その6
数日前のお話し
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絢爛試合の翌日、ギアックは再びセシリアの元へと呼び出されていた。
「よくやってくれた!! 昨日エウリークの方から申し出があってな。これで私は晴れて自由の身となった訳だ」
セシリアは指と指の間に挟まれた紙きれをひらひらと振って見せる。そこに何が書かれているか、セシリアの晴れやかな顔を見る限りもはや聞くまでもなかった。
「アーソレハヨカッタデスネーーオメデトウゴザイマーース」
そんな興奮冷めやらない様子のセシリアとは対照的に、ギアックは死んだ魚よりも暗く濁った瞳をしていた。
「?どうした。元気がないようだが」
「元気がない? ……当然じゃないですか!! 僕は約束は果たしましたよね。それなのになんでまたこんなモン使って呼び出すんですか!? 僕はいつ晴れて自由の身にっ!!?」
ギアックはポケットから一枚の紙きれを取り出しセシリアに突きつける。
それは先日同様の名も無き勇者を呼び出す赤紙の通達であった。
「考えるのが面倒だったから前回と同じにしたまでだ。それともまたお前の部屋まで足を運んだ方が良かったか? まったく……細かいことを気にすると立派な騎士にはなれないぞ?」
「どこかで聞いたようなセリフなんですけど……と、とりあえずセシリア様の要望は叶えて差し上げたのですから、これで僕はお役御免ですよね? それじゃ失礼しまっす!!」
「待て」
秒速で逃走を図ろうとするギアックをセシリアは手で制する。
「ま、まだ何か?」
すでにドアノブに手をかけていたギアックはゆっくりと後ろを振り返る。
セシリアの顔半分は組んだ手の下に隠されているため、その表情はうかがえない。
「ずいぶんつれない態度じゃないか」
「つれない? い、いえ、これは元に戻っただけというか当然というか……そもそも私達は主と家来の関係じゃないですか。僕は平穏を取り戻し、貴女は自由を手に入れた。セシリア様のお望みは無事に叶えて差し上げたんですから、こんなのはお終いにしましょうよ。もう一従者に馴れ馴れしくされるのは控えた方がよろしいですよ。それでは」
そう言って背を向けて今度こそ辞去しようとするギアック
「待て、と言っている」
呼び止めるセシリアの声は先ほどよりも強くなっていた。
それでもギアックは無視してドアノブを握る手に力を込める。
ギアックの強い意志には理由があった。
ギアックはこれ以上セシリアとは関わりたくなかったのだ。
先日のエウリークとの闘いで武器を振るった瞬間、甦りかけた過去の感覚。
人命を軽視するあの感覚。
自分は……間違いなくエウリークを殺そうとしていた。
それは今の平穏な暮らしにとって害悪以外の何物でもない感覚。
セシリアと関わっていると、その感覚がまた甦ってしまうのではないか
そんな不安にギアックは苛まれていたのであった。
だからたとえ不敬だとそしられようとも、ギアックは一刻も早くこの場所から立ち去りたかった。
強い意志をもって、背後の少女に無視を決め込む。
「おい! だから待てと言っているっ!!」
セシリアの声には怒気がはらんでいた。
だが関係ない。
この扉さえ越してしまえばあとはもう自由である。
(そう言えば絢爛試合があったから昨日の訓練をサボっちゃったな。エルシー怒ってるかな?)
罪悪感から逃れようとあえて別の事を考える。
脳裏に浮かぶ少女の笑顔がギアックに最後の勇気を与えてくれた。
ガチャリ
ギアックは一気にドアノブをひねり扉を開け放った。
―――だがギアックはこの時まだ理解できていなかった。
背後に座る主が、若くして騎士団長の長を務めあげているグラディアート家の女が
そんな逃避を易々と見逃してくれる甘い人間ではないという事を―――
「お前、ダテンシを倒した時、笑っていただろ?」
その瞬間、封印したはずの過去が戒めを破って一気に押し寄せ、ギアックは針で縫い止められたように、その場から一歩も動けなくなってしまった。




