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ニセモノの勇者がホンモノの勇者になる話  作者: 平 来栖
第9章 ステキな・・・
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その32

「我々の置かれている状況は相も変わらず深刻だ。打開策立案のためいったん現状を整理することとしよう」


 アイリーンはガレキを積み上げた即席の壇上から囚人たちに語りかける。

 だがその数はせいぜい十人程度といったところで、場末の酒場を彷彿させるさびしさであった。


「まず戦力の分析だ。ダージル側についたのはここにいる聡明なキミ達を除いた全囚人およそ2000、対する我々の戦力は哨戒に出ている数名をいれても20に満たない。正直にいってこれ以上ないくらいの劣勢だ」


 囚人たちにとっては今さらな情報なのか、誰もがうんざりした表情を浮かべていた。しかしアイリーンは演説に夢中で気づいていなかった。


「ダージルは五大老派の政治犯だ。グラディアート家に対するクーデターを画策した罪でこの監獄島に送られた。扇動者と同じく混沌のみを産み出すようなクズヤローだ。そんなヤツがセシリアの無念を晴らすために決起した、なんてことが本当にあると思うか? いや、あるわけがないっ! いくら外側を繕っても腐った果実は腐ったままなんだ。皆んなはアイツが脱獄するための片棒を担がされているにすぎない! そんな自らの益のために人の死を利用するヤツなんて信用できるワケないだろっっ!」



 アイリーンはそこで居並ぶ全員の顔を一人ひとりながめてから意を決したように拳を振り上げる。



「さっきも言ったが数の不利は明白だ。だがそれがなんだというんだ? こちらには天才であるこの私が作った武器がある! それに加えて精鋭たる君達がいる! 我々の鋼の意志、気高き精神は必ずや数の劣勢を覆し勝利をもたらすだろう!! 一人100人ほど相手にすればなんとかなるんだからとにかく気合いと根性で―――」

「あの~アネゴちょっといいですかい?」

「ちが〜〜うっ!!」


 アイリーンは拳を振り下ろしざま指を突きつける。囚人たちはそんな態度にも慣れているのかやれやれと嘆息する。


「ちがうでしょっっ! 私のことはアネゴじゃなくて司令官とよべっていつも言ってるじゃないかぁ!!? あと発言をする時には挙手をしろってばよっ! 統率のとれていない集団はわずかなほころびから瓦解するのが定説なんだっっ!!! 分かっているのかぁぁぁぁっ!!??」


「あ、ああ、すまねぇ司令官さんよぉ。だがなんか話の流れがおかしいからよぉ」


「話の流れぇ?」


「ああそうだよ。みんなもそう思うだろ?」


 他の囚人たちもそうだそうだと首を縦にふって同意をしめす。


「アネ…いや司令官さんよぉ、アンタたしかこう言ってたんだぜ? 『N2が来るまで持ちこたえろ』ってな。N2ってヤツがくればなんとかしてくれるって、そう言ってたんだ」


「そ、それは」


「監獄長が信頼していた最強の戦士だってさ。そういう目標があったからオレたち今日までなんとか気張ってこれたんだ。ダージル派の連中に見つからないように文字通り地面を這いつくばりながらさ。世話になった監獄長の頼みがなかったらとっくに放っぽりだしてるぜ。そして今日N2はやってきた。なのによ、なんかさっきの感じだと、その、オレらが戦うとかそういう話になっていやしねぇか?」


 そうだそうだと入る合いの手。


「……囚人にしてはなかなかいい勘をしているじゃないか……」


「えっ?」


「いや、なんでもない。そうだ、その通りだ。N2、というかあのコートのポテンシャルがあれば2000人程度ものの数ではない。大船にのったつもりでいてくれたまえハッハッハッ……まぁコートとキミ達がアジャストする可能性があればだけど……」


「えっ? なに??」


「いやいやいやいやこちらの話さ。N2は長旅で疲れているから少し休んでもらってるんだ。なんせ空から墜落してるんだからね。生きてるのが不思議なくらいだよ。でも心配はいらない! 時が来たらその勇名にたがわぬ活躍をしてくれることだろう!! ……ただ一応ホラ、保険でね。万が一にもないだろうけどN2抜きのことを想定して対策を練っておいた方が色々と安心できるだろうと思ってさ。説明不足で申し訳なかった。でも嵐がくる前には食料を買いだめしておいたりするだろうしこれはそういう類の」


