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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第3章 ステキなコート
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その7


 口が渇いて喉が張り付く。

 それでも沈黙だけは避けなければならないと、声を発する。


「な、何を……言ってるんですか」



「いや、何、あの時聞こえた気がしたからな。それにしても図星だったとは……クックックッ、まったくお前というヤツは……」



 ドアノブを握る手のひらからじんわりと汗がにじんでいく。

 背後の人物がどんな表情をしているのか、怖くてギアックは振り返る事ができない。



「クックックッ、分かるんだよ私には。どうも似たような人種のようだからな。手に取るように分かる。お互いに困ったものだよな。屈折してるって人間というのは」



「……何をおっしゃってるのか、僕にはさっぱり分かりません」



「分かるだろ? 自分のことは、誰よりも、自分が一番、さ」



 いつの間にか声はすぐ後ろから発せられていた。



 セシリアが背後に立っている。



 緊張のあまり気配を感じ取れなかった。



「隠さなくてもいいんだギアック=レムナント。私はお前の一番の理解者であるつもりだ。だから今のお前が心の底から平穏を望んでいるのも分かっている。そしてそれと同じ、いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 ぎゅぅぅぅ





 そしてセシリアが背後から抱きついてきた。




 柔らかな感触と熱い体温が伝わってくる。




 ギアックは先ほどとは別の理由で、その場に立ち尽くしてしまう。




「お前が真に欲しているモノ、それはな―――」




 セシリアが耳元で囁く。



(やめろ、それ以上しゃべるな!!)




 ギアックは腕を振り払って叫びたい衝動に駆られるが、それよりも早く禁断の言葉が発せられてしまう。




「―――だ。お前は本当は―――が好きで好きでたまらないんだろ? ギアック?」




 よく聞こえなかった。



 いや、脳が理解することを拒絶したのかもしれない。





 次の瞬間、ギアックはセシリアを押し倒してその口を手で塞いでいた。





 この行為がどんな罪に問われるか、それはこの際関係なかった。




 今はただその真実を封じ込めるのが、ギアックにとって何よりも急務であったのだから。





 セシリアはいきなりの狼藉に目を見開いて驚いたが、やがて肩を震わせて痙攣を始める。





 笑っていた。






 彼女は力で男に組み伏せられているというのに、

 心の底から可笑しそうに笑っているのだった。





 その常人とはかけ離れた感性に、ギアックは己の中の毒気が吸い取られていくのを実感する。




「フフッ……ようやく本当のお前が見れた気がする。嬉しいよ。私の前では隠さなくていい。そうやって素のお前でいてくれ」




 ギアックの手を自らの掌で優しく包みながらセシリアはそう求めてくる。



「……なぜ? なぜ貴女は一介の見習い騎士ごときにそんな事をおっしゃるんですか?」




 当然の疑問を口にするギアック



 するとセシリアは慈愛に満ちた表情を浮かべ





「私にはお前がどうしても必要なのだ」



 頬を赤く染めながら告白する。



「……そんな事言われても……」




「私の夢を教えてあげよう」



 セシリアは何を思ったか、急にギアックの首に手を巻き付かせ自分の方へ引き寄せた。


 絨毯の敷かれていない木の床はひんやりと冷たい。

 だが、セシリアの肢体から伝わる熱のせいか、ギアックの身体は燃えるように熱くなっていた。



「実は私には生きている内にどうしても成し遂げたい夢があってな」



 内緒話を打ち明けるようにセシリアが耳打ちしてくる。



「物心ついた時からその事ばかり考えていたんだ。それはな―――」



 セシリアの吐息が鼻にかかる。



 ギアックはいつしか恐怖ではなく、期待をもってその言葉を待ち受けていた。



 今から紡がれる言葉が、もしかしたら自分に輝かしい未来を与えてくれるのではないか、そんな予感が全身を駆け巡っていた。



 やがてセシリアの形のいい唇がなまめかしく動き、そっと告げられる。




 一人の少女の切なる願いが―――







「私はな



 この世界からダテンシを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ギアック=レムナント、お前には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()






 そこでギアックは思い出す。


 目の前の少女が《冷鉄の女》と見習い騎士の間で揶揄されていたことを。


 エウリークの純情を平気で踏みにじった人物であることを。



 そして理解する。



 自分が恋人のような甘い関係ではなく、

 都合のいい道具として選ばれたという事を―――




「そのための手筈はすでに整っている。最強の武器と防具を貴様に貸し与えてやろう。そして――――」




 セシリアがまだ何かを言っている。



 だがその言の葉は遠い異国の言葉のように頭の中を通り過ぎていくばかりだった。



 この時のギアックは早く自室に戻ってなじんだベッドに寝転びたいと思っていた。


 そして暖かい毛布にくるまりながら目と耳と心を閉ざしたい。


 そうしている間だけは、きっと平穏な時が訪れ、悪夢を見ないで済むはずだろうから。



 だが、そんな現実逃避を目の前の少女の形をした悪夢が、やすやす見逃してくれるないことも頭のどこかで理解していた。

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