その1
???「見せてやるよ……お前らに本当の悪夢を……」
「そぉーれっ」
ドガァァァーーーーン
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ、ぼ、僕を殺す気かエルシー!!」
粉々に砕け散った石畳を指差しながらギアックは情けない抗議の声を上げる。
「もう、大げさだなぁギアックは。ただの相対訓練で人が死ぬわけないでしょ?」
そう言ってため息をつきながら、自分の体長ほどある長大なハンマーをクルクルとペンのように回すエルシー。大の大人二人がかりでも持つのがやっとのメガトン鉄槌、そこから繰り出される一撃なら間違いなく大げさな事態になるはずだとギアックは確信する。
(それにしても今の攻撃……前よりも段違いに速くなっていたぞ。エルシー……恐ろしい子……)
人知れず戦慄するギアックをよそに、天窓から射し込む日差しに照らされた午後の訓練場には、のどかな空気が漂っていた。
本日は見習い騎士同士がお互いペアになって技術を磨き合う相対訓練の日。
ミレニム周辺のダテンシ狩りがない日は、見習い騎士たちはこうやって自己研さんをしながらまったりと過ごしているのであった。
しかしこのお互い忖度し放題のこの相対訓練は、はっきりいって準備運動にもならないへのつっぱりとなっている。だが、なぜかギアックにとっては先ほどのように毎回命がけの試練となっていた。
「お願いだからもうちょっとソフトに頼むよエルシー。そんな鉄塊で殴られたら人間がどうなるか、分かるよね? ……間違いなく死ぬよ? 死ぬんだよっ!! 頭蓋骨が砕かれて脳漿とか色んなモノぶちまけて絶命するんだよっ!!」
「ははっそんなことあるわけないよ。だって兜かぶってるじゃない」
「こんな安物で防げるわけないでしょーが!? ホラ見てよこの薄さ! ……えっ……ちょ、ちょちょっとまって何これ? ホントに薄くね……? 夕食に出てくるスライスチーズよりも薄っぺらくない!? ヤ、ヤバすぎでしょ? こんなモン今まで被らされてたの僕たち……??」
防具のショボさを改めて実感し、ギアックは本日二度目の戦慄の時を迎えるのであった。
「もうっ心配しすぎだよ。それに今まで相対訓練で亡くなった人の話なんて聞いたことないから大丈夫だって」
「それはタマタマ運が良かっただけで本当にモウッ危ないんだからっ!! じゃあさもうこれ床に置くから直で殴ってみてよ!! それで全部分かるから! こんなの被っても意味ないってことが!! チーズ二枚重ねにして頭に乗っけてる方がまだマシだってことが!!」
「ギアックちょっと何言ってるのかわかんないんだけど……あーあ、私はもっと体動かしたいんだけどなぁ」
そしてその場でクルッと回り、おすましポーズでギアックに微笑みかけるエルシー。
その時、背中に羽はないけれど、天使の羽が舞ったのをギアックはたしかに見た。
見習い騎士一同の心の声「((((今のは高得点だ。ナイスだぞギアック))))」
そんないつもの二人のやり取りを、周囲の見習い騎士たち(♂)は声をかけるでもなく少し離れた所から生暖かい目で見守っていた。
彼らは訓練をするフリをしてエルシーの一挙手一投足に注目している最中だった。
そこまで気になるのなら「オレといっしょに訓練しようぜ♪」などと誘ってみればいいものだが、
そんな愚行を犯す者はこの場には誰一人としていなかった。
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エルシーが入団して来た時は今とは状況はまったく違っていた。
ただでさえ女っ気の少ない騎士団にいきなり現れた天使とお近づきになろうと、相対訓練の時にはエルシーの前に順番待ちの行列が出来る程であった。
しかし―――誰もがすぐにその過ちに気付くことになる。
手を握られれば拳を砕かれ、
肩を叩かれれば関節があさっての方向へ向き、
訓練を共にすれば命が危うい。
エルシーには恵まれた容姿と共に天が与えたもう一つの才能、超怪力が備わっていたのであった。
………そして恐ろしいことになぜか彼女自身にはほとんどその自覚が無かった。
やがてその内に一人、また一人とエルシーの相対訓練の列から人がいなくなっていく。
自覚がないエルシーには原因が全く分からず、彼女は戸惑い、心を痛め、ある時期からまったく笑顔を見せなくなってしまっていた。
そしてペアが見つからなくなり、
訓練場の隅っこが定位置となったエルシー
だが、そんな彼女の前に―――
『僕もいつも一人なんだよ。よかったら一緒に訓練しようか』
そんな彼女の前に唯一残ってくれたのが同期入団のギアックなのであった。
不思議なことにダテンシ狩りでは全く役に立たないギアックだったが、エルシーとの相対訓練ではケガ一つ負うことなく惨劇を回避し続けているのであった。
誰もが不思議に思ったが、「きっと飛びぬけて運がいいのだろう」という思考停止な結論に早々に落ち着くことになる。
大多数がギアックの事などどうでもよかったのもあるが、それよりもエルシーの顔に可憐な笑顔が戻ってくれたことが、些末な疑問を皆の頭の中から吹き飛ばしてしまったのだ。
そしていつしか暗黙の了解で、ギアックはエルシー専属の訓練者となっていたのであった。