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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第9章 ステキな・・・
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その33

 N2は暗い闇の中にいた。 


 どれだけあがいてもその闇が晴れることはなかった。


 そしてどこから見てもその景色は変わらず、自分の位置すら見失ってしまうほどに濃かった。


 やがて自分と闇の境界線があいまいになり、闇に身体が乗っ取られていく感覚が訪れる。


 それに抗う気力は、すでに闇と混じり合ったN2には残っていなかった。


 そしてN2はなすすべもなくその闇に取り込まれていく。





 その闇の正体を我々はよく知っていた。


 悪夢すら容易に取り込んでしまう絶望という名の深淵のことを。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 N2は固い石づくりの牢獄にいた。


 床は過去一度も手入れがされたことがないのか苔とカビが絨毯にように生い茂っており、それらを寝床にしている小虫がそこかしこでうごめいていた。


 脱走防止のためか窓は天井の真横に気持ていど備え付けられているだけであり、くぐり抜けるにはあまりに小さかった。そしてそこから地上に届く光はほぼ皆無であった。


 断続的にしたたり落ちてくる水滴が、天井がそうとう高い位置にあるらしいことを教えてくれる。


「セシリアさま……セシリア……」


 

 そんな劣悪な環境の中、横たわり何度もうわごとを繰り返すN2。


 その様子はもはや意志のある人間ではなく、ただ音の出る置物、といった様子であった。




「まだ元気にならないかねN2くん?」


 

 すると唐突に食器を手にした男が暗闇の中から現れる。


「なんだ……また食べていないのか。もう一週間だ。そろそろ死んでしまうぞ」


 男は心配しているのかそれともあきれているのか、判断しづらい声音でぼやくとまだ手付かずのパンを拾い上げN2の口元へと運んであげる。


 しかしまったく反応を見せないN2を見てやれやれと首を振り、そしてなにを思ったか唐突にパンの匂いをかぎ始める。



「これは―――はっ、さすがに入れすぎだ」



 そして眉をひそめるやパンを虫の中へと放り投げてしまう。


 すかさずパンに群がっていく虫たち―――が、すぐさま手足をばたつかせてひっくり返ってしまう。


 その様を男は満足そうに眺めていた。



「ダージルさま、ヤ、ヤツの様子は……?」



 すると付き人なのか数名の囚人たちが心配そうに扉の外から声をかけてきた。


 ダージルと呼ばれたその男は気持ちゆっくりと立ち上がると、心配ないとばかりにおどけてみせる。



「まだ生きているがなんの心配もない。やはり彼は我々の計画の障害にはなりえんよ」


 ダージルはそういうと地面に横たわるN2の兜を足蹴にする。


「ダ、ダージルさま」


「大丈夫だ。見たまえ。ご覧のとおりの無反応、もはや廃人同然。懐柔も拷問も毒殺もムダだったが何のことはない。初めからN2など、セシリアの懐刀など脅威でもなんでもなかったのだ」


「……セシリアさま……」


 すると主人の名前に反応したのかN2が一瞬頭をもたげた。


 それを見て飛びずさるダージル。


 が、すぐにN2がもとの抜け殻状態だと分かると



「チッ……この女々しいだけの男がっ!」


 怒りを込めてN2の腹をけり上げる。


「………リアさま……セシリア……」



「くっ、、、くはははは! 本当に何しにきたんだコイツは!? もういい。最後に念のため確認にきたがこれ以上彼にかかずりあう必要はない。明日はいよいよ決戦の日、我々の新たな出発となるべき日なのだから」


「そ、それじゃとうとう」


「そうだ。さきほど通信石に連絡があった。明日ミレニムの有力貴族たちがここに訪れる。形式上は明日をもしれぬ囚人たちへの慰問、ということになっているが何のことはない。奴等が優越感にひたりたいがために行われる偽善的行為だ。まったく愚かなことだが―――今回だけはその歪んだ性根に感謝しなければな」


 ダージルは口元を歪めて笑う。


「くくく、貴族が持つ船を奪うか、それとも人質にとって要求を飲ませるか、どちらにしろ忙しくなる。さあ輝かしい未来まであと少しだぞ諸君!」


「「オオッ~~~!!」」



 ダージルたちはひとしきりN2をダシにして盛り上がるとそのまま牢獄を後にする。


 しかし数歩進んだところで何を思ったか、ダージルは引き返して扉の小窓を開け放つ。


「―――最期にいいことを教えてやろうN2くん。キミがいまいる牢獄はセシリアが最期の夜を過ごした牢獄なのだ。かつて主がいた場所と同じところで生涯を終えられるのだからキミもさぞや本望だろう。はっはっはっはっ、それでは永遠にさようなら」


 それだけ言うとダージルは再び背を向けて牢獄を後にする。


「あ、あのダージルさま、今のは一体?」


「なに、ほんの気まぐれだ。ああ言っておけばなおさらあそこからは離れんだろう。それに―――」


「それに?」


 するとダージルは眉間にシワを寄せ周囲の囚人に聞こえないようそっと耳打ちした。


「アイツを蹴った時につま先を痛めたのだ。いまいましくてつい、な――」


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