっ! オレ達じゃダメでしたっ!! あとは頼んますっ!!」
列の中から二人のならず者が飛び出し男の前でひざまずく。
その様子からこのボッシュと呼ばれた男がいかに慕われているかが伝わってくる。
「仇って……誰も死んでないんだけどなぁ」
そんなツッコミを入れつつ暴漢たちの様子を観察していると。
「ああん? 仇だぁ? テメェらさっきから何寝言抜かしてやがる」
どうも様子がおかしい。
そしてボッシュはひざまずいている男の襟首を捕まえると、片手で楽々と持ち上げる。
「なんでオレがテメェらの尻ぬぐいをしなきゃいけねぇんだよ? 雁首揃えてたった一人にボコられるようなゴミクズ共のよぉ? おいどうなんだよ? ああん?」
「うっ、うっ」
苦しそうに腕をバタつかせる男の腹を刀の柄で容赦なくどつき回しながら詰問する。
あれは演技の苦しみ方ではない。
顔が紫色、チアノーゼになっても決して力を緩めようとはしていない。
どうやらこのボッシュという男―――生粋のサディストのようであった。
「あぅあぅあぅぁぁぁ…………」
じょぼぼぼぼお~~~
「チッ、人が質問してんのに寝るとはどういう了見だ」
失禁し動かなくなった男を投げ捨てながらボッシュは冷たく言い放つ。
周りのならず者たちはそんな横暴を前にしても誰も抗議の声を上げようとはしない。
(この男……慕われている訳じゃない)
ならず者たちがこのボッシュという男に抱いている感情、
それは恐怖だった。
そしてその恐怖を差し引いても有り余るほどの力への畏怖
直立不動の男たちからはそんな複雑な感情が読み取れた。
「まぁいい。それよりアイツだ。久しぶりに骨のありそうな獲物じゃねぇか。おい、そこの仮面のアンちゃんよぉ!! オレはこいつ等の兄貴分で妖刀使いのボッシュってモンだ。お前の人生に終止符を打つ男の名だよっ!! 冥土に着くまで大事に覚えておきな!!」
『……アイツがボッシュか』
「ご存じなので?」
いつの間にかBGMは消えており、代わりにセシリアの緊張をはらんだ声が仮面の中に響き渡る。
『ああ、裏の世界では有名な男だ……』
「どんな人物なのですか?」
『……かつては王都の正騎士だったと言われている男だ。そこで名誉騎士に匹敵するほどの武勲を上げたそうだが、あまりにも素行が悪すぎてある日放逐されたらしい』
「そりゃ……清濁併せ呑む騎士団のことだ。よっぽどですね」
騎士団という組織の特性上、力自慢なだけの粗暴な者も一定数は存在している。
それすらも上手く利用するのが正しい騎士団の在り方であると言えるのだが。
『ああ、そうだ。そしてその後のヤツの経歴がヤツの人間性を物語っている。押し込み強盗から始まり、夜盗の頭領、そして下るように身を持ち崩していって今では裏社会の用心棒という訳だ。だが、腕は本物だ。組織同士の抗争が始まるとまず最初にすることはボッシュを自分の陣営に引き込むことだと言われている。別名最終請負人、そしておそらく―――』
セシリアは一呼吸おくと語り聞かせるように告げる。
『この男の殺害数はゆうに1,000は超えている』
「1,000……ですか」
そのしょう撃的な単位にギアックは言葉を継ぐことができない。
『コイツが出て来ると知っていたら……クソッ! おい、なんとかそこから離脱はできないのか!?』
「う~ん、場所がちょっと問題ですね。ワイヤーロープも天井までは届かないだろうし、周囲には木箱が積みあがっちゃってるからここから離脱するとなると」
乱戦を避けるための位置取りが完全に仇となってしまっていた。
ギアックが出した結論は―――
「正面突破以外なさそうです」
『……どうすればいいのだ……』
「……い!! おおい!! 無視ってんじゃねーよ!! おおおいっ!!!」
「ん?」
気づくと通路の奥からボッシュがよく通る声で問いかけていた。
「礼儀ってモンがなってねーぞ!! オレが名乗ったんだから今度はソッチが名乗るのが筋だろーが!! それでお前はなんていう名なんだ!? 名乗りやがれよっ!!」
「名前……か。どうしましょう?」
『そんな悠長なことを言っている場合ではないだろう!! 名乗りたければ好きに名乗れっ!!』
「好きに名乗れたってねぇ……」
エウリークといいなぜ騎士団関係者はこうも人に名乗らせたがるのだろう、
そんな騎士団あるあるに思いをはせていると、
ぴちょ
足元から水音がした。
「ん? 水たまり……いや、違う……な、なんだこの臭い?」
鼻をつく臭気が当たり一面に漂っており、思わずギアックは顔をしかめる。
いつの間にか床には黒褐色の液体が広範囲にわたって広がっていた。
だが、天井から雨漏れした様子はない。どうやら戦闘の最中に木箱が破壊され、その中身が床にぶちまけられているようであった。
『チッ、そうか、ここはナイトメア2の保管庫だったのか!!』
「ナイトメア2??」
耳慣れない単語にギアックは戸惑う。
見ると破壊された木箱の隙間からラベルの貼られた酒瓶らしきモノがチラリと見えた。
『Noise of nightmare……近頃出回り出した密造酒だ。飲んだら最後、三日間三晩は悪夢にうなされ、その間頭の中には耐え切れないほどの騒音が鳴り響くとの悪評が立っている酒だ。まったく、こんな粗悪品を口にする酒飲みの心情だけはぜったいに理解できん……』
最後のほうは冗談めかしていたが、ギアックにはセシリアが怒っていることが分かった。
(セシリア様……何だかんだ言ってもアナタも騎士団長なんですね……)
ミレニムの治安を一手に引き受けるミレニム騎士団の長、それがセシリアの本来の職務である。
ミレニムを内側から腐らせている元凶を前にすれば、口惜しい気持ちは抑えがたいだろう。
そんな主の思わぬ一面に触れたせいか、ギアックは初めてこの人のために何かをしてあげたいと強く思っていた。
「三日三晩うなされる悪夢ねぇ……なんだか、それこそ今の僕にピッタリな気がします」
『……なんだと?』
「悪人たちがうなされる悪夢、もし僕がそんな存在になれば、きっとこの街も少しはキレイになると思いますよ」
そう言うが早いかギアックは木箱からボトルを取り出し、ボッシュ達に向かって掲げる。
「僕はお前らに悪夢を与える者だ。このNoise of nightmareのようにね!! さしずめN2(エヌツー)とでも名乗っておこうっ!!」
『……お前……』
セシリアのつぶやきが通信石から聞こえた気がしたが、その声は小さすぎて、何かをくみ取る事はできなかった。
「え、N2だとぉ? へっ、へへへっ、よりにもよって俺らの商売品を名乗るとはよぉ。ズイブン舐めた真似してくれるじゃねぇか!! 落とし前はキッチリつけてもらうぜ!!!」
ギアックは、仮面の奥で誰にも気づかれないようソッと笑う。
いや、今の彼はギアックではない。
仮面を被った悪夢、N2そのものと化していた。
「……見せてやるよ……お前らに本当の悪夢を……」




