その10
「あら…………残念」
そのつぶやきはセシリアに対して言ったのか、
それとも自分自身の気持ちの表れだったのか、
本人以外には分からない程に感情がこもっていなかった。
「フフッ、どうやらこれでしばらくは騎士団長としての任に専念できそうです」
「う~ん、そうねぇ……でも、カレ中々男前じゃない? セシちゃんと並んだらきっととっても絵になると思うんだけど……」
「フフフッこれはまたご冗談を。この距離で顔まで見えたというのですか? フフッ、そんなワケないでしょう。……それとも……以前どこかでアヤツをご覧になったことでもあるのでしょうか?」
「……さぁ、ねぇ……あったかしら?」
「フフフフフッ、まぁいいでしょう。しかし……よくよく考えれば妹である私が年長者である姉様を差し置いて先に結婚するなどとても恐れ多い! まず先に姉様がご結婚なさって下さらねば私は結婚などできませんよ!」
「………………………ぁ?」
「そうだ! もしよかったらあの男前とやらをご紹介いたしますよ。なぜか分かりませんがずいぶんとお気に入りのようですし」
「あ゛ぁ゛ぁぁぁん!!!?」
黙ってセシリアの話を聞いていたマヘリアの表情が突如一変する。
「!!」
ミレニムの暗部を牛耳っているマヘリア、
その知られざる一面を垣間見た気がしてセシリアはたじろいでしまう。
だが、それは一瞬のこと。
マヘリアが手にしていた扇で顔を覆うと、すぐにその顔には元の柔和な笑みが戻っていた。
「…………ふふっ、妹のお下がりじゃ格好がつかないわよ。……さ・て・と・今日の試合はこれでお終いかしらね? じゃ仕事もあるしそろそろ帰らせていただくとするわ。たまには実家にも帰っていらっしゃい。お父様や他の妹たちも心配しているのだから」
「は、はい。も、申し訳ありません。冬までには一度は帰るようにします」
「ふふっ、約束よ。それじゃあまたねセシちゃん」
………………
「ふぅ~~~~~~~~~なんとか終わったか……全く……いつもいつもご苦労な事だ」
マヘリアの背中が見えなくなったところでセシリアは大きく息を吐く。
ここ数日張りつめていた気が緩んでいくのを彼女は実感していた。
「……だがおかげで予想外の収穫もあった。アイツならアレを使いこなせるやもしれん」
そして、勝ち名乗りを上げることもせずにただじっとセシリアの方を見上げている騎士の方へとゆっくりと視線を移す。
その兜の下の素顔がどんな表情をしているのか、セシリアには手に取るように分かった。
「まるで迷子の幼子だな。……どうやらお前はそれだけの力を持っていながら使い道が分かっていないようだ。ならば私がお前に授けてやろう、その力の使い道を。そしてこの世界を二人で作り替えようではないか。なぁギアック=レムナントよ―――」
届くはずもない手をセシリアは差し伸べる。
それは今まで自分以外の人間を必要としてこなかった少女が、
生まれて初めて心の底から他者を求めた瞬間でもあった。
この時、彼女はまだ知らなかった。
今、身体を包んでいる高揚感の正体を。
早鐘のように脈打つ鼓動が何を意味しているのかを。
そして彼女はそう遠くない未来に、それらが何に起因することなのか、気づくことになる。
その時、主と従者という二人の関係は―――。
第2章 ステキな茶番 ~完~