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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第3章 ステキなコート
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その3

「……そう言えば話は変わるけど、二人とも最近夜のハンス地区なんかに行ったりしてないわよね?」


「ハンス地区、ですか? いえ、夜はさすがに……」



 ハンス地区とはミレニム最大の歓楽街がある地区であり、それゆえか最も治安が悪い地区としても有名でもある。深夜の犯罪発生率は脅威の80%越えとなっており、見習い騎士とはいえ夜にうろつくような場所ではなかった。



「―――そう、ならいいんだけど」


「あの……なにかあったんですか?」


「そうね……ここだけの話にして欲しいんだけど、実は今日ミレニム各省の連絡会議があってね。最近、特に治安が悪化しているようだから絶対に訓練生を近づけさせないようにって言われたの」


「治安が悪化って……なにがあったんですか?」


「うーん……詳しくは説明されなかった、と、いうより原因が分かっていないらしいの。ただ、どうも2,3日前からハンス地区を根城にしている犯罪組織が大規模な抗争を始めてるみたいで、朝になると大けがをしたならず者たちが数十人単位で倒れてるそうなの」


「ええっ!! す、数十人っ!?」


「もうどっから湧いて出たのか不思議なくらいたくさん転がってるんだって。おかげで留置場はもうキャパオーバーで領主さまがお城の地下牢を提供して下さらなかったら、明日にでも犯罪者が街にあふれだしてしまうくらいなんだって」


「そ、そんなことになってたんですね。全く知りませんでした」


「私もさっきまで知らなかったわ。これだけの事件なのにまったくニュースになっていないようだから…………どうもこの件、どこからか圧力がかかってるみたい……」


「あ、圧力、ですか……」


 ゴクリ


 自分の住む街で何かとてつもない事件が起きている、

 その得体の知れなさにエルシーは思わず喉を鳴らす。

 

「そんな状況だから治安維持の名目で騎士団本隊にも出動要請がかかっちゃったってワケなの。だから今日から夜勤なのよ…………はぁ…………夜勤…………この年になるとお肌が…………………………」


 得たいの知れない事件から一転してスケールの小さい話になってしまったが、教官の顔が先ほどと比べものにならない程深刻になっていたので、エルシーはそっと口をつぐむ。



「ねぇギアックは今の話知ってた?」



 そして空気を変えようと同期に話をふってみる。



「モ、モ、モ.モチロン、シ、シ、シ、シルワケナイジャナイッスカァ―

 フォフォフォフォフォ~~~~~~~~~~~~~~~イテッ………シタハンダ」



 だが、同期はなぜかもっと深刻なことになっていた。



「ど、どうしたのギアック? って、だからなんで笑いながら舌を噛めるのよっ!? いったいアナタの口どうなってるのっ!?」



 ギアックの体の神秘、それはきっと永遠の謎、絶対に解かれない方程式、宇宙の意思…………

 

 エルシーの問いは空しく虚空へと吸い込まれていった……



「はぁ……でも、こまっちゃうなぁ……あそこには結構お気に入りのケーキ屋さんが多いんだけどなぁ……」


「あら? あそこのケーキ屋っていうともしかして月光亭? あそこのシフォンケーキは最高よね」


 ケーキと聞いて教官は瞬時に我を取り戻す。


「あっ、教官も行かれるんですか? 私もあそこのシフォンケーキの大ファンなんですよ。あとハンス地区だと×××と∀∀∀も好きなんです」


「貴女も通ねぇ。あそこって裏路地の方じゃない」


「教官もご存じなんですね!! あそこのパティシエは兄弟らしいんですけどそれぞれ別のお店で修行したらしくて味も見た目も全然違うんです。でもやっぱり兄弟だから共通している部分もあってアラザンの置き方とかフランベの香りづけとか、とっても似てるんですよ!! あぁなんか話してたら食べたくなってきちゃいました!!」 


「ふふふ、エルシーはケーキが好きなのね。……ここだけの話、明るい内には事件が起きていないらしいから、ちょっとだけだったら問題ないと思うわよ。でも暗くなる前にはちゃんと帰ってね」


「あっ……はい!! 分かりました。ありがとうございます」


「いいのよ。同じケーキ好きの同士の悩みは放っておけないわよ。……さてと……それじゃ私はそろそろ行くとするわ。少し寝ておかないと夜がキツイからね。みんなも根を詰め過ぎないように!! じゃあまたねエルシー、ギアックもいつもご苦労さま」



「ふぇっ!? あ、は、はい」



 急に水を差し向けられたギアックは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 そんな様子を見て教官は可笑しそうに笑っていた。



 …………………



「……でも教官夜勤なんてしちゃって大丈夫なのかなぁ?……あれ、どうしたのギアック?」


「ん? 何が?」


「今、なんかすごく遠い目を…………う、ううんなんでもない。それより訓練のつづきしよ。今度はギアックが打ち込んできていいからさ」


「分かった。じゃあ遠慮なくいくぞ。ていっ!」





 ―――そしてその後、二人はいつものように一緒に訓練に励んだ。




 時折風が優しく二人の頬を撫でた。



 訓練が終わるといつものように二人は寄宿舎の前の掲示板を見上げながら他愛もないおしゃべりに興じた。



 当たり前のようでとてもかけがえのない時間。



 今日一日、そんな幸せな時を過ごせたことをギアックは感謝する。




 ―――そしてこの平穏な生活を守るためなら、昼も夜も偽りの仮面をかぶり続けることに、彼は何の躊躇(ためらい)もなかった。

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