「ちょっといいかしら」


 その時、アイリーンのたどたどしい言動に戸惑う囚人たちの中から一人の者が手を挙げた。


 囚人たちの野太い声とは一線を画した高音、

 アイリーンは頭を掻いてしぶしぶその者を指す。


「どうしたんだノーマ」


 その人物の名はノーマ=イツミ

 かつてセシリアの身の回りの世話をまかされていた看守であった。


「茶番はやめてもらえるかしら」


「……どういう意味だい?」


 アイリーンはおどけて見せたがノーマの目は笑っていなかった。

 その醸し出す雰囲気にアイリーンはたじろいでしまう。



「言葉通りの意味よ。ずっと我慢してたけどこの際だからハッキリ言わせてもらうわ。アナタは元・監獄長とは違って人を統率することには向いてない」


「ほぅ」


 そして二人の間の空気が一瞬にして険悪さを帯びる。

 囚人たちはその気配に呑まれて押し黙ってしまう。


「ずいぶんな言いぐさだね。仲間にたいしてさ」


「こんな泥船だと分かってたら仲間になったかどうか……上に立つものとして一番重要な資質がアナタには欠けているのよ。考えても分からないだろうから教えてあげるけどそれは誠実さよ。セシリアは獣のように扱われていた囚人たちを一人の人間として扱った。だから死後もこうして慕う人たちが大勢いる。だけどアナタは違う。無理難題だけを押しつけてその結果を当然のように甘受している。セシリアの功績の上にあぐらをかいているだけとも気づかずに。囚人たちをご自慢の発明品の延長ーーー便利な道具ぐらいにしか考えていないんじゃない?」


「…………」


「反論がないということはそういうことよね。そんなんだからこういう大事な場面で大事なことを隠してしまうの。本当だったらここで正直に話して助力を得るのが正しい選択肢だと思うのだけどそれは出来ないでしょ。それじゃセシリアの死を利用しているダージルたちと変わらないわ」


「……言ってくれるじゃない」


「こっちも命がけだからね。じゃあ一応聞くけどN2はいったいどこで休んでいるのかしら?」



「そ、それは………」


「言えるわけないわよね。私たちの拠点はこの廃棄された旧監獄棟だけだけど彼が搬入された形跡はなかったもの」


「ど、どういうことなんだ」


 不穏な空気に耐えきれず1人の囚人が声を上げる。その不安を帯びた声にアイリーンは見てしまった。


 崩壊の兆しをーーー



「司令官さまは言えないみたいだから私が代わりに言ってあげるわ。つまり……N2は戦力にならなかった。使い物にならなかったと、そういうことなのよ。ケガをしたのかそれとも精神的なものなのか、どちらにしろこの場にいない時点でお察しよ」


「……言っちゃったよ……はぁ……それを言っちゃあ」



 ノーマの発言が終わるやすぐに囚人たちがさざめき立つ。

 動揺、恐れ、怒り、様々な感情が渦巻き場を一瞬にして席巻してしまう。




「ど、どういうことだアネゴ!?」


「N2が来ればなんとかしてくれるんじゃなかったのかっ!?」


「そ、それじゃオレたちがババ引いただけじゃねぇかっ!!」


「オレダージルに誘われてたんだよ! そ、最初からそっちにいけばよかったのかっ!!」


「い、いまからでも仲間に入れてもらえるのか!?」


「まだ間に合うはずだっ! 次の定期便が来る前に合流すればオレたちも本土に連れて行ってもらえるはずだっ!!」


「こんなところで終わりたくねぇ!! かあちゃ~~~んっ!!」



 そして囚人たちは嵐のように走り去っていく。

 

 その素早さから誰もが多大なる不安を抱えていたであろうことが伺えた。


 そして後に残されたのはノーマと、長身で禿頭まぶしい囚人一名のみであった。



「それを言っちゃあおしまいだろ……」



 アイリーンは力なくうなだれる。

  

 その立ち姿には哀れさがにじみ出ていた。だが同情する者は誰もいなかった。

 そもそも囚人たちが残っていたとしてもそんな人物がいたかどうか。

 そんな自らの境遇に自分と姉の間にあるどうしようもない差をアイリーンは見たような気がしてため息をつく。



「……そりゃセシリアみたいにはできないよ。私はノーマの言う通り遺物ばっかりいじってたから……それにしても……ヒドイじゃないか……」


 

 恨みがましい視線を向けられたノーマは悪びれることなく言う。



「順当よ。アンタ自分で思ってる以上に人望なかったんだもの。遅かれ早かれこうなっていたわ。ねぇ? アナタもそう思うでしょ?」


 ノーマは隣で腕組みする囚人に水を向ける。


 微動だにしないその様子からタダ者ではない雰囲気を醸し出している囚人。

 鍛え上げられたその肉体は歴戦の勇士のそれなのか、はたまた劣勢を好むイカレたバーサーカーなのか。

 

 何度話しかけても押し黙ったままのその人物にしびれを切らしノーマは少し強く肩を揺さぶってみる。そこで



「ちょっとアナタ失礼じゃない?…………? あっ」


「……どうした?」


 気づいてしまう。


「こ、この人……気絶してるわ……」


 星の光に照らされて輝く男が意識を失っていることに。

 そして頭部からの反射光が股間から現在進行形で広がっていく黒いシミの影をあらわにした。



「……ホントにもうおしまいだぁ……」



 絶望に満ちたアイリーンのボヤキを聞いたノーマは、少しだけ悪いことをしたなと反省するのであった。



